■ 東京都墨田区の横網町公園内には関東大震災の「復興記念館」がある。
伊東忠太の設計で、震災被害資料や震災復興模型、絵画が展示されている

将来の被害、劇的に減らせいま耐震補強進める制度を

東日本大震災の経験と衝撃は、その復旧・復興のみならず、日本全体の「高度防災都市」形成を喫緊の課題とさせている。直下型地震が必至といわれる首都東京も例外でない。地震防災の国際的権威、目黒公郎東京大学生産技術研究所教授・都市基盤安全工学国際研究センター長は、自助を大前提にした耐震補修・補強を何よりも急げ、と説く。首都圏にも直下型大震災は避けられないからこそ、それをいかに減災するか、「目黒の3点セット」「7つの災害マネージメント」を生かして、構造物耐震化が喫緊だとする。建設業には「21世紀いざ鎌倉システムの一翼を担え」とも力説する。


東京大学生産技術研究所教授
都市基盤安全工学国際研究センター長
目黒公郎
Kimirou Meguro

(めぐろ・きみろう)1991年東京大学大学院修了・工学博士。助手、助教授を経て、2004年東京大学生産技術研究所教授。07年より東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長、10年より東京大学大学院情報学環教授兼務。都市災害のシミュレーションなど、多彩な研究テーマを持ち、内外の多数の自然災害の現地調査を実施。中央防災会議専門委員会、各省庁、自治体の防災委員や、国際地震工学会「世界安全推進機構」理事、日本地震工学学会理事などを歴任。著書は『間違いだらけの地震対策』(旬報社)など多数。

――いま東日本大震災の復旧・復興が問題となっていますが、東京においてもマグニチュード(M)7クラスの直下型大地震が必ず来ると言われています。地震の危険性はどういう状況ですか。

「大地震が頻発する時期に入った我が国では、今後30〜50年の間にM8以上の巨大地震が4、5回、首 都直下型地震のようなM7クラスの地震はその10倍の40〜50回発生する可能性が高い。これは避けることのできない自然現象だ」

首都直下地震と駿河−南海トラフの連動型巨大地震で200兆円の損失

わが国の自然災害による損失の規模
▲わが国の自然災害による損失の規模

  「政府中央防災会議によれば、発災の時刻や気象条件が悪いと、首都直下地震では全壊・全焼建物が80万〜90万棟、人的被害は1.1万〜1.3万人、経済損失は 112兆円、駿河−南海トラフ沿いの巨大地震(東海・東南海・南海地震)では、全壊・全焼が96万〜112万棟、人的被害は2.2万〜2.8万人、経済損失が81兆円に なるという。この状況は、4万人が死亡し、350万〜400万世帯が住む家を失い、GDP(国内総生産)の4割相当の経済損失を受けることを意味する。国家とし ても自力のみによる復旧・復興が極めて困難な状況だ。しかし適切なハード・ソフト対策、事前・事後対策によって、これらの人的・物的被害を減らすことは可能だ」

総合的な災害マネジメントで地域に適した防災対策の実現を

総合的な災害マネージメントシステム
▲総合的な災害マネージメントシステム

「防災対策は実施時期や効果の特徴から、別図(左図)のように7つに分類される。第1が被害抑止力で、構造物や施設の性能アップと土地利用制限 で危険な場所を避けて住むことで、被害を発生させない努力、第2は事前の備えで、抑止力を超えて発生した災害の影響の波及を制限する努力で、日ごろの訓練、対策マニュアルや防災計画の整備、対応組織づくりなどである。第3は災害の予知/ 予報と早期警報、第4は早期の被害把握、第5は4に基づいた緊急災害対応、第6が復旧、第7が復興である。復旧は元の状 態まで直すこと、復興は改良型の復旧であり、次の災害に対しては災害抑止力を高めることにもつながっている。この考え方は、地震だけでなく、台風、火山噴火、洪水、津波、大規模火災など、すべての災害に通じるものである。重要なことは、対象地域で想定すべき災害の種類と、それぞれに対応する7つの防災対策の中で、最も遅れているものから、与えられた時間と予算の中で優先順位を付けて実施していくことである」

首都圏では津波対策以上に既存不適格の耐震化が急務

「東日本大震災を踏まえ、津波対策の重要性が叫ばれている。津波対策はもちろん重要だ。しかし、将来の地震を考えると、津波危険地域よりもはるかに広域 で、地震動の影響によって死傷者が発生する。津波避難路をいくら整備しても、津波の前にやってくる地震の揺れで、建物の下敷きになったのでは元も子もない。特に首都圏では、延焼火災対策としても大きな効果のある既存不適格建物の耐震補強(改修)が重要だ。阪神・淡路大震災時に地震後2週間までに神戸市内で亡くなった犠牲者の調査によると、その83.3%は 建物被害を原因としている。さらに被災建物の下敷きで逃げ出せずに焼死した人を加えると、その比率は全体の95%を超える。兵庫県の監察医による死亡推定時刻からは、発災直後の14分以内の死亡者が全体の約92%である。これらの事実からは、レスキューで救助できる生命は限定的であること、脆弱な建物の耐震性を向上させない限り、死傷者を減らすことは無理 なことがわかる。この点の理解がないと耐震補修は進まない」

――東日本大震災を受け、東京都も新たな防災指針を策定し、その中には、目黒先生が指摘する建物やインフラの耐震補強も盛り込まれると思います。しかし、これまで必要性が叫ばれながら、耐震化はあまり進んでいません。耐震化の推進に必要なことは?

