平成22年度建設業新入社員研修会 基調講演 建設会社へ入社された新入社員の皆様へ 仕事で達成感を得るために

■ 東建月報2010年6月号掲載


晴れて社会人となった皆さん、入社おめでとうございます。社会に出られてまだ日も浅く、期待も不安もたくさんある時期だと思います。

そこで本日は、建築技術者として、また経営者として得た様々な経験の中で、私が大切だと感じたこと、印象深かったことを具体的にお話ししたいと思います。そして、少しでも皆さんの活躍の参考にして頂ければと思います。

建築の道を志したきっかけ

皆さんにも進路を決める「きっかけ」があったと思います。私自身、高校時代に土木にしようか、機械にしようか、建築にしようか迷っていた時期がありました。その頃、ブラジルの新首都・ブラジリアの建設の模様を雑誌で見たことが、建築の道に進むきっかけになりました。

ブラジリアは、ブラジル中部の高原に建設された「計画都市」です。リオデジャネイロから1,000キロくらい離れた、まったく何もない原野に「都市計画」をして、国会議事堂や裁判所、大統領官邸など、主要な建物がたくさん建てられました。1956年から工事が始まって、完成したのが1960年。私が大学に入ったのが1960年ですから、ちょうどブラジリアの工事の最盛期の様子が報道されていたわけです。何もない未開の大地に、計画された都市が出来上がっていく様子に非常に興味を覚えました。

見学した頃に建設中だった代々木体育館(1963年3月着工)
▲見学した頃に建設中だった代々木体育館(1963年3月着工)

なかでも印象的だったのが、ブラジルの建築家であるオスカー・ニーマイヤーの作品です。国会議事堂や大統領官邸、メトロポリタン・カテドラルなど、ブラジリアにある公共建築物のほとんどを手がけています。

こうして斬新でモダンなオスカー・ニーマイヤーの作品に深い感銘を覚えた私は、大学の建築学科に進みました。しかし、それほど真面目な学生というわけでもなく、課題の提出前には徹夜で製図室にこもったものです。

東京オリンピックが開催されたのは1964年ですが、その前年、大学4年の時に、オリンピックに向けて建設ラッシュだった東京を見学したことも忘れられない思い出です。国立競技場、代々木の室内体育館などのオリンピック施設や首都高速道路の1号線などを、修学旅行のように見学しました。すでに就職は決まっていたのですが、現場でバリバリ働く建築技術者に、「将来はこういうことをやるのかなあ」と自分の姿を重ね合わせながら見入ったことを記憶しています。

初めての現場〜失敗から得た信頼

私は、仕事をする上で、大切だと思っていることが3つあります。それは、「信頼」「やりがい」「熟慮」です。私の経験を踏まえ、この3つについてお話ししたいと思います。

新入社員の頃に遡ってお話ししますと、最初の仕事(現場)は、良くも悪くも将来の思い出になると思います。多くの上司や同僚に聞いてみると、印象として残るのは、やはり最初の現場だという方が多く、私自身もそうでした。最初の現場での様々な経験は、自分自身の血や肉となるものです。だからこそ、一生懸命、力を尽くして、将来に活かして欲しいと思います。

昭和30年代の三菱仲12号館 現在は丸の内パークビルディング
▲昭和30年代の三菱仲12号館 現在は丸の内パークビルディング

私が経験した最初の現場は、現在の「丸の内パークビルディング」の前身である「三菱仲12号館」の改築工事で、丸ビルから有楽町の方に2ブロックくらいの、東京駅にほど近い大きな現場でした。

配属された先は型枠係りで、レベルやトランシットを担いで、墨出しに従事する毎日でした。半年ほどたつと仕事もわかってきた気がしました。しかし、ようやく慣れてきたなあと思った頃に大きな失敗をしてしまいます。それは墨出しを間違えて、ひと壁そっくり解体して、組み直す羽目になったのです。

