通り初めを行う舛添都知事、太田昭宏国土交通大臣ら |
東京都が整備を進めてきた環状第2号線(環2、新橋~虎ノ門間)が3月29日に開通した。同日に現地で記念式典が開かれ、関係者は盛大に完成を祝った。式典であいさつに立った舛添要一東京都知事も「オリンピック道路として大きく展開する」と述べ、成熟都市・東京の新たなシンボルプロムナードに期待を寄せた。
東京オリンピックの大動脈へ
環2は、江東区有明を起点に中央区、港区などを経て、千代田区神田佐久間町に至る全長約14㎞の都市計画道路。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催時に輸送の大動脈となる骨格幹線道路だ。
今回、開通したのは未整備となっていた江東区豊洲から港区虎ノ門までの約5㎞のうち、第一京浜(港区新橋4丁目)から外堀通り(港区虎ノ門二丁目)までの約1.4km。本線部は新橋ランプから虎ノ門坑口までの地下トンネル「築地虎ノ門トンネル」(約900m) を経て、外堀通りに至る4車線の構造。地上部道路となる「新虎通り」は、第一京浜から愛宕通りまでの幅員40m、両側歩道13mの道路となっている。
地上部道路は15年3月の完成をめどに引き続き、街路樹や自転車道などの整備を進めていく。区間内にある再開発ビル「虎ノ門ヒルズ」は6月にグランドオープンする見通しだ。
地域内交通を担う地上部道路の沿道には、オープンカフェなどを展開し、パリのシャンゼリゼ大通りをモデルににぎわいを創出していく計画だ。
東京都都市整備局作成 |
この区間は長きにわたって事業化されずにいたことでも有名。転機になったのは、1989年に創設された「立体道路制度」だった。
立体道路制度は、土地利用の合理化を図ることを目的に道路の区域を立体的に定めるもの。道路の上下空間に建築物を建設できるようになるため、民有地内にも道路を整備することができる制度だ。
これをきっかけに、関係権利者の現地再建の声に応えることが可能となり、96年の「環状2号線(新橋~虎ノ門)地区まちづくり協議会」の設立へとつながる。1946年、終戦直後の最初の都市計画決定から、さまざまな曲折を経て事業化に至ったのは、半世紀以上が経った02年だった。
98年には市街地再開発事業の都市計画決定と、平面道路から本線地下道路への都市計画変更を行い、02年には市街地再開発事業、03年に街路事業の認可を取得して事業に着手。事業着手から12年の歳月と、総事業費約2700億円をかけてようやく完成に至った形だ。
都は、環2の残る工事中区間についても、20年の東京オリンピックに向けて、早期開通を目指して取り組むとしている。