人工地盤による新宿駅南口の大改造

■ 東建月報2011年10月号掲載

高度防災都市へ、次のインフラのステップを急げ

東日本大震災の発災以降、首都東京の高度防災都市づくりが緊急に求められている。そのためには、都市インフラの観点からの問題解消が急務だ。国土政策・交通政策の専門家で、国や自治体の国土形成政策にも多数参画している第一人者、森地茂政策研究大学院大学特別教授は、首都高速の大改築、建築と鉄道駅整備とのアンバランス、鉄道路線の高密ネットワークなどによる副作用、下水道・ヘドロ問題、震災に弱い駅周辺の大改築などを指摘する。新宿駅、渋谷駅、大岡山駅の周辺の防災改築を提案し、実施への道筋をつける同教授に、今後の東京のインフラのあり方を聞いた。


森地茂氏

政策研究大学院大学特別教授
森地 茂
Shigeru Morichi

(もりち・しげる)1966年日本国有鉄道(当時)入社、67年東京工業大学理工学部土木工学科助手、75年同助教授、87年同教授。96年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻教授、2004年政策研究大学院大学教授、財団法人運輸政策研究機構副会長、09年から現職。交通工学研究会会長、土木学会会長、アジア交通学会会長なども歴任。国土審議会、社会資本整備審議会、交通政策審議会など国の審議会委員としても活躍してきた。現在も関東地方交通審議会会長、横浜市都市計画審議会会長を務める。『国土の未来―アジアの時代における国土整備プラン』(日本経済新聞社2005年)、『首都圏空港の未来〜オープンスカイと成田・羽田空港の容量拡大』((財)運輸政策研究機構2010年)など編著、論文多数。

――東日本大震災では、首都東京も大混乱に陥り、特に帰宅困難者の発生は、道路や鉄道など都市インフラのあり方にも問題を投げかける事態を生じさせました。帰宅困難者問題をどのようにとらえていますか 

震災が浮き彫りにした東京の都市構造・インフラ問題

 「帰宅困難者の問題は、阪神淡路大震災の時もクローズアップされ、検討してきた問題であるが、今回はまったく新しい事態が見られた。阪神淡路大震災で は、通行証の発行とか代行バスなどで対応できたが、今回の首都圏では、帰宅困難者を迎えにいく自家用車が大渋滞の一因になった。これは、携帯電話が普及し、家族と個別に連絡が取れるようになったために起きた現象で、阪神淡路では想定できなかったことだ。また神戸では通勤鉄道と並行ルートの代行バスが出せて効果があったが、東京はネットワーク網になっているから代行バスの運行が難しい。そして、最も問題なのは、止まった鉄道が部分的に動き出す、そこに乗客が集中するという危険性だ。電車が走行再開したが、一方で乗り入れや接続の電車は動かないケースの場合、接続ホームに人があふれ、パニックが起きるという事態や危険性が出てくる。帰宅困難者問題は、東京の都市構造やインフラも問題を浮き彫りにした、新しい都市災害の姿だと言える」

――道路渋滞だけでなく鉄道にも大きく影響を与える問題なのですね。一極集中している首都東京では、インフラ面でいろいろ問題があると思いますが

避けられない首都高速の大改築

   「そう、問題だらけですね(笑)。まず指摘したいのは、大動脈の首都高速道路の問題。いずれ取り組まなければならないと言われる首都高速道路の大改築にどう取り組むのか。その場合、部分、部分で順次やるのか、一挙に本格改築するのかという方法手順を決めなければならない。本格改築をするなら、その間の代替路線をどうするのか、という問題も出てくる。東日本大震災時でも、大黒ジャンクション連結路、湾岸線荒川湾岸橋など損傷が生じたわけだから、首都直下地震に備えて、大改築を急ぐ必要がある。第2点は、ミッシングリンクの解消である。第3京浜道路との接続、関越道と外環による中央道・東名との接続、さらにリニア中央新幹線が品川駅に入るが、その首都高へのアクセスと言える五反田ランプが品川方面から入れないという問題点もある。第二東名は厚木へと接続するが厚木が圏央道に繋がらなければ経済効果は半減する。中央環状品川線が建設中であるが、こうして考えると都内のミッシングリンクはいたるところにある。第3点は、川の上に架設された高速道路の環境問題で、その象徴に日本橋地下化構想がある。実は大手町の再開発が動き出し、それに関連して延長1km分の地下道スペースが確保されているので、その東側から日本橋につながる後の1km延長分をどう確保するかが課題だ。そのルートには小さなビルが集中しており、関係地権者が多く、その調整が難しい」