間違いがわかった時は、どうしたものかと真っ青になりましたが、型枠大工の親方に「何とか手伝って欲しい」と頭を下げて、どうにか切り抜けることができました。自分が失敗したわけですから、自らが先頭に立って頑張るのは当たり前ですが、失敗を挽回しようと一生懸命やった結果、親方には見所があるなあと思われたのか、非常に仲良くなり、その後の仕事が大変スムーズに行くようになりました。組み直しという作業を通じて、型枠大工の親方や大工さんたちと「信頼関係」が出来たのではないかと思います。

半年くらいたった頃に仕事がわかってきたと言いましたが、半年間ただ漫然と過ごしていたわけではありません。私は結構好奇心が強いほうで、わからないことがあるとうるさいと言われるくらい先輩方に聞いて、出来ることは何でもやりました。

新入社員の1年間は、何を聞いても先輩は怒らずに教えてくれます。皆さんも職場の先輩に食い下がるくらい何でも聞いて、仕事の意味を身に付けてほしいと思います。

もちろん、仕事をしていく中には、つまらないと思うような仕事もあるかもしれません。しかし、仕事にはすべて意味があります。どんな仕事にも嫌がらずに前向きに取り組み、自分の身に付ける、その姿勢を大事にして欲しいのです。そういった毎日の積み重ねが、「信頼関係」を作る大きな要素であることを覚えておいて欲しいと思います。

意気に感ずる仕事とやりがい

続いて、現場の作業所長になって、2つ目の現場で経験したことをお話しします。世の中が「オイルショック」で騒然となる少し前、1972年のことです。

新潟県の長岡市で、電電公社の建物を建てるという仕事だったのですが、契約工期では、冬の降雪シーズンは工事を休む「冬休」という条件が盛り込まれていました。長岡市は知る人ぞ知る豪雪地帯。多雪期間にコンクリートを打つのは非常に難しいので、「冬休」は当然の条件だと思われていました。

しかし、降雪シーズンを前に作業を進めていたところ、「昨年は非常に雪が少なかった」という話を聞き、年によっては雪が少ないこともあるということに気がつきました。雪が少なければ、「冬休」を取らずに冬の間に工事を進められるというわけです。

そこで、長岡の測候所で気象データを調べたところ、降雪量の多い年と少ない年があって、数年の周期で繰り返されており、その年はおそらく小雪になるだろうと予想できました。であれば、冬期コンクリート打設をやらせてもらおうと、何よりも「良い建物をいち早くお客様にお届けしよう」という気持ちが強かったので計画書を作って、お客様のところに出向きました。

すると「東京の人は長岡の豪雪を知らないから」と言われ、説得するのにかなり苦労をしました。関係者の理解と協力を得るために、コンクリート打設の試験施工を繰り返し行ったり、降雪対策として仮設の屋根を架け、その上に融雪パイプを設置するなど、細部まで計画し、出来る限りの対応をしながら工事を進めていったのです。

実際には、ある種「賭け」でしたが、予想した通り雪は少なく、冬場に稼動している現場は、わが社だけでしたから、職人さんたちも十分に集まり、余裕を持って工事を進めることが出来ました。その結果、3ヶ月工期を短縮し、品質的にも良いものができたとお客様から非常に喜ばれ、お褒めの言葉を頂くことができました。

お客様に完成報告した帰り道、同行した上司から掛けられた「人生、意気に感ず、だよな」という一言は、今でも忘れられません。「人生、意気に感ず」とは、「唐詩選(とうしせん)」にある、唐の時代の政治家・魏徴(ぎちょう)の「述懐(じゅっかい)」という詩の一部で、「功名誰か復た論ぜん」と続きます。人生は意気に感じるところがあれば、功名や利得は問題外である、という意味ですが、私は意気に感じてやる仕事は必ず良い仕事につながると解釈しています。「やりがい」を感じて仕事に取り組むと、仕事の質は格段に向上します。「やりがい」は任せられた仕事をきちんとこなそうという気概を生み、それがお客様の満足につながっていくということです。

これから皆さんは、お客様、上司、同僚、取引先の人など、いろいろな人と出会い、仕事をすることになりますが、相手の気持ちや思いに触れ、「やってみよう」「やってやろう」という気持ちで取り組む仕事には、きっと「やりがい」を感じるはずですし、「やりがい」をもって仕事を進めれば、必ず良い結果につながります。また、自分の身に付くものになると思います。そういった心構えで仕事に取り組んで頂きたいと思います。

