最高裁判所前、お濠には豊かな水辺と緑、ビルが歴史をただよわせる

歴史の蓄積をまちづくりに残す

「東京のまちづくりには歴史の積み重ねがなく、それだけ将来へのサステイナビリティも見通しにくい」。そう警鐘を鳴らすのは法政大学社会学部教授の長谷部俊治氏。かつて建設行政を担い、シンクタンクの第一線で活動し、独自の個性的な研究活動を続けている論客でもある。社会学部というフィールドから東京のまちづくりは「多様化」と「回遊性」に向かうべきだという。「東京っ子」とは何かという、答えなき問いかけも鋭い。建設業の展望は「真のニーズに丁寧に応える差別化にあり」とも言う。その多様な「東京論」を聞いた


長谷部俊治氏

法政大学社会学部教授
長谷部俊治
Toshiharu Hasebe

(はせべ・としはる)1951年生まれ。73年東北大学理学部卒業。建設省都市局、建設経済局、河川局等に勤務し、2002年国土交通省を退職。同年みずほ総合研究所理事。08年より現職。著書に『建設投資の経済学−投資のメカニズムを探る』(日刊建設通信新聞社2004年)、『地域整備の転換期−国土・都市・地域の政策の方向』(大成出版社2005年)、『チャンスを活かせ 建設業』(清文社2007年)。

─―長谷部先生は、東京の、都市としての問題点をどうとらえておられますか

「一つ考えているのは、江戸開府から300年を経て東京となり、さらに150年、その歴史の積み重ねがまちづくりに生かされているのかという疑問だ。歴史をまちづくりに生かすという発想が希薄なのではないか、と考えている。土地の過去や地域の歴史性をまっさらにして現在の必要を最優先して再開発が進められている。このため歴史に耐えることのできる都市的な 資産の蓄積が進まず、したがって厚みのないまちづくりが多い。大型複合開発や拠点開発が進んでいるが、これが100年後にはどうなるのかを考えると、暗澹たる気持ちになる。それは過去の歴史を継承していないからで、だから未来への展開も見通せない。歴史を重視するレトロフィットなどがあるではないかと言う意見もあろうが、それは言い訳であって、断片的なものに過ぎない。本気で歴史を受け止め、引き継いでいくというところが見られない。過去を尊重すれば、場所の可能性が磨かれ、ゲニウス・ロキと言われるかけがえのない土地特性が発現するが、一過性のまちづくりではそれが期待できないのだ。次のやり直しがきく高度経済成長時代なら、それでも良かったかも知れない。だが成熟社会に直面していて、その転換ができていない」

住む人の特性が薄いまちづくりの責任大きい

「もう一つは、東京のまちに住んでいる東京人が、そのまちでしか得られないものを身に付けているのか、あるいは身に付ける場になっているのか、ということ。これは極端なイメージだが、東京の市民というイメージを突き詰めていくと、造られた欲望に踊らされる小金持ちの消費者というところになっていく。伝統とか、文化とかにつながらない。ニューヨークっ 子、パリっ子というようなイメージを喚起するものが、東京っ子にはない」

─―そうですね、江戸っ子と言うとすぐ分かるが、東京っ子では、きっぷがいいねえ、短気だねえ、人情味があるねえ、というイメージが出てきませんね

「そうでしょう。これだけ人口が集まって、東京っ子と称せない都市とは何だろうと考えるべきだ。人と空間との関係性は非常に強い。人は日常生活を空間と 接することで育っていくわけで、個性は空間に左右される。だから、まちづくりの責任は非常に大きい。それは、最初にあげた、歴史を受け止め、継承していくまちづくりになっていないことも関係すると思う」

多様化と回遊性が都市に厚みと出会い生む

─―東京を象徴して一般的に語られる、一局集中、人口減少、環境保全、防火・防災という諸問題についてはどうお考えですか

「うーん、それらはある意味で仕方ない、避けられない所与の条件として受け止めるほかないのではないか。避けられないこれらのリスクを前提として、どういう技術や手法を取り入れながら都市の持続可能性を確保するかを議論することだ。例えば、今回の東日本大震災を受けて、首都直下地震への対応が議論の的になっているが、それは耐震構造、防火、液状化対策の問題として議論を尽くしていくことだと思う。まちづくりは、もっと全体的な、価値論的なところに焦点を当てていくことが大事だと思う」

─―歴史の積み重ねを消し、それがそこに住む人の個性にも影響しているとすれば、対症療法としてどのようなことが考えられるでしょうか

まちの姿に多様化と回遊性を創り郊外に自立の都市群を

「私が考えるのは、多様化を創り出すということ。機能の特化を避けてまちの姿を多様化させると、変化に対応できる力を持つことができる。その上で、次の 展開ができることを探ればよい。これまでの歴史や国家の変遷を見ると、次の展開は縁辺や周辺から生まれてくる。真ん中は成熟して、次の展開にはつながりにくい。多様化の中で、日の当たらない隅の所から新しい推進力が生まれてくる。だから東京の都市づくりにおいても、郊外のポテンシャルが非常に大事だ。郊外を、ベッドタウン、あるいは労働力の居住空間としてだけでとらえるのではなく、機能も空間も自立した都市群へと形成させ、それらをネットワークで結ぶということも考えられる。幸い日本の場合、郊外のインフラづくりを頑張ってきて、しっかりしている。ポテンシャルは高い」

