銀座中央通り、資生堂ビルの光景

■ 東建月報2011年8月号掲載

UIA東京大会、2050年に向け建築・まちづくりのパラダイム転換

9月25日(日)から10月1日(土)まで、東京国際フォーラムなどを会場にUIA2011東京大会(第24回世界建築会議)が開催される。東京に、世界から建築家、都市計画家、ランドスケープアーキテクト、専門家が集い、交流し、様々なイベントが開かれる。そのホスト役を務める、日本建築界の「顔」となるのが芦原太郎社団法人日本建築家協会(JIA)会長。「災害を乗り越え、一丸となって、新しい未来へ!」をテーマに「DESIGN2050」が描かれる。大会の意義、そして建築家としての東京論、まちづくりの展望を語ってもらった。


芦原太郎氏

社団法人日本建築家協会(JIA)会長
芦原太郎建築事務所代表
芦原太郎
Tarou Ashihara

(あしはら・たろう)1974年東京藝術大学美術学部建築科卒業、76年東京大学大学院建築学修士課程修了、77年芦原建築設計研 究所(芦原義信主宰)勤務、85年芦原太郎建築事務所設立、2001年から芦原建築設計研究所代表兼務。2010年日本建築家協会会長就任。笠間日動美術館(日本建築家協会新人賞)白石市立白石第二小学校(BCS賞)、公立苅田総合病院(公共建築賞優秀賞、日本建築家協会賞)など受賞作多数。著書・共著も『家族をつくった家』( インデックスコミュニケーションズ)、『コンペに勝つ!』(新建築社) など多数。東京都出身、60歳。

――いよいよ9月25日から、建築のオリンピックと言われるUIA2011東京大会(第24回世界建築会議)が「DESIGN2050」をテーマにして始まりますが、UIA(国際建築家連合)の日本支部である日本建築家協会の会長として、大会の意義をどうとらえますか 

 「テーマのDESIGN2050とは、今から行動を起こして2050年には子供や孫の次世代が安心して過ごせる持続可能社会を作っていこうという意味だ。2050年は人口減少や高齢化の進行、CO2排出による地球温暖化などの悲観的なシナリオで描かれることが多いわけだが、安心・安全な持続可能な建築・まちづくりのシナリオを提示したいと考えている」

  「そして、3月11日の東日本大震災を踏まえて〈災害を乗り越え(beyond Disasters)、一丸となり(through Solidarity)、新しい未来へ(towards Sustainability)〉を合い言葉に、災害からの復興へ世界の建築家が連帯して、持続可能な社会づくりに貢献して行くことを目指している」

「大震災の現実に向き合うと、津波に流され破壊されたまちの再生は、昨日、今日の取り組みでいきなりできるものではない。2050年に向けたパースペクティブで、災害復興を考えることが大切になってくるだろう。そう考えると〈Solidarity〉、あるいは〈Sustainability〉というのは、とても意義深いキーワードだと言えよう。UIAは、世界123カ国、130万人の建築家が連帯、連携する組織である。その大会を東京で開催することは、世界の建築家の連帯にとどめることなく日本の建築士、ランドスケープ、都市計画、コミュニティーなど大勢の専門家との連帯、さらには市民、社会、被災地ともつなげていくことに意義がある。このような連帯〈Solidarity〉ということを広くとらえて、合い言葉にした」

UIA東京大会を機会に拡大成長の価値観問い直す

「またUIA東京大会は、これまでの経済原理優先で、拡大成長を目指してきた現代社会の価値観からのパラダイムシフトとなる絶好の機会となるだろう。ブータンからティンレイ首相も参加して基調講演をしてくれる予定だ。ブータンではGNP(国民総生産)ではなくてGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)向上を目指している。示唆に富む話となるものと期待している。経済成長一辺倒を反省し、孫世代が安心して暮らせるように、(Sustainability)に向かって価値観を変える必要がある」

「例えば、原発の問題を考えてみれば、経済性優先で数多くの原発が建設されてきたわけだが、東日本大震災でその安全神話が崩れたにも関わらず、今すぐ原発を止められるわけでもない状況にある。今、為すべきは、エネルギー政策のパラダイムシフトを考えること。2050年に向けて、中央集権型から地域分散型への転換、また自然エネルギーや再生可能エネルギー利用促進を図り、持続可能な社会に向けてバランスを取りながら、様々な対策を一つ一つ積み上げていく時だ。UIA東京大会をその出発点にしたい。イエスかノー、反対か賛成かという即時的な二者択一でなく、(Sustainability)の獲得に向けて具体的に地道な努力を積み重ねていくことが本意なのだ」