決断の前に熟慮せよ

マレーシアでのタイポイプロジェクト
▲マレーシアでのタイポイプロジェクト
マレーシアでのプロジェクト時代
▲マレーシアでのプロジェクト時代

最後に「熟慮」についてお話ししたいと思います。「熟慮」には、(1)よく考える、(2)いろいろ考えて検討する、(3)深い思いを巡らす、などの意味があります。長岡の現場では、気象からコンクリートの配合、融雪対策まで、いろいろな方面に渡って調査、検討、つまり「熟慮」を実行したおかげで、良い形につながったと思います。一生懸命考え、悩んで出した自分の考えを実行に移し、それが良い結果になったときには、この上ない充実感を味わえるものです。

皆さんもこれから仕事をしていく上で、考えなければならない場面にいくつも出会うと思います。これがその時だと思ったら、少々立ち止まってもきちんと考える習慣をつけて頂きたいと思います。

過去の経験の中で、私が一番悩み、「熟慮」したのは、マレーシアでのプロジェクトでした。PC版工法による工期短縮を提案して、建築面積約43万m2・総戸数6千戸余りに及ぶ大規模な中層住宅建設プロジェクトを受注したのですが、住宅建設の前に、PC版の製作工場を建設し、現地作業員を教育し、技術を現地に移転するという、いわばゼロからのスタートでした。

発注者である現地公社と日系商社との3社によるJVでしたが、自前でやる初めての海外工事であり、工場の建設から何から初めての経験で、毎日何が起こるかわからないことの連続でした。トラブルやリスクを回避して、いかにスムーズに多くの住宅を建設するか、利益を確保するかなど、熟慮しなければならない場面がずっと続きました。しかし、日本人スタッフ及び現地採用のスタッフたちとの協議、いろいろな試行錯誤の中で信頼関係が生まれ、大きな「やりがい」と充実感を感じた現場になりました。

我々の仕事は、常に決断をし続けなければいけない。時間との競争の中で、決断をし続けなければ先に進むことができません。だからこそ、その前の熟慮が非常に大事であると思います。

大きな達成感を得るために(建設業の大切な役割)

「コンクリートから人へ」という旗印のもと、公共事業が大幅に削減され、建設業界はかつてない厳しい状況にあります。しかし建設業は、衣食住の「住」を支えるものであり、道路や橋、河川、港湾など、人間の生活や社会にとって、なくてはならないものを作る大切な仕事なのです。

我々が手がける建造物というものは、原則として一品生産であり、一つとして同じものはありません。完成すれば数十年、場合によっては200年、300年と使われるわけです。人間にとって大切なもの、意義のあるものを自分たちの手で造っていくんだという気概を持ち、責任感を自覚して取り組んで頂きたいと思います。

また、建物一つをとってみても、非常に多くの工程を経て、多くの人との協力の上で成り立つもので、自分ひとりだけで出来ることではありません。たくさんの人、たくさんの役割があり、一致協力して完成するものです。そしてそこに至るまでには、「熟慮」する場面があり、一緒に努力・苦労した人たちとの「信頼」関係の中で、「やりがい」が培われ、出来上がったときの感激があるわけです。

皆さんもこれから経験されると思いますが、やり遂げたときの達成感、充実感は本当に大きなものです。自分でよく考え、前向きに取り組めば取り組むほど、感激は大きなものになるはずです。より多くの感動を味わえるよう、努力して頂ければと思います。

本日は、仕事をする上で大切だと思っている「信頼」「やりがい」「熟慮」について、私の経験を元にお話しをしました。全部でなくても、断片的でもよいので、時に思い出して、役立てて頂ければと思います。

これからの建設業を支えていくのは皆さんです。皆さんの力に本当に期待しています。困難もあろうかと思いますが、恐れることなく、誇りを持って常に前向きに取り組んで頂きたい。是非、頑張ってください!