けなげな都市東京への愛あるまなざしを育てよう

佐々木葉氏

早稲田大学創造理工学部社会環境工学科 教授
佐々木葉
Yoh Sasaki

(ささき・よう)1961年7月神奈川県鎌倉生まれ。早稲田大学建築学科卒業、東京工業大学大学院を修了し、東京大学助手、日本福祉大学情報社会学部助教授などを経て現職。専門分野は景観論、土木構造物のデザイン論。共著に『景観用語事典』(彰国社1998年)、『景観と意匠の歴史的展開』(信山社サイテック1998年)など。作品に郡上八幡新橋、りんどう橋(長野県上田市)など。土木学会景観デザイン委員会幹事長。変化していく現代社会の中で、景観とは、風景とは何かを多面的に思索。研究室HP とブログはyoh-labで検索。


シリーズ「キーマンが語るトウキョウ地図」は、1年間の連載を経て、今月号で最終回となる。様々な立場から東京論を展開いただいたが、シリーズ最後の登場は、景観論と土木構造物のデザイン論を専門とする佐々木葉早稲田大学創造理工学部教授。山手線を地形図に落とし込み、地形に連なる人々の生活の連鎖をピンポイントで透視する。スクラップ&ビルドのリズム、ノーモア外来種、オーガニックの良さ、絵図から捉える景観まちづくり、まちづくりテイストの共有、マゾ感覚から普通感覚へ、バラバラなものの連鎖など次々と独自のキーワードを駆使し、東京の独自のポテンシャルを生かす実験を提言し、「複眼のまちづくり、そこから各自が東京という街を愛おしく思う、そんな価値観がこれから重要になる」と語る佐々木教授に聞いた。

――佐々木先生にとって東京の景観で好きなところはどこでしょうか

「私自身は東京に住んだことはなく、東京は通うところ。今も神奈川県から通勤電車で山手線に入り、品川、高田馬場と研究室に通っている。その通勤で乗っている山手線の車窓からの風景を見ていると、とてもけなげな、いろんな人の、いろんな生活のストーリーや断片がピンポイントで次々発見できる。脱力系の見方かもしれないけれど、何かそういうのがぽわぁとしていいなあと思う。山手線の車窓風景の小さい看板、スプレーの落書き、オーバーパスしている道路の桁裏の骨組み、歩道橋を歩く人影、ぎっしり詰め込まれたような住居、隙間を見つけて置かれたエアコンの室外機など、路線を進むと変化が連なり、同時に地形の変化のリズムがあって、何度見ても飽きない」

山手線を造った人、あなたはエラい!

山手線と歩道橋が偶然出会う五反田駅付近
山手線と歩道橋が偶然出会う五反田駅付近

東京のオーガニックな良さを生かす

「というのも、山手線を詳細な地形図に落とし込んだもの(2ページ図)を学生が作成してくれたのだが、これを見ると、丘あり谷あり海岸ありという多様な東京の地形を通り抜けて一周している。実は路線の形もかなりくねっていて、それが東京という起伏のある地形に見事に落とし込まれていることがよく分かる。地形を縫うように、場所をよく見極めて線路がつながっている。山手線を一周してみれば、沿線の建物が頭の上に来たり、街が開けて見下ろせたり、すれすれのところに雑居ビルが現れたり、風景がアップダウンする。思わず山手線を造った人、あなたはエラい!と思う」

――そのような視点は、初めてですね。その山手線の捉え方は、これまでのまちづくりとの目線がまったく違うように思います

一人ひとりの感受性が重なり、地形と連なる。そこに東京の活力がある

「都市というものを、これまでのマスタープランなどのように、大づかみで、理詰めで、あるべき姿を描くという都市計画的な発想から捉えることに、私は最近特に違和感を持っている。上からの、こうだろうという押しつけではなく、あるいはコミュニティでみんなで話し合って合意してというのとも違う、一人ひとりの、バラバラであるけれど独自の目線や感受性がピンポイントで発生し、それらが時代や場所性として積み重ねられ、地形とも連なる。それが東京という都市の健全さ、活力であり、それを活かしていくべきだ。時間の中で積層し、大地の起伏の中に息づく、そういう生き物のスピリッツを東京という街には感じる」

――東京のまちづくりでの問題は何か、ということをお聞きしたいのですが

「魚や植物の世界で外来種が入り、それまでの生態系を一変させることが問題となっているが、東京という街にも、外来種がこれ以上入って来ないでほしいと思っている。土地の上に長い時間をかけて育んできた街や景観の良さがある。だが、それとは異質な建築物やプロジェクトがドーンと出来て、それまでの景観や生活を威圧してしまうことには非常に異議がある。再開発がだめというのではなく、規模の大小にかかわらず都市を変化させるときには、周囲の街との関連性や、そこで勝手に生きる自由や余地を残してほしい、と言いたい。山手線沿線にはそういうところが多いので、気になるのが、最近浮上している山手線の新駅構想ですね」

――品川と田町の間に開設しようという案もあるようですが、あの一帯が急速に開発されていて、街が変貌していますが、その変化の中で、地域と連続性を持った駅が可能かということですか

「駅舎のデザインがどうのこうのというより、異質な外来種にならなければいいなということ。まだ構想段階だから、ただ気になるというレベルなのだが……。山手線の地形図を俯瞰してみると、このあたりは地形の変化が少なく単調な眺めが続いているが、実は海にすごく近いという特徴がある。それが再開発で見えなくなっている。街というのは、新しいものが出 来ることによって壊されるというスクラップ&ビルドにより成り立っている。問題なのはその変化の秩序。東京は長い間変貌し続けることによって独特の味を醸し出している。スクラップ&ビルドのリズムがあるわけで、その繰り返されてきたリズムを守りたい」