─―なるほど、多様化ですね

「都市が多様化するための条件として、米国の作家・ジャーナリストであるジェイン・ジェイコブスの説が参考になる。彼女は、ル・コルビュジエの近代都 市計画論を批判し、ボストンやニューヨークのまちづくりで影響力を持った人で、都市の多様化のために有効な四つの要素を指摘している。一つ目は、用途の混在化、二つ目は街路を短く小ブロックの街区とすること、三つ目は古い建物を機能更新しながら残すこと、そして四つ目が人の出会いを生む高密化と集中。私も、これらを組み合わせたまちづくりを東京においても考えるべきだと思う。それによって多様性のある都市、厚みのある都市が形成される。最初に指摘した、歴史を一掃するような、まっさらな開発というのはなくなるのではないだろうか」

郊外のまちづくりをいかに自立させるか(立川市景観)

「こうした多様化と同時に、もう一つ大事なのは回遊性ということ。まちの中に回遊性があれば、思わぬ人との出会いが生まれ、その新たな出会いが都市を変えていく。人々が楽しく回遊し、出会いと交流に満ちたまちづくりを目指すべきだと思う」

銀座の街並みには統一された表通りと回遊性のある裏通りの面白さ
銀座の街並みには統一された表通りと回遊性のある裏通りの面白さ

─―江戸のまちには、お濠が巡らされ、その濠の水は回遊して循環していたようですね

「そう、水は流れ、循環する回路であり、非常に重要だ。土地は動かないが、そのあいだを回遊できるような空間を形成することと、回遊する水をどう結びつけていくか。土地と水との結びつきは、これからのまちづくりの重要なポイントになる」

─長谷部先生の説をもう少し具体的に理解するために、現在の東京の都市空間で好きなところはどこでしょうか。その良さを指摘していただければ

「強いて言えば、頑張っているのは銀座かな。メーン通りのゆったりした空間、建物のスカイラインも比較的守られ、ブランド店など新しい波を受け入れて も、基本的な景観をしっかり守り、しかもにぎわいがある。そして裏通りは、小さな路地に入れば、面白さも個性もあるし、時間が止まっているような懐かしさもある。表通り・裏通りの多様性があり、ブラブラ歩いてみたいという回遊性もある。水路が残っていればもっと良かった」

─地方都市には○○銀座という通りがいくつもあります。そちらはやや廃れていますが、本家は新しさも取り入れて健在ですね。さて、国際都市間競争と言われる昨今、国際的な観点からの東京を語っていただきたいと思います

国に依存せず「アジアの東京」になれ

「これは辛口になるが、国際的に見て東京の弱点は、その魅力を国の統治機能に全面的に依存していることではないか。首都という冠がなくなったら、他の世界都市と拮抗できる存在でいられるかどうか心許ない。ニューヨーク、上海、ミラノという都市は、首都ではないが、自立した発信力がある。東京も、国と表裏一体でなく都市としてもっと自立して、東アジア圏 の中の東京という観点から再構築すべきであろう。そうすれば、一国の中での一極集中ということは問題でなくなる。もっともっと都市機能を高めて、東アジアの中核都市として、どのように進化するのかという課題も見えてくるだろう。その時、多様性と回遊性を備えていけば、どこにもない、独自の都市空間として発展できるのではないか」

─―話題が変わりますが、まちづくりの担い手である建設業が今後生き残っていくには、どうあるべきか、ご提言があれば、お願いします

建設業生き残りは市場を丁寧に読む差別化

「かねがね思っているのは企業が差別化するほかないということ。では差別化とはどうすればできるか。一つは、市場を丁寧に見て、本当のニーズをつかみ、それに応えることだろう。建設業は一品生産だと言われるが、どんどん標準化して、だれもが、同じような、似たようなものを造るようになっている。だから価格しか競争できない環境に陥る。発注者の顔ばかり見るのではなく、その建造物を使うユーザーを見て、何が求められているかを把握し、それに応えるように丁寧にサービスを提供することが差別化につながる。建設業の仕事、技術、能力を考えるとその余地は十分にあるはずだ」

「例えば、東日本大震災では首都圏でも、大きな液状化被害が出た。埋立地などの建造物を考えれば、こうした被害は予想できたわけだが、受注時にベストな液状化対策を組み込んで提案することをしてきたか、とも思う。現実として被害を前提にした提案は考えにくいかも知れないが、そうした先を読み込んだサービス感覚を持つべきだ、という気がする。パイが大きくなる時代は、標準化も経営戦略として有効だったかも知れないが、これからパイは大きくならないだけでなく多様に変化する。そうした時代を前にしているのだから、旧態依然の企業経営はもはや有効性を失った。新しい差別化の発想を持ってほしい」

――最後に、先生が関心を持っている、これからの研究テーマは

「今回の震災や原発事故を考えると、これまで人が構築してきた技術や制度が本当に制御可能だったのか、持続可能なものなのかということを根源的に問い 直さなければならないと思う。持続可能性の危機があらわになったということだ。都市、水、エネルギー、さらには生態系という人間生活を支えるインフラが持続可能性を保持するためには何をなすべきか、どのような政策を展開しなければならないか、それが大きなテーマになってくる」

―─いろいろ、興味深いご指摘ありがとうございました。

表紙の、浜離宮恩賜庭園から汐留の再開発ビル群を見渡す景観には、歴史の重層性を感じる。徳川本家の、潮入の池を持つ庭園は、徳川慶喜が鳥羽伏見の戦いに敗れ、大阪城から海で逃げ帰り浜離宮に辿りついた。江戸を支えたのは舟運による経済であった。一方、汐留は明治維新後、鉄道の始点として文明開化の拠点になり、今は昔、東京再開発の象徴になっている。この一枚の景観の中に、東京の歴史がぎゅっと凝縮されている。(長谷部氏談)