人工地盤による新宿駅南口の大改造

■ 防災市街地再開発事業によって生み出された大島小松川公園。都民のレクリエーションと憩いの場が、
  災害時には20万人を受け入れる避難広場となる。河島理事長が都庁時代にまちづくりを担当した

インフラ、空間、防災、環境の都市づくりを進めよう

今年最後の12月号の「キーマン」は、本年7月まで東京都技監・都市整備局長で、文字通り都政における都市づくりのキーマンだった河島均氏(東京都住宅供給公社理事長)に登場いただいた。まさに都市づくり行政のエキスパートであり、その「トウキョウ地図」は、第1にインフラ、第2に都市空間、第3に防災、第4に環境・文化と明快で、体系的である。「東京の成長を止めることは、W日本沈没Wにつながる」と警鐘を鳴らし、「国際都市競争力の中で、東京のポテンシャルを上げることが明日につながる」という河島氏の東京論を聞いた。(図表は東京都提供)


河島均氏

東京都住宅供給公社理事長
河島 均
Hitoshi Kawashima

(かわしま・ひとし)1952年東京都生まれ、74年3月東京大学工学部都市工学科を卒業、同年4月東京都庁に入る。建築指導課 長、住宅・都市整備公団(当時)部長などを経て2002年都市計画マスタープラン担当部長、04年知事本局横田基地共用化推進担当部長、06年同局次長兼都市整備局航空政策担当理事、09年都市整備局長、10年東京都技監兼都市整備局長、11年7月都退職、同年8月から現職。

――東京都での長い行政経験から都市づくりのエキスパートであり、様々な実績もお持ちですが、その観点から今、東京の問題点をどのように考えますか 

東京の存在感、もっと高めるべき

「東京を考える場合、切り口はいろいろあるが、言えることは、国内の他の地域と比べて一極集中しているからという理由で、東京の成長を止めることは日本全体を駄目にし、W日本沈没Wにつながるものだということ。いまの時代は、逆に国内でなく世界の中で国際競争力を備えて、東京の存在感をもっと高めるべきである。東京のポテンシャルを高めることで、日本の産業、経済、文化を活性化させていかなければならない。東京の一極集中への対処を問題にするあまり、優れた都市機能や力を分散させては逆効果を生む。東京の成長に待ったをかけたとたんに、国際都市間競争に負けて、ひいては日本が世界から取り残されてしまう。このことを喝破したのは、石原都知事だが、まさにその通りだと痛感する」

――その国際都市間競争に勝ち抜くためには、東京の都市づくりはどうあるべきでしょうか

「ポイントは4つある。その第1は都市インフラの整備。都市をきちんとしたものにする基盤づくりが何よりも必要である。これまでインフラと言うと、道路、空港、港湾だったが、もっと広く、水、電力、下水道、治水などエネルギーや防災まで広く捉えて、その必要性を再認識する必要がある。そのためには利便性や価値を実感することが近道で、国民や都民がその実感を共有していくことが最も大事だと考える」

東京の成長止める道は“日本沈没”につながる

三環状はネットワークしてこそ効果

▲三環状道路の整備率:47%(平成22年度末)
出典:「『10年後の東京』への実行プログラム2011」
(2010年12月 東京都)(C)2011 東京都

「例えば三環状道路(圏央道、外環道、首都高速中央環状線)について、外環道はムダだという人もいるが、そうではない。三環状が首都圏で高速ネットワークを形成することは、走行の効率化、時間コストの軽減、CO2やNOXの削減さらには渋滞回避のストレス解消まで考えると効果は計り知れない。首都高速中央環状新宿線(池袋〜新宿〜渋谷)が開通したことで、霞が関や銀座など首都高の車の流れがスムーズになったことを改めて実感した都民の方も多いはずだ。外環道ができれば環7、環8の渋滞も緩和する。羽田空港も同様、D滑走路開通に伴い、国際線が格段に便利になり、都心からすぐ海外に飛ぶことができる。ああ便利になった、と私自身も実感しているし、国民、都民も同様の実感を持つことだろう。成田とも連携し役割分担することで国内線、国際線の効率は飛躍的に高まるはずだ。東京港も、国際的海運物流のコンテナ港として、さらに高度な機能が求められている。大きくて重い荷物を安く大量に運ぶには、海運が不可欠だからだ。アジアのハブ港湾競争が激化している中で、東京港は立ち遅れているのが現状であり、港湾からのアクセスを含めて、陸から海、海から陸への流通を便利に機能的にしていかなければならない」