一変してしまうまちづくりで良いのか

「例えば青山の裏通りに入ると、こんな狭い空間に小さな店がこれでもかという感じでぎゅっと詰まっている。東京は坂道が多いが、その急勾配を取り込んで立ち並ぶ家々とか、そうした個々の生活が工夫して積み重なっている空間には人間と地形とのリズムがある。それをまったく異種の大きな岩石が投げ込まれて一変してしまうまちづくりにしていいのか、というこ と。東京には、オーガニック(有機的)な良さがたくさんある。コンクリートで出来た人工的水路に見える神田川も、尾根や谷や微妙な水流を醸し出す生き物のように見えてくる。有機的で柔らかい街の良さが東京の持ち味なのだと思う」

ぎゅっと詰め込まれた商店街から坂道がひらける(谷中)
ぎゅっと詰め込まれた商店街から坂道がひらける(谷中)

――これまでの大規模再開発が批判されているような気がしますが

「再開発の是非ということではなく、新陳代謝のDNAを途切れさせず、その連鎖を守ることを大事にするという考え方。景観デザインでも色彩の統一だとか電線や看板がじゃまだとか、そういう見た目の話はどうだっていい。目に形として映るものよりも東京という都市を成り立たせているメカニズムのようなもの、地形と街が交わっている個性、バラバラのようで ありながら統合されている不思議さ、いろんな人が大量にうごめいて暮らしている、そうしたところに実は東京のポテンシャルがあるのだと考えている」

――オーガニックなまちづくりのためには、どんなことが求められますか

「そこに住み、生活する人々がそういう価値観を持って、街を見つめ直し、楽しみ、それを広げることだと思う。私自身は今、あまり東京をフィールドとした仕事をしていないけれど、地方都市の景観まちづくりでは絵図を描くことを試みたりしている。写真でも地図でもなくて絵図。絵図は、地形の起伏や空間の構造も地域の全体的なトーンも、個々の場所も、凝縮してビジュアルに記述されている。マスタープランの地図やプロジェクトのパース図よりも、絵図では自分のまちづくりのテイストが把握できることを実感した。テイストというのは、非常に大事で、生活に身に付いた感覚で、外来種や調和の取れないものを見分けられる。住民の方々にそういうテイストが共有されていることがまちづくりには不可欠でしょう。東京でも、江戸時代に描かれたまちを俯瞰する絵図があった。最近では画家の山口晃さんが描くイメージに、実は東京のテイストがもっともよく現れていると思っている」

ビル街を抜けると新たな風景が
ビル街を抜けると新たな風景が

――人口減少、防災・環境、インフラの観点から東京のまちづくりはどうあるべきでしょうか

「それらの問題は、東京というより東日本大震災の復興として東北で抜本的にやってほしいことだと本当は思いますね。東京はそれらに対応するには、あまりに行き過ぎている。水辺をいじめて、埋め立てをして、人が住めそうもないところに街を造り、鉄道を敷設し、川や橋を跨いで高速道路を整備してぎりぎりのところに来た。私が尊敬する高橋裕先生(東大名誉教授)は、20世紀最大の負の遺産はゼロメートル地帯を造ってしまったこと、21世紀はこれをどう解決するかが責務だとおっしゃっていた。東京に問われているのは、少しずつ肩の荷を降ろし、掛けすぎた負荷を緩和していくことではないか」

国土政策を転換、保全を第一義に

「これまでのエンジニア気質は、かなりマゾヒスティックなところがあり(笑)、与えられた条件が厳しく、不可能なことを可能にしろと言われると喜んで燃えるところがあった。それが高度で巨大なインフラを実現してきた。地盤が悪いところで、世界のトップ技術を磨いてきた。そろそろ、マゾ感覚をやめて普通の感覚でものづくりをするように転換する時ではない か。わが国の国土政策にも同様なことが言えて、国土利用を第一義にして、かなり無理をして国土利用へ推進して、国土保全は後手に回されてきた。これからは国土保全を第一義にして、もう一度、見直す必要がある」

――東京も人口減少時代に入ることになり、今までのように、急げ、増やせ、負けるなというところから変わる必要があるということでしょうか

「アナログのレトロなゲームに、正方形の箱の中を縦横4コマの16コマに分割し、そのうちの1コマを外した空隙を利用して残りを1つずつ動かして数字や絵合わせするものがある。単純だけど、手順や入れ替えや移動に知恵や工夫を絞らなければならないゲームだ。まちづくりも、そういった感じの変化の連鎖によって少しずつ、生命のメカニズムを生かしながら考えていく。都市でも国土でもインフラでもその計画やつくり方の手法というか発想というか、それが転期にあることだけは事実である。その時、なんといっても、東京には独自のポテンシャルがある。まだ疲弊しすぎていない、このポテンシャルを活かしていく実験をやってみてほしい」

「そういったことを考えるには東京という街の風景の見方を、絶対座標としてGPS的に見るのではなく、あっちに何が見えて、こっちには何が見えるから、今、自分はここにいる、というような複眼的で相対的な見方で思考することは大切なように思う。それが一見バラバラなものを連鎖させる絆となる。そういう見方、まちの風景の見方をするには、山手線のような移動風景はとても大切で、見えなかったものを見ることができる。複眼のまちづくり、そこから各自が東京というまちを愛おしく思う、そんな価値観がこれからは重要になるのだと思う」

――ユニークなお話、ありがとうございました。

表紙の写真について「通勤でも使っている山手線車窓からの風景は変化に富んで飽きない。東京の生活のピンポイントが発見できる。(恵比寿駅近くの谷間を通過し、やがて地上に出て街を俯瞰できる)」