――首都高速道路の大改築は、2階建て構想や地下化構想など議論されてきましたが

「もっと防災の観点から急がなければならないと思う。東京のインフラでは、鉄道網の問題もある。日本の鉄道は世界一だという評価を得ているが、それは高 頻度運行、高密ネットワーク、相互乗り入れという3要素で達成したものである。だが今は、その3要素の副作用が出て来ており、ちょっとトラブルが発生するとすぐ遅れ、その影響は多様に広範囲な路線に及び、回復に時間がかかるという事態になっている。トラブルに対処すべく折り返し運転できる施設を整備したり、駅のプラットホーム増設、複々線化や3車線化をしなければ、混雑やトラブルの抜本解決にならない。人口減少だからインフラの投資を抑えるとか、財源がないとかという議論だけが先行し、鉄道路線の副作用対策が後手になっているのは残念だ」

鉄道と建築開発のアンバランス

「鉄道での、もう一つの問題は超高層ビル建設との対応関係がある。90年代に建築物の規制緩和が進み、加えて不動産ファンドの手法により、都内で高層ビルやマンション建設が活発になった。ビルはどんどん建ち、人口集中が進み、近くの鉄道駅が混雑に見舞われる。元来、建築容積の規制は、道路や水などインフラとのバランスを考慮してきたが、それがアンバランスになっている。建築は1、2年でどんどん建設されるが、受け入れる駅舎改築は、巨大な事業費が必要な10年プロジェクトになる」

 「いままで、そのアンバランスが表面化しなかったのは、既存計画で東京メトロ・南北線、都営大江戸線などの新線開業があったからだ。ところが今は、建築 の大規模な再開発プロジェクトは進行しているが、鉄道の新線整備計画が出てこない。次の鉄道インフラのステップを作らなければならない。そうしなければ建築とのアンバランスはますます大きな問題になってくるだろう」

皇居前広場のオープンスペースと大手町建築群。これも東京らしい都市景観
▲皇居前広場のオープンスペースと大手町建築群。これも東京らしい都市景観

――道路、鉄道という交通インフラの問題はよく分かりました。他の分野ではいかがですか

日本橋にかかる首都高速。都市改造が急がれる
▲日本橋にかかる首都高速。都市改造が急がれる

「集中豪雨という気象変化を考えると、下水道整備が重要になってくる。都内の下水道は概成したと言われるが、例えば、日本橋では年間65日、トイレ用水 が垂れ流しになっている。65日というと、毎週1回に相当するわけで、毎週一回大腸菌がウヨウヨする環境にあることだ。ミクロで見ると、信じがたい事態にある。もう一つは、現在は1時間当たり50ミリ降雨量に対応した下水道処理になっている。集中豪雨対策というと、河川の治水問題のように考えられるが、下水処理の容量が足りずマンホールから水が噴き出すという問題も大きい。集中豪雨に対応するためには少なくとも75ミリ降雨量に対応した下水道整備をしなければ、集中豪雨に弱い首都東京というアキレス腱が解決できない」

 「さらに言うと、ヘドロ処理がある。私は、ヘドロは下水道行政が担うべきだと考えている。ヘドロ処理をしないと東京の河川やお濠は永遠に水質が良くならない。コストを考えて、部分的にヘドロに砂を被せるような処理で済ませているが、それでは洪水になれば元の木阿弥になってしまう。PFIにより、臨海部にでもヘドロ処理場を設置し、集中的に対処する必要がある。海も含め需要(ヘドロ)は無限にあるのだから、 「さらに言うと、ヘドロ処理がある。私は、ヘドロは下水道行政が担うべきだと考えている。ヘドロ処理をしないと東京の河川やお濠は永遠に水質が良くならない。コストを考えて、部分的にヘドロに砂を被せるような処理で済ませているが、それでは洪水になれば元の木阿弥になってしまう。PFIにより、臨海部にでもヘドロ処理場を設置し、集中的に対処する必要がある。海も含め需要(ヘドロ)は無限にあるのだから、