――都市インフラの整備の次のポイントは何になりますか

日本橋にかかる首都高速。都市改造が急がれる
▲渋谷駅周辺地域の現況(上)と将来(下) (C)2011 東京都、渋谷区
  ※現時点での概略のイメージであり、今後、設計内容を詳細に検討していきます。

「第2は、インフラの上に建つ建物や都市空間を、世界の四大都市にふさわしい、しっかりしたものに整備していくことである。ビジネスの機能性や街の賑わいを備えることはもとより、文化や景観など優れた個性を発揮しつつ、日本的な〈心遣い〉や〈おもてなし〉のような独特の感性にあふれた空間を整備していくことが必要だ。落ち着いた風格とにぎわいを備えた丸の内のまちづくり、新たな再開発が進む新宿駅周辺、そしてようやく端緒についた渋谷駅改造計画など、その取り組みを特区や都市計画、容積率など様々な手法を駆使しながら、より広範な地域へ展開していくことが求められている。渋谷駅周辺では、鉄道、地下鉄、道路、商業施設、河川が交錯し、つぎはぎ的に改造されてきたので、その中心の駅舎がいつの間にかバリアフリー、機能、防災面でも問題を抱えたものになっていた。だが、大改造計画が合意され、それが実現することで、交通、人の流れ、空中から地下への空間構造がスムーズで効率的なものに生まれ変わる。新しい都市改造のモデルとして注目している」

 

「インフラ、都市空間、そして第3に問われているのが防災・安全なまちづくりである。東京のまちは、ポテンシャルが高く再開発やまちづくりが進む一方で、古い密集市街地などでは、再開発や建て替えが進まず、防火や耐震の安全性から取り残されたままの地域も多い。首都直下地震の発生が想定されている状況で、これらの地域の防災対策に早急に取り組む必要がある。東京都では、高度防災都市づくりを重点にし、東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例を施行し、耐震診断の義務付け、耐震改修への助成拡大を行っている。これら緊急輸送道路の沿道だけでなく一般市街地でも耐震改修を急ぎ、もっと広めていく必要がある」

「こうした地域では、新耐震設計の建物とそうでない建物が混在しているし、耐震診断も所有者は不動産評価が下がることを懸念して回避したがる傾向がある。またマンションの区分所有では、さまざまな生活形態が混在し、建て替えや耐震化への合意形成を困難にしている。そのため安全・安心なまちづくりという共同の価値が形成されず、そのまま放置されているのが現状である」

大人の風格を備えた空間「丸の内」も東京を代表する景観
▲大人の風格を備えた空間「丸の内」も東京を代表する景観

甘え捨て真の防災都市構築へ

「日本の社会はこれまで既得権を大事にし過ぎたきらいがあり、特に土地に関してはその傾向が強い。きちんと耐震の備えをしている建物が倒壊や発火しやすい建物と隣接しているわけで、知らぬが仏とばかり、あえて現実と向き合わずに過ごしている。そのように危険と迷惑を抱えて耐震診断もしないことは、大地震の発災を考えると、隣人や地域に対する責任を全うしないことだと言える。そういう認識がもっと都民や国民に広がらないと、合意ができない→仕方ない→先延ばしということになる。これでは、本当の意味での防災都市が未来永劫できない。私は、戦後日本のこうした私権への甘え、甘やかしが防災都市づくりの大きな阻害になっていると思わずにいられない」

