「東京遺産」を探そう(3)

 三多摩めぐりの最後は、南多摩地域。三多摩は、多摩川により区分され、多摩川と秋川の合流地点から西が西多摩、それより下流の多摩川の北 が北多摩、同じく下流の南側が南多摩と呼ばれている。南多摩は、多摩川右岸の低地と多摩丘陵で成り立ち、八王子、町田、日野、稲城、多摩の5市で324.5km2の面積を持つ。南多摩の中核市で、都内市町村で第1位の人口を持つ八王子市、日野市、町田市、そして多摩ニュータウン再生に取り組んでいる多摩市を訪れた。

出発の起点は、京王線と小田急線とが交わる「多摩センター駅」。駅前からまっすぐ大通りの歩行者専用道路が延びて、その正面が、多摩ニュータウンのラン ドマークとも言えるパルテノン多摩(多摩市立複合文化施設)である。ホール、ギャラリー、会議室などが入る市民文化の殿堂であり、丘を登るように構築された建物はギリシャのパルテノン神殿を連想させることからそのように命名された。今年10月に開設25周年を迎えるこの建物は、実は多目的ドーム建設を求める市民運動から生まれたものだ。昭和55年(1980)に 5〜7万人収容のドーム球場を建設しようという構想が生まれ、市長も同意したが、市議会の反対で白紙となり、その代わりに予定用地に建設されたのがパルテノン多摩だという。

そのパルテノン多摩には、「歴史ミュージアム」があり、模型や画像により多摩丘陵開発や多摩ニュータウンの歴史を伝えているので訪れてみた。

赤土むき出しの中、諏訪・永山地区で入居が始まる

都心の住宅難対策と多摩丘陵の乱開発防止を目的に昭和35年(1960)、東京都がまとめた稲城村を中心とした集団的宅地開発計画が多摩ニュータウンのルーツ である。その後、新住宅市街地開発法の制定(昭和38年)、建設省・東京都・日本住宅公団による計画作成(昭和39年)を経て、昭和40年12月に建設大臣が都市計画決定をした。計画面積2892ha、計画人口約34万人の壮大な、新たなまちづくりが始まった。細々と農業が営まれていた広大な丘陵は、伐採され、土地がならされた。宅地が整備され、団地群が次々と建設 されていく。第1次入居が始まったのは昭和46年の諏訪・永山地区からだった。

献花の絶えない土方歳三の墓
献花の絶えない土方歳三の墓

「造成のただ中での出発だったため、団地のまわりは赤土がむき出しの地面で、舞い上がる土ぼこりの中での生活を余儀なくされた」(歴史ミュージアム・パ ネルから)という。「陸の孤島」とも呼ばれ、公共交通は京王線聖蹟桜ヶ丘駅、小田急線鶴川駅を結ぶバスだけだった。渋滞や通勤難などの混乱は、京王線・小田急線の永山駅、多摩センター駅開業(昭和49年)まで続いたという。中学校区別に21の住区地区センターに分け、近隣センター、地区センター、地区公園、都市センターというまちづくりの手法が駆使された多摩ニュータウンは、東京都の「東京構想2000」で「核都市」と位置づけられ、今は多機能複合かつ環境共生の都市をめざしている。

都市計画決定から50年、多摩ニュータウンは再生への歩み

その多摩ニュータウンも、都市計画決定から50年近くの歳月が流れ、「再生」がテーマになっている。東京都は昨年6月、「多摩ニュータウン大規模住宅団 地問題検討委員会」を設立し、再生へのガイドラインを検討している。公的機関による開発事業は平成17年(2005)度末で完了し、未開発用地244haは民間に売却され、民間による分譲マンション建設が新たな街並みを形成しつつある。また昨年末には、諏訪2丁目住宅で、1249戸の住宅マンションの建替事業が着工した。初期団地の、一括建替第1号のプロジェクト である。東京のまちづくりの一時代を刻み、壮大な実験とも呼ばれた多摩ニュータウンは、新たな歩みを始めているのである。

多摩センター駅近くには、「遺跡庭園縄文の村」がある。ニュータウン開発は、多摩丘陵一帯に広大な遺跡が存在することの発見につながった。昭和40年 (1965)から発掘調査が始まり、964カ所の遺跡が判明している。縄文の村は、No.57遺跡の発掘された場所で、縄文前期前半から中期後半までの住居跡8軒が判明したという。6000年前と4500年前の竪穴式住居、4200年前の敷石住居を再現し、植生も当時のものを再現しており、小中学生の野外学習の場になっている。

現代と縄文時代の「ニュータウン」にお別れし、多摩都市モノレールで多摩センター駅から万願寺駅へ。

日野市・万願寺駅周辺は土方づくしの地域だった

万願寺駅を降りると、そこはもう日野市。実は5月号で取材した土方康志氏(当協会第9支部長)に、「日野市には土方歳三の墓がある、あれも東京遺産だね」 と教えられていたのだ。土方歳三の墓を目指して歩いていると、東京都下水道局流域下水道本部の浅川水再生センターにぶつかる。敷地内では大規模な造成工事が行われ、数台の大型ブルドーザーが稼働していた。

同センターは、日野市の大部分と八王子の一部、3902haの計画処理面積をもち、平成4年(1992)から運転開始している。A2O 法(嫌気- 無酸素- 好気法) という高度処理法も一部導入し、処理水は根川を経て多摩川に放流されている。発生汚泥はセメント原料やアスファルト舗装材として100%資源化されている。近隣に開放しているセンター内の遊歩道を歩きながら、真言宗石田寺(せきでんじ)に着く。

