当協会と東京土木施工管理技士会が共催した平成24年度建設業新入社員研修会(4月3、4日開催)での基調講演は、則久芳行三井住友建設(株)社長が母校の校訓、「終始一誠意(しゅうし いつに いを まことにす)」をテーマに行った。参加した約150人の新入社員を前に「失敗を恐れず積極的に行動する」、「コミュニケーションとホウレンソウを確実に」、「変化に対応する柔軟性とスピード感をもつ」という3つのキーワードを中心に講演した。

本日は、私自身が経験したり、考えたり、感銘を受けたことをご紹介しながら、建設業の魅力や皆さんの新入社員としての心構えなどをお話ししようと思います。

キーワード1:失敗を恐れず積極的に行動する

まず最初のキーワードは「失敗を恐れず積極的に行動する」ことです。

このキーワードについては、私自身が経験したアーチ橋建設のエピソードを例にとってお話しします。今から40年前の1972年、私がまだ社会人4年生だったこ ろの、九州は佐賀県唐津の外津橋での経験です。

それまでのコンクリートアーチ橋は、地上からしっかりとした「支保工」という「支え」をつくり、その上に型枠を組み立て、鉄筋を配置してからコンクリートを打ち 込むという方法で施工していました。ところが、外津橋の架橋地点は、両岸が急斜面で水際に迫り、水深も20m と深く、真珠と海苔の養殖区域でもあるため、この「支え」をつくること ができず、それまでの工法で施工することは不可能でした。

そこで、外津橋では「空中」に型枠をセットし、コンクリートを打ち込んで、すべて「空中」で施工する、画期的で前例のない施工法が、計画に持ち上がってきました。当時長大コンクリート橋の施工法として脚光を浴びていたディビダーク工法をアーチリブの施工に応用し、それまでのアーチ橋の最大支間を一気に2倍にするという計画でした。

1年をかけ体力の限界まで試行錯誤

まったく新しい施工法のため、施工の前に1/150のアクリル樹脂模型を作り、施工の各段階をシミュレートする実験を行い、コンピューターによる構造解析結果ときちんと一致するか、しっかり確認を行いました。実際の施工では、橋体に多くの計測器を埋め込み、コンクリートの応力、鋼材の張力などを常時測定しながら、慎重に施工していきました。

1974年12月29日、玄界灘からの北風が吹きすさぶ中、連結コンクリートを打ち込み、現場主任と握手したときは、さすがに感無量でありました。この現場での経験と感激が、今でも積極的に、そして現場第一主義である「現場にすぐ駆けつける行動力」を形作ってくれたものと思っています。

 外津橋は、私の想像を超える評価を受け、その後、長大アーチ橋が次々と建設されることになりました。その15年後、ドイツでの海外研修で訪れた、ヴェル タッハタール橋の施工現場のユングベック所長から、「この橋は日本の外津橋の技術を取り入れている」と説明され、ドイツから導入された桁橋の架橋技術が、日本でアーチ橋の施工法に発展し、逆にドイツに伝わったことに、感慨深いものがありました。

当時、現在の皆さんとほぼ同年代で若かった私は、体力の限界まで何度も何度も構造計算のトライアルをしながら、会社に寝泊りし、1年余りをかけて設計を 完成させました。このことが、昨日のように思い出されます。

これから皆さんも「試行錯誤」しながら仕事をしていくことになるわけで、失敗をしてもすぐに改善してやり直すことが「試行錯誤」であり、失敗を自分の糧 とする前向きな姿勢で取り組むことが大切です。

キーワード2:コミュニケーションとホウレンソウを確実に

次は、2番目のキーワード「コミュニケーションとホウレンソウを確実に」です。

外津橋での現場赴任は2年余りになりました。現場内にある作業員宿舎で、鳶職の方々と楽しく厳しく寝食を共にしました。鳶職の人は誠に豪放で、繊細で、 頭の回転、体の回転が速い人ばかりです。現場ではいつも最前線にいます。知識も経験も豊富です。

その鳶さんが 張り出しているアーチの先端の、支保工という「支え」のない空中でコンクリートを打ち込む時、前例のない工法だったため二の足を踏んでし まったのです。

そこで、鳶さん達に安全性を事前にしっかり説明するだけでなく、アーチ先端でのコンクリート打ちの時には自分が真っ先にその場所に立ち、鳶さん達を納得 させて仕事を進めました。「技術的に安全なのだ」という情報を身をもって示し、鳶さん達は納得したと意思表示をし、双方がコミュニケーションをとって、はじめて仕事が前に進んだわけです。

状況に応じ、正確に素早く伝達

どんな仕事も一人で完結するものではなく、外津橋もその例に漏れません。多くの人が協力し連携しながら、組織として仕事を進めていかなければなりませ ん。そのためにはコミュニケーションが必要不可欠なのです。状況に応じた正確で素早い情報の伝達を行うということです。