――その意味では、東日本大震災を経験した、その年にUIA東京大会を開くというのは、23回を数える大会の歴史にはない、独特の意義を持った大会になりそうですね

「そう、大会ではUIA東京宣言をする予定で、現在起草中だ。東京宣言は、1933年のCIAM(近代建築国際会議)第4回会議で採択された近代建築を規定し たアテネ憲章に替わり、これからの方向性を示すものになるだろう。アテネ憲章は、機能主義や20世紀の建築・都市論のベースになったものだが、東京宣言はそのパラダイムの転換を告げ21世紀、そして2050年への建築・まちづくりの指針となるはずだ」

――東京宣言のキーワードはどんなものが用意されているのですか

「Social Justice」差別をなくす社会正義の実現へ向かう

「UIA東京大会のコンセプトである(Sustainability)は、一般的になっている地球環境的観点からの環境の(Sustainability)だけではなく、社会や文化の (Sustainability)の3つを持続可能なものとする点がまず重要だ。またインターナショナルスタイルやグローバリゼーションの行きすぎに警鐘を鳴らして(地域主権による文化の多様性の尊重)が挙げられる。特に新しい価値観としては Social Justice(社会正義の実現)がある。世の中には性、貧富、障害、人種など様々な差別があり、ハンディーを背負っている人々が多い。 建築やまちづくりにおいても差別をなくするという視点から取り組むべきだという考えだ」

▲台湾(新竹)での住宅開発
▲まちづくりの一環としての公共建築「白石市公立刈田綜合病院」(北山恒・堀池秀人との共同設計)
▲環境と共に快適な暮らしを実現する住まい「Villa-F」(上)と「O-HOUSE」

――多様で幅広い価値観が掲げられるようですが、逆にそのことは、なぜ建築家がそんな問題にまで言及するのか、という建築家のあり方を問いかけることになるのではありませんか。どちらかというと建築家は、権力者に近いという一般的な見方もあるわけで

建築家は社会と対話する

「それについては、建築家をいつの時代の誰のことなのかをはっきりさせる必要がある。確かに歴史に登場するような巨匠と言われる建築家達は、時の権力者や富める者のための建築を競ったのかも知れない。しかし今、僕らの考える建築家像とは調停者と言い換えてもよいと思う。UIAには130万人の建築家が集まり、日本にはすでに100万人を超える建築士が誕生している。それらの大半の方々は権力ウンヌンには関係なく、時代や社会の求める建築を造るため汗を流し、働いている。巨匠の時代には、自分の理想を掲げ、社会を啓蒙し、作品を作ってきた。だが、これからの調停者としての建築家は、社会を啓蒙するのではなく社会と対話をし、作品を造るのではなく運動体をファシリテート(促進)することに意義があると思う」

▲エビスビューティーカレッジ
▲渋谷10ビル

 「また、建築家のチカラは空間像を示すことができるということにあると思う。政治家や学者あるいは市民も21世紀の都市やまちづくりについていろいろ語ることはできる。建築家は地域にとって何が必要なのか、何が求められているのかをただ語るだけではなく、こんな感じの都市や街が良いの ではないかと空間像を提示することができる。建築の社会性をしっかり押さえて、選択肢を提示し、そしてそれに関わる市民、行政、関係者の合意形成をしていくことになる」

 「最近は医者は患者に対してインフォームドコンセントを行って治療の選択肢を提示し、患者がどうするかを決めた上で、その実施にプロフェッションとしての腕を振るう。建築家もクライアントや市民と相談しながら空間像を示して合意形成を進め、そして決定したら空間の実現に向けての役割を担う責任を持っている」

 「そうした営みの結果としての建築が、新しい可能性を開拓したり、芸術性を高く評価されたりする場合もあるし、ごく普通の建築となる場合もある。建築家は、芸術的に際だった作品づくりを目指す芸術家ではなく、社会にとって大切な建築をきっちり造っていくことが職能であって、その結果が芸術的に評価されることは二義的なことだと思われる」