「第4のポイントは、環境、景観、文化、歴史という付加価値を持つ東京づくりである。特に環境については、東京都が〈環境先進都市〉というキーワードを掲げており、その中で「世界の範となる魅力とにぎわいを備えた環境先進都市東京の創造」という目標を設定してきた。この場合の環境は、いわゆるCO2削減などはもちろんのこと、緑、景観、文化、歴史、居心地の良さなど物的なことだけではなく、ソフトな仕組みや感性も含めた環境という捉え方が重要だ。東京には街の個性をつくり伝統と文化を伝える建造物がたくさんある。東京都では、国が指定する文化財以外にも景観条例に基づき歴史的建造物を選定し、都民がその価値を認識し都市景観に生かすため、東京歴史まちづくりファンドへの協力をお願いしているが、これも環境都市への取り組みの一つである。ファンドは、平成22年に財団法人東京都防災・建築まちづくりセンターに設立され、歴史的建造物の修繕費用の一部などに充てるもので、都民の篤志を募りながら概ね10年間運用される。それらの建造物を建設してきた東京建設業協会の会員の皆さんにも、ぜひ協力していただきた い(笑)。また特に景観上重要な歴史的建造物等も29件指定し、その周辺の建築行為等においては歴史的景観形成の指針を配慮してもらっている」

▲都心部の開発計画 (C)2011 東京都

経済と環境の両立、その特性を高めよう

「東京は先進都市の中で一番、経済と環境が両立しているという評価があるが、その特性をもっと高めていくことが重要だろう。高度成長期以来、開発と環境は相反するという意見が根強くあったが、これからはむしろ開発と環境が両立し、都市空間の更新や再開発がCO2の発生を抑制し、景観や歴史・文化の再生につながることが可能だと思う。丸の内や東京駅の開発は、歴史的価値も再現し、大人の風格を醸し出しながら、省エネや環境に優れた空間を造り出している」

――「インフラ」、「都市空間」、「防災」、「環境・景観」という4つのポイントについてうかがっていますと、その4つが時代と共に新たな役割、意義、価値を持って変わっていく、技術的にも体験的にも発展していく、それがこれからの東京に必要なのだということがよく分かります。ところで、理事長は都政時代から八ッ場ダムについて、明確な発言をされてきたわけですが、八ッ場ダムについて、現在どうお考えでしょうか

「私が言ったというよりは、地元自治体と関係自治体の1都5県全体が、政府の八ッ場ダム建設中止に反対したということ。私が考えるのは、都市や公共事業のリスクというものは、我々が生きている数十年のスパンだけで測れるものではないということだ。自分の世代だけではなく、その施設を必要とする子供や孫さらにはもっと先の世代の将来を見据えて、水需要、渇水、そして治水のリスクと対策を考えるべきだということである」

多世代の長期的視点でリスク対策

「ところが建設反対論者の視点はあまりにも近視眼的で、都市のリスキーな側面を軽視し、大規模な公共事業はすべて無駄であるかのようなことを論じておられる。今回の東日本大震災や台風被害は、そうした国家百年の大計をおろそかにする為政者への、自然からの痛烈なしっぺ返しではなかったか。多世代にわたる長期的な視点から、リスクに対してきちんと対処する政策を打っていかなければ、一旦事が生じた時に都市は根本的打撃を受けてしまう。ニューヨークなどの国際都市を見ても、確保されている一人当たり貯水量は東京をはるかに凌ぐ。塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読むと、ローマ帝国では、歴代皇帝が治世の最重要課題として道路建設とともに水道建設に取り組み、ローマだけで11本の水道により、日量100万立方メートルを超える水を確保していたという。水インフラがいかに帝国の基盤として重要視されていたかが分かる。その価値観は、21世紀の今も何ら変わっていないと思う」

――広範囲で体系的なお話、ありがとうございました。

表紙の写真について「私が都市整備局長の時に、白鬚西 再開発地区の汐入公園の竣工式典に地元の西川荒川区長、萩原自治会会長などに招かれて出席したことがある。公園の避難広場がひらけ、スーパー堤防が連なり、墨田川の向こうには、同じく防災再開発の白鬚東地区、そしてその向こうにスカイツリーが見える。祝辞で、その景観に触れた。緑と水の、ひらけた空間に新しい東京のシンボルが見えるという思いであった。西川区長にも、萩原会長にも、その後、この防災再開発が安全・安心で賑わいのある地域になったと感謝された。まさに仕事冥利につきる景観なのだ」