――森地先生の提案をもとに、都内のターミナル駅周辺の改築が進んでいます。その一つ、新宿駅南口再開発について

老朽対策が新宿駅南口整備の発端

「鉄道の震災対策を考えた場合、線路については対策が進んでいるが、駅舎は難しい。だが人、車、列車が集中するところだけに都心のターミナル駅周辺は急ぐ必要がある。南口の新宿跨線橋は、関東大震災後の大正14年に架けられたピン構造のもので、もちろん耐震構造にもなっていない弱い老朽施設だった。大地震が発生し、あの橋が落ちたら大変な混乱と惨事になるから何とかしなければ、というのがプロジェクト提案の発想だった。また南口は高速バスの乗り場が点在し、タクシーや貨物便の流れが悪く慢性的に渋滞していた。そこで国道20号線(甲州街道)の南側代々木方面線路上に約1・47ha・4層の人工地盤を構築し、2階に歩行広場・駅施設、3階にタクシー・一般車の乗降場、4階に高速バス関連施設を整備するもので、人・車の流れを分岐させ、安全でゆとりある拠点とする工事が国土交通省により進んでいる。合わせてJRの埼京線・山手線ホームの近接、青梅街道側のコンコース再整備、デパートや駅ビルの大改築にも連動している」

――渋谷駅周辺、さらに大岡山駅周辺の整備も森地提案が基本になっていますが

渋谷、新橋、有楽町駅周辺も再整備必要

渋谷駅周辺も森地提案により改造スタート
▲渋谷駅周辺も森地提案により改造スタート

「渋谷駅周辺は、地下鉄銀座線が上空を横切り、これも関東大震災後に建設されたデパート内の駅舎に入る、防災上危険でかつ、歩行者動線の複雑すぎるター ミナルであった。それが全面改築について、昨年ようやく都市計画決定した。ターミナル駅だけでなく、大岡山駅周辺は環状7号線へアクセスも悪く防災面で問題が多い。私自身が東京工業大学にいた関係もあり、1980年代に大学と駅周辺を核にした再開発を提案した。東京には人、車、鉄道、商店が集中しながら耐震など防災上問題のある駅周辺が多い。例えば新橋駅、有楽町駅、お茶の水駅、飯田橋駅など、挙げれば切りがない。駅周辺のまちづくりは、地権者が多く、商店の代替手当など困難であるが、合意ができれば、大きな起爆剤となって、周辺に波及する。安全でゆとりある新しい地域を形成するだけでなく、大きな景気効果を生む」

東京は若者とミックスする都市へ

――これからの東京のまちづくりについての考えを

「これから高齢化社会が来ると言われている中で、若い人がミックスする都市に変えていかなければならない。そのためには魅力あるまちづくりが不可欠とな る。都内の路線別に年齢層の経年変化をまとめたことがある。その調査結果で、東京の西側の路線は経年循環ができてバランスがいいが、東側は年齢層が変化しないで、そのままの層で高齢化へ推移する結果が出た。西側では、沿線に新しいまちづくりが進められ、若い人が入ってくるし、高齢者も戸建てから都心マンションに移ってライフスタイルを変える。鉄道にとって高齢化とは、退職し、通勤客が減少し、沿線の商業など関連事業にも影響を与えることを意味するわけで、極めて大きい問題である。その意味からも沿線の魅力化、安全、ゆとり、にぎわい、環境など地域の価値を作り、人を呼び込むことが求められている」

「私は、高齢化社会になっても、東京の人口は減らないのではないか、と考えている。そのポイントは所得格差にある。日本は、経済の高度成長と所得格差を同時に成し遂げた唯一の国だが、東京は、新しい都市づくり、観光力、国際競争力を発揮すれば、所得格差を得て、成長力を維持でき、その結果、人口が減少しないという可能性を持っている」

――いろいろな角度から東京の問題をお話いただきありがとうございました。


表紙の写真について森地教授の弁。「皇居前広場の緑と、 経済の中心・ビル街とが隣り合わせになっているのが、これぞ東京という象徴的な景観だと思う。世界広しと言えど見当たらない。住宅ならば、駒場の北側の住宅は、 個性的で風情があって、他の地方にはない、いかにも東京らしい住宅風景だね」