工事が進む浅川水再生センター
工事が進む浅川水再生センター

寺までの道のり、住宅の表札も「土方」、店の看板も「土方自動車」と、この一帯は「土方」の姓であふれている。石田寺に入ると、墓碑銘の、あちらもこち らも「土方家」ばかり。土方第9支部長の家の墓も石田寺に納められていると聞いていた。そんなわけで、キョロキョロしながらお目当ての墓をようやく探しあ てたのは、先客の若い女性が献花しているのを見つけたからだ。『燃えよ剣』(司馬遼太郎)に生きた土方歳三の、女性人気、いまだ衰えず。幕末から明治2年ま で駆け抜けた歳三の35年の生涯に、合掌。戒名は「歳進院殿誠山義豊大居士」とか。

万願寺駅へと帰り、モノレールで一駅だけ戻ったところが高幡不動駅。そこで降り、関東三大不動尊の一つ、高幡不動尊金剛寺に参拝。実は歳三の位牌は、山 境内の最も奥にある金剛寺本堂・大日堂に納められているのだ。境内には土方歳三像があり、近藤勇と並んで新撰組両雄の名が記された顕彰碑もあった。

不動堂は保存修理中重要文化財・高幡不動尊

高幡不動尊は、平安時代初期に慈覚大師円仁が清和天皇の勅願により不動堂を建立し、不動明王を安置したことに始まるという。室町時代の仁王門、不動明王 像、不動堂はいずれも重要文化財。不動堂はちょうど保存修理工事中だったが、参拝客が多い中、安全に注意し、騒音にも気遣いを見せていた。壮麗な五重塔、 四季の道に連なる鐘楼、弁天池など広い境内は見所が多い。

地上41階建ての八王子駅南口再開発ビル「サザンスカイタワー八王子」と低層部「オリンパスホール」( 右)。<br />
左は平成22年開業した南口の駅ビル「CELEO(セレオ)八王子」
地上41階建ての八王子駅南口再開発ビル「サザンスカイタワー八王子」と低層部「オリンパスホール」( 右)。
左は平成22年開業した南口の駅ビル「CELEO(セレオ)八王子」

町田市まちづくりの課題はインフラ整備

さて、ここで町田市を訪れ、当協会第9支部の副支部長を務めている(株)石井工務店社長の若林克典氏に、地元・町田市のまちづくりについての考えを聞いた。

「町田市は都心のベッドタウンとして急速に発展してきたが、実は小田急とJRの駅周辺だけが栄えている。駅から5km圏では畑あり田ありで、のどかな土地柄。この自然を残して田園都市とするか、あるいはベッドタウンとしてさらに都市化するか、その岐路に立っていると思う。結局は住んでいる市民の考え方が将来の方向を決めることになる」と語る。

町田市の課題はインフラ整備だ。南北を結ぶ都道・町田街道が大動脈で、この拡幅工事が始まっているが、沿道の用地買収は難航している。町田市は河川に 囲まれていて、幹線道路は橋の一本道を通過しなければならず、車の流れはそこに集中し恒常的な渋滞が避けられない。国道246号が南側の一部を通過する以外、国道のない市でもある。「まちづくりの方向について関心を持って見守っている」とも。

若林副支部長は地域への貢献について、「われわれは、安くいい仕事をすることこそが、一番の地元貢献」という。その仕事も「キャパシティ( 仕事量) が減っ ているのに業者数は減らない。だから自然淘汰が避けられない。これからは特化するものを模索し、公共入札で施工能力評価が拡大しているので、品質のいい施工に傾注する必要がある」と転機に立つ業界の状況を語る。

好きな町田市の景観を挙げてもらうと、「私は都会嫌いの自然派。多摩丘陵の緑を生かした町田市野津田公園、弊社の近くでは小田急線脇の谷間を整備した芹 ヶ谷公園だね」と教えてくれた。野津田公園は広大な敷地に陸上競技場あり、雑木林あり、里山あり、市指定有形文化財の村野常右衛門生家あり。芹ヶ谷公園は町田駅から徒歩15分、国際版画美術館、深い林の遊歩道、虹と水の広場などが楽しめ、彫刻群が点在する豊かな緑の楽園であった。

都内市町村1位の人口、八王子は南口周辺まちづくり

最後にJR八王子駅に戻る。八王子市は大正6年(1917)に、多摩地域内でもっとも早く市制を施行し、人口が約58万人。日本の市町村の中で第23位、都内 では第1位(東京23区を含むと第6位)の都市で、国土交通省により業務核都市に指定されている。その八王子市の玄関口であるJR八王子駅南口は、平成22年 (2010)11月に再開発事業によりサザンスカイタワー八王子が完成し、これを核に周辺の新たなまちづくりが検討されている。日本貨物鉄道(株)の八王子南口所有 地、市が取得意向の医療刑務所跡地などを想定し、昨年12月に「八王子駅南口周辺地区まちづくり方針検討委員会」が、同駅周辺約84haを対象に、Jリーグ招 致のサッカースタジアム、商業施設、文化施設、官公庁施設、公園などの計画を提言し、これを受け市では今年中にまちづくり方針を策定する予定である。今年 3月には大断面NATMを駆使した圏央道高尾山IC〜八王子JCTも開通し、さらに地域の付加価値は高まろうとしている。