――さて、UIA大会の会場となる東京についてのお考えをおうかがいしたいのですが、芦原さんにとっての東京とは

都市のクオリティーを追求し価値を高め、いかに残すか

 「東京のまちは幕の内弁当だと思う。いろんなものが散りばめられていて、自由気ままに食べられる。谷中、原宿、渋谷、銀座、六本木、秋葉原、お台場、霞が関、日比谷、それぞれいろんなバリエーションの街があり、それぞれでいろんな楽しみ方ができる。悪く言えば雑多だが、一方で奥深く、飽きがこない、ひだのある都市だとも言える。自然発生的に出来上がり、混沌として清濁合わせ持つ街の面白さがある。自分自身、なんだかんだと言いながらも、東京に住んでいたいと思うからね」

 「戦後、一面の焼け野原に立って育ったのが父(芦原義信氏)や丹下健三さんの世代だった。建築基準法の最低基準を守り、必要な建築を経済成長に乗って、結果として一種無秩序に急いで造ってきた。それもまた時代の要請だったわけだが、その結果、幕の内弁当の都市が出来て、それはそれで魅力だとしても、これからは工夫し、都市の価値を高めていかなければならないだろう。街並みはどうか、環境的にどうあるべきか、観光的な魅力をどう備えるか、文化都市と言えるか、こうした中味のクオリティーを追求し、改造し、いかに次世代に残していくのかが問われている」

――芦原会長の好きな東京の景観はどこですか

 「困りましたね。東京は景観としては、あまりに問題点がありすぎますね(笑)。私の事務所(千代田区富士見)の最上階からの景観(写真)はカオスを象徴するようなものだ。ほら、神社と教会があり、高低の様々な住宅があり、公共施設があり、オフィスビルがあり、コイン・パーキングまである。何の統一性や関連も感じられず、ただぎゅっと狭い土地に何でも詰め込まれている」

芦原太郎建築事務所から。「狭い土地に何でも詰まっている」

 「強いて好きな街と言えば、ゆったりとした大人の文化性を感じさせる、丸の内、銀座というところだろうか。時間というか歴史の風格を持っていながら、新しい時代を吸収して変化し、ハイクオリティーな雰囲気を醸し出しているからね。」

――海外のまちづくりで、これはいいという例を教えてください。

「実は、まちづくりという言葉だけれど、翻訳しようとすると、シティプランニングでもアーバンデザインでもぴったり来ないし、なかなかぴったりした英語は見つからない。日本語のあいまいさの為せる技なのだろうが、まちづくりという言葉は様々なものを包括し、身近な生活環境の改善のための市民参加による継続的な運動を示している。あいまいさを包み込む運動体としての街づくりという点がこれからの持続可能な社会構築のうえで今後世界的にも非常に大事なことになってくると思う」

環境や文化を総体として次世代へ

 「街づくりは日本の専売特許かと思うとそうではなかったようだ。その点で紹介したいのは、イタリア・ピエモンテ州のブラと言う街で取り組まれている、スローフード運動から発展したスローシティという運動だ。ローマの街中にマクドナルドが出店するという動きがあった時、子供達がアメリカのファストフード育ちになったのではイタリアの食文化が壊されてしまうという危機感から反対運動が起きた。ファストフードに対し、それならスローフード運動を展開しようということになったわけだ。イタリアの食文化を守るためには地域の農作物を守り、そのためには地域の自然をも守っていく事が必要になってきた」

「さらに発展して、自然環境だけではなくコミュニティーを含めたまちの総体を、持続可能なものとして継承して行くスローシティ運動に繋がってきた。イタリアの街はただ残っているのではなく、環境や社会や文化を街の総体として残して次世代に継承して行こうとする市民の主体的な意思によって支えられていることに気付かされる。UIA東京大会も、一時のお祭り騒ぎでなく、災害復興やその他の地域の人々の生活環境の質的向上とその持続可能な社会へ向けた連帯した活動展開に繋げていく絶好の機会になればと思っている」

――そうなれば、本当に有意義ですね。9月の大会を楽しみにしています。ありがとうございました。


表紙の写真は、芦原太郎氏が「大人の文化性」があると いう、再開発が進む丸の内の景観。通りの先はUIA2011東京大会の主会場・東京国際フォーラムにつながっている。