進まない耐震補強推進のため効果的な制度設計

 「資金不足を最大の課題とすることが多いが、私の理解は違う。第1に災害イマジネーションの欠如、次に技術と制度の問題がある。災害イマジネーションと は、発災時刻やその時の自分の立場、季節や天候などの発災条件を踏まえた上で、時間経過に伴う災害状況の進展を具体的に想像できる能力だ。これがないと、現状の課題に対する理解力や判断力も持てないし、災害時の適切な対応も不可能だ。しかし我が国では、政治家、行政職員、研究者、産業界やマスコミ関係者、そして一般市民のいずれもが、この能力が著しく低い。技術としては、『高性能だが高価』では解決策の決定打にはならない。一方で『安いほどいい』では悪徳業者を生むだけだ。応分の利益が出る仕組みがなくてはいけない。また技術の信頼性も重要だ。とくに補強技術以上に、診断技術の信頼性の向上である。簡便だが信頼性の高い診断法が確立されれば、悪徳業者の心配もなくなる。最後は建物の持ち主をはじめとする関係者に、耐震補強にインセンティブを与える現実的かつ効果的な制度の立案である。これらによって経費不足の問題は自動的に解決される」

適切な「自助」「共助」「公助」の関係耐震補強推進の「目黒の三点セット」

 「防災において、『自助』、『共助』、『公助』が重要性なことは言うまでもないが、『自助』のない『共助』や『公助』は多くの無駄を生む。阪神・淡路大震災の 際には、『自力復興の原則』をうたいながら、行政による巨額の公的支援が住宅の被災世帯につぎ込まれた。行政支援の予算ソースは言うまでもなく税金だ。タックスイーターの視点からの損得ではなく、タックスペイヤーの視点から説明責任を全うする制度か否かを吟味すべきだ。現在のわが国のように地震活動度の高い状況では、『市民一人一人が事前の自助努力でトータルとしての被害を減らすしくみを作った上で、努力したにもかかわらず被災した場合に手厚いケアをする制度』の整備が重要だ。その筆頭が一般家屋の耐震改修を促進する仕組みであるが、現在各地で提案されている制度はどれも有効に使われていないし、対象となる建物数を考えると、財源が全く不十分で機能しない本質的な問題を抱えている」

「そこで私は、かねてから耐震補強を推進する『目黒の三点セット』を提案している。耐震補強実施者を対象とする『行政による新インセンティブ制度(公助)、新共済制度(共助)、新地震保険(自助)』の3つだ。私が提唱する新しい公助は、現行基準を満たす建物(耐震診断で合格した住宅と持ち主の自前による適切な耐震補強実施住宅)が地震で被災した場合の優遇支援制度だ。この制度では、行政による事前の巨額予算の準備は不要で、耐震補強が飛躍的に増大しても問題ない。将来の被害を劇的に減らすし、被災家屋の持ち主に、1500万円程度の支援をしても、発災時の行政支出は大幅に減る。住宅の長期的な性能保持にも貢献する」

 「共助システムは耐震補強実施者を対象としたオールジャパンの共済制度だ。現行基準を満たす建物の被災は概ね震度6以上のエリアで、その中のせいぜい数 %の全壊率とその数倍の半壊率である。現在心配している最大級の地震『東海・東南海・南海地震の連動』を考えても、震度6以上のエリアに存在する建物は全国の建物ストックの10%以下、単発では最大でも数%以下なので、条件が悪くても数百世帯の積立金で数軒の全壊・半壊世帯を支援する計算になる。ゆえに耐震補強時に1回だけ消費税以下の積み立て(1万〜4万6000円)をするだけで、全壊時に1000万円、半壊時に3000万円の支援が可能になる。最後の新しい地震保険は、揺れ被害免責型の地震火災のみを補償する保険だ。目黒の共助と公助により、耐震補強実施者は、揺れで被災した場合には、全壊で2000万〜3000万円のお金が得られ、家を新築し生活再建できる。問題は火災だ。建物の耐震性が高いと、消火活動の条件が向上し延焼率が大幅に低くなるので、現在の保険料の数%以下の地震保険が可能になる。年間数千円以下の保険料になるので、火災保険の上限50%などの制限も撤廃できる」

