「人生の宝となる出会いを大切に」
この春、見事に社会人になった皆さんに心からお祝いを申し上げたい。建設業は今、非常に活況を呈しているところなので、皆さんは幸せだと思います。私が会社に入社した昭和49年は、ちょうどオイルショックの時期で、トイレットペーパーの買い占めなどが起こっていました。建設業も資材が高騰して苦しい状況にあり、会社でもボーナスが出るとか出ないとか言っていた、そういう時代でした。それに比べると、皆さんは良い時代に社会人になったと思います。
とはいえ、良いことばかりが長く続くわけではなく、長い社会人生活の中では、必ず苦しい時が来ます。苦しい時こそ仲間とがんばり合って会社を支え、また、良い時が来るまで歯を食いしばってほしい。サラリーマンとはそういうものだと考えます。自分たちの仲間とがんばり、皆さんには是非とも良い人生を送っていただきたい。
ここで、建設業界の最近のキーワードを3つ紹介させていただきたい。ここ数年の話題は、だいたいこの3つに集約されています。1つ目は、人種、年齢、性別等を問わずに働いてもらうダイバーシティーです。どの会社でも女性の登用を積極的に展開しています。これまで男社会だった現場でも、女性の活躍推進に向け、シャワー、女性専用トイレの設置などがどの会社でも進んでいます。子育て支援や、休業後に元の地位で職場復帰できる仕組みなど、女性にも建設業界で十分に力を振るってもらうための取り組みが相当進んでいます。
2つ目はi-Construction(アイ・コンストラクション)です。「i」にはさまざまな意味があり、中には「愛情」という人もいます。ICT技術を使って仕事のやり方革命が進んでいます。去年は国土交通省が「生産性革命元年」としてICT導入など、さまざまな取り組みを進め、今年は「発展の年」という位置付けになっています。
急激な改革は難しいと思いますが、ICT技術の活用は間違いなく進んでいます。皆さんもオペレーターなしで無線によってバックホウを運転する「ICT土工」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これはほんの序の口であり、将来的には、鉄筋、型枠がロボット化されるとか、そういう方向に進んでいくかもしれません。
3つ目は、仕事のやり方改革です。建設業界はきつい、汚い、危険のいわゆる「3K」と言われてきましたが、一番の問題は長時間労働です。私が入社したころは、日曜全休が目標で、新入社員時代には月2回しか休めなかった。夜勤に入るときには昼夜通しで働くこともあり、えらいところに入ってしまったと思っていました。いまは4週8休を目標に取り組みが進んでおり、大きな変化だと感じています。
ただ、単に休んで自由な時間が増えるだけでは駄目だと言われています。自由な時間をいかに勉強や趣味など、自らの人間力を向上させるために使うことができるのかが重要だと考えています。
それぞれの会社でスタンスが違うところもありますが、この3つが今の建設業のキーワードです。これから会社に戻ってこういう話が出ることがあると思いますが、その時に思い出してくれればと考えています。
説教じみた話は聞き飽きていると思うので、ここからは柔らかい話をしたいと思います。雑誌に書いたコラムの文章が皆さんの手元にあると思いますが、ここには新入社員から3年生くらいまでの自分の体験を書いています。皆さんの人生に役立つ内容ではないかもしれませんが、こういうことがあったということを伝えなければならないと思って書きました。
まずは新入社員として昭和49年に配属された外径5mのシールド工事の現場です。今は密閉型ですが、当時は開放型で気圧を高くして壁の崩れを防いでいました。当時はまだ圧気手掘り工法だったので、学生気分で現場に行ったら、いきなり狭いマンロックに入って加圧され、とんでもない世界に来てしまったと思いました。コンマ何気圧ですが、ものすごい気圧に感じたことを覚えています。
シールドの現場ではセグメントを組み立てるエレクターマンがすごく格好良かったことを覚えています。1t以上あるセグメントをエレクターで丁寧に操作する見事なスタイルに感激しました。この感激のおかげで会社を辞めずに済んだと今でも思っています。
次は埼玉県与野市の護岸改修工事の現場です。住宅街を流れる小河川の護岸改修で、コンクリートの矢板を軟弱地盤に打設していました。その現場では仲良くしていた鳶工の方にいろいろなことを教えてもらいました。その鳶工がある日、晩飯に誘ってくれ、食事後に自宅に招いてくれたことは今でもいい思い出です。
同じく埼玉県三郷市の現場では、男として惚れてしまうような人との素晴らしい出会いがありました。杭打ち屋さんで、いつも「僕は中学出だから馬鹿で何もない」と言っていましたが、今でも自分の人生の中でこの人が人間として一番立派だったと思っています。
類まれなリーダーシップで、一糸乱れずに若い人を統率していました。仕事はいかに正確に、いかに早くするかがお金につながります。作業員は生活のために必死になっているからこそ、皆さんもこれから、さまざまなことを言われるかもしれません。建築も土木も一緒ですが、監督がもたもたして仕事が遅れるようなことがあったら、大変なお叱りを受けます。
その杭打ち屋さんとは1回だけしか仕事をしませんでしたが、その後ゴルフで付き合いがありました。ゴルフは下手くそでしたが、よく一緒に楽しくプレーさせていただきました。人生で最高の友達だった彼は白血病で亡くなってしまいましたが、最期の最期まで笑っていました。
出会いは私にとって宝です。皆さんもこれから発注者、会社の仲間、協力会社などいろいろな方と出会うと思います。建設業は出会いの数がとびっきり多い職業です。数々の出会いの中で、皆さんを導いてくれる素晴らしい人は必ずいます。出会いを大切に、良い人生を送っていただくことを祈念して私の話を終わりにします。