 「ホウ・レン・ソウ」とは上司や同僚への報告・連絡・相談、すなわち上司や同僚とのコミュニケーションのことです。この三つが揃わないと、どんなプロジ ェクトも確実に進めていくことができなくなり、「しなくて済んだはずの失敗」をすることにもなりかねないのです。外津橋での「失敗を恐れない積極的な行動」は、このようにきちんとコミュニケーションがとれていること、「ホウ・レン・ソウ」が前提になっていたのです。

キーワード3:変化に対応する柔軟性とスピード感をもつ

3番目のキーワードは、「変化に対応する柔軟性とスピード感をもつ」ことです。このキーワードは、今から19年前の1993年ころ、私が舞子高架橋をはじめ、 いくつもの現場の統括所長をしていた頃を例にとってお話しします。

舞子高架橋を施工中の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生しました。私は、現場から車で15分ほどのマンションに家族4人で住んでいましたが、この マンションの倒壊を覚悟したほどの揺れでした。コンクリートを打つ前の地震だったので、構造物に大きな問題は生じませんでしたが、もし地震がコンクリートの打込み作業中か打込み直後だったら、どのような状態になっていたか想像すると、幸運だったと言うしかありません。

「何があるか分からない」という気持ちを

このように現場では「いつ何があるか分からない」という気持ちで、常に緊張感を持って取り組む必要があります。阪神・淡路大震災では、工程表にない非常に大きな「変化」 が私たちの前に突き付けられましたが、私たちは直ちにその変化に向き合い、いま第一にやるべきことは何なのかを考え、工程表の軌道修正を行い、即実行に移していきました。3番目 のキーワード「変化に対応する柔軟性とスピード感をもつ」は、このような意味です。

世の中が大きく変動する時代にあっては、よく変化を見ていなかったり、変化に適応できなかった人や企業は置いていかれます。皆さんは常に柔軟な思考をもち、正確に情報を把握・分 析し、迅速かつ的確な行動がとれるよう、自己研鑽に励んでください。

東日本大震災と建設業の使命

昨年の東日本大震災と建設業の使命についても触れておきたいと思います。

地震発生の後、各社では直ちに本店に中央対策本部、東北支店に現地対策本部を置き、従業員や家族の安否を確認しました。また、現地へ支援部隊を派遣し、 さらにお客様の被災状況を確認し復旧工事に着手しました。私も現地に行き、一日も早く被災地が復旧し復興するよう、社会インフラ、生産基盤、住環境の回復を支援することが、建設会社の社会的使命と責任なのだと、身の引き締まる思いがしました。

私たち建設業は、東京建設業協会の会員各社が一致団結して、この使命を果たしていることを、皆さんは誇りをもっていただきたいと思います。

国内・海外の枠を超えた国際化

国内・海外の枠を超えた国際化・グローバル化についても、是非お話ししておきたいと思います。我が国では、これまでにほとんどすべての産業が海外展開を 推進してきましたが、最近の円高で、ますますその傾向が強まっています。

私たち建設業もまったく同じで、今から40年以上前の1970年代以降、本格的に海外に進出してきました。

皆さんはすでに国境を超えた世界での位置付けの中にいます。皆さんの活躍するフィールドは、国内に留まらず海外にも広がっているのです。私の周りには海 外でバリバリやっている若い人がたくさんいます。皆さんが国内・海外という枠を超えたグローバルに活躍する人材へと飛躍されることを大いに期待しています。

CSR とコンプライアンス―企業人として大切なこと

まとめに入る前に、企業人として大切なこと、しっかり覚えておいていただきたいことをお話しします。これから会社でCSRすなわち企業の社会的責任とか、 コンプライアンスすなわち法令遵守などといった言葉をひんぱんに聞くことになると思います。これらは、今後一生守り続けていく企業人としての基本理念です。

正直・慎重・確実、江戸時代のCSRをその胸に

これらCSRやコンプライアンスなどは、昔から言われ続けてきました。たとえば当社の例をお話ししますと、今から300年も前の事業精神の一つに「信用を旨 として」「いやしくも浮利にはしり軽進すべからず」とあり、つまりこれは、正直、慎重、確実な商いをすること、単なる金儲けに走るのではなく、人間を磨き立派な人格を醸成することです。これは現代のCSRの基本的な考え方と相通ずるものです。「自社」を「自分」と置き換えてみれば、皆さん自身の行動指針になるはずです。

贈る言葉

最後に、本日の私の話の骨格になっている私の考え方がズバリ表現された言葉を皆さんに贈ります。

「終始一誠意」

これは、私の母校の校訓になっている言葉です。人の正しい心のあり方として「始めから終わりまで事にあたって、また人に対して、実の心、すなわち真心を もって対し、接するところの節を変えない」ということです。やさしく言えば「最後まで一つの誠意をもって人や事に当たる」という意味です。私自身は、年齢を重ねるごとにこの大切さを感じるようになってきました。

迷いが生じたときなどに、この言葉を思い出してください。信念にぶれがあってはいけません。常に正しい心をもち、私心をなくし、目標に向かって懸命に前 進してください。

また、お会いできることを楽しみにしています。