「私のトータルの制度設計を理解していない人が、『目黒は弱者切り捨ての制度を主張している』というが、これは間違いだ。こうした制度によって、余力のある多くの人々が将来の被害を減らす努力をしなければ、現在は本当の弱者を救うことができない状況だ。オールジャパンを対象に、長期的に真に防災に貢献できる制度か否かの見極めが重要だ」 

人口減少時代を迎え活断層法など大胆な制度の検討も

――少子高齢人口減少時代が到来しつつあります。このような状況では、地震対策では新たな対応が求められるのでしょうか

▲後藤新平の帝都復興計画は近代街路の設計思想をわが国に確立
させた。歩道・車道は分離され、街路樹が植栽された(幅員73メートル
の行幸道路から東京駅を望む)

「日本の人口は2005年の1億2777万人をピークに、55年には8993万人に減ると予想されている。これは人口の約3割、3000万人強の住空間が不要になると いう意味で、従来は不可能であった、より大胆で抜本的な土地利用政策も可能になる。例えば、活断層近傍地域をオープンスペースや備蓄基地などに利用する活断層法。米国カリフォルニア州やニュージーランドで実施されているが、狭い国土に多数の人々が住む日本では無理だと言われてきた。しかし実際はどうなのか。日本には約2000の活断層帯があるといわれるが、これらを構成する個別の小さな活断層は現在1万6000本認識されている。その真上の400mの範囲に住む人口は289万人である。この数は人口のわずか2.3%でしかない。人口が自然減で33割減る時代にあって、わずか2%強の人口を災害の危険性の低い地域にうまく誘導させる規制がなぜできないかと言いたい。断層の真上に住んでいたとしてもすぐに地震が起こるわけではない。時間をかけながら災害の危険性の高い地域から低い地域への人口誘導で、将来の都市や国土の災害危険性を低くすることが可能だ。洪水は条件がもっと厳しいが、同様の考え方で改善は可能だ」

「先に述べた耐震補強は、切迫する地震に対する応急措置的な対策であり、理想的なまちづくりという視点からの解決策ではない。長期的・抜本的な解決法に ついては、様々な分野や立場の人々が集まって、柔軟な発想で議論し構築すべきである。私がセンター長を務める東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター(ICUS)でも、まちづくりのプロジェクトに取り組んでいる」

立体的高密度住居街区モデル構想、街区ごと防災構造に

▲都市基盤安全工学国際研究センターが検討している立体高密度
居住街区モデル

「現在ICUS では、所属研究所の今井研究室などと協力して、立体高密度居住街区モデルを構想している。都内の直径1キロの敷地内に、高い防災機能を持った 巨大建築物で街区を再開発するものだ。建物上部は接続され、地中熱の利用によって屋上を機械類から解放し、全面緑地を実現する。街区内部の建築物群は高さ10階程度に抑え、安全性の高い構造を経済的に実現する。5万人の居住と都市機能や公共空地を持つ延べ500万m平方の都市空間である。通風、光ファイバーによる採光、樹木、流水、滝などもふんだんに配置し、アメニティとコミュニティーに富んだ空間設計となっている。消防車が入れなくても天井からの十分な消火機能を有することで、安全な木造密集市街地をこの空間内に作成することも可能だ」

――楽しみな構想ですね。ところで都市防災における建設産業の役割についてうかがいたいと思います。

「21世紀型いざ鎌倉システム」を建設業は考えるべき

「大規模な地震災害からのスムーズな復旧・復興では、直後のがれき処理から、復興計画の作成、実際の施工と、建設業界の貢献が不可欠である。しかし最盛 期80兆円を超えていた建設市場は40兆円以下になり、大規模プロジェクトの経験を有する技術者の多くは団塊の世代で、すでに引退している。スキルの高い重機のオペレーターたちも同様だ。このような状況で、大量の建設需要が発生しても、国内のみを対象に、質的・量的に十分な労働力を確保することは難しい。ではどうするか。世界を対象に大規模プロジェクトが進む地域に優秀な若手を含む日本の技術者集団をジャパンチームとして派遣し、技術の進展と継承を行う。同時に、日本企業とともに働く他の国々の技術者に対しては、技術力アップをはかるとともに、今後30〜50年間に我が国を襲う地震災害時に、迅速に支援してもらうための関係と契約を作り上げることである。私は、このシステムを『21世紀型いざ鎌倉システム』と名付けている。これを実現するためには、我が国のゼネコンが中東や北アフリカで受けているような損失が出ないための、国家としての組織的なバックアップも必要だ」

――ありがとうございました。


表紙は閑静な東大駒場のUキャンパス内にある生産技術 研究所B 棟6階にある目黒研究室。そこから緑の森を超えて、はるかに新宿超高層建築群がのぞめる。高度防災都市・東京づくりへの思考を育む景観でもある。