当協会と東京土木施工管理技士会が共催した令和5年度建設業新入社員研修会(4月5日、6日開催)では、基調講演として当協会の乘京正弘副会長が、自身の経験や今後求められる視点などについて、新社会人・新建設人への一歩を踏み出す254名の受講者に語りかけた。
新社会人の皆さん、おめでとうございます。学生時代、コロナ禍で不自由な生活を強いられた皆さんにとって、ためになる研修会になればと考えています。
会社に入って初めて配属されたのが、山形県にある寒河江ダムの現場でした。同期の人たちが次々と違う仕事をしていく中、私は8年間ここに務め、一つのダム建設の初めからほぼ終わりまでを経験しました。ここでは特に、現場で働いていただく地元の職人さんとのコミュニケーションの大切さを身をもって知りました。
私は生まれも育ちも大阪で、当時はこてこての大阪弁。その当時の山形の人にとっては、大阪弁自体の印象がかなり悪く、こういうふうに作ってもらいたいなどと伝えたいのに、はなから話を聞いてもらえない。ショックを受けましたが、コミュニケーションを取れるようにしなければ何も始められない。時にはお酒も交えながら、努力を重ねた結果、お互いの理解を深めることができました。
次の現場は、兵庫県の長谷ダムでした。発注者は関西電力です。電力会社の仕事は一日でも早く電気を作るために、すごく厳しい工程が組まれていました。当時は、働き方改革なんてものはありません。厳しい工程の中で、どうやったらみんなが安全に所定のものを作れるか。発注者の人たちと丁々発止しながら、工期内に不具合もなくダムを無事完成させました。ここでは、発注者とコミュニケーションを取る能力が磨かれたと思います。
その次は、京都府にある日吉ダムです。このダムの下流には、嵐山の渡月橋という有名な橋があります。大きな台風が来た時に、日吉ダムが頑張って水をせき止めたおかげで、渡月橋が流れずに済んだということで応援団も多いダムです。
日吉ダムは、地域振興を図る開かれたダムの第1号とも言われ、堤体内にある大きな空洞の中で展示会をやったり、地元の方の結婚式を開いたりと、地域交流にも活用されています。建設中もいろいろと催し物を企画し、地元の方たちとの交流を深めました。ここは、地域住民の方々とのコミュニケーションを学んだ現場でした。
次は最後の現場経験となる福島県の摺上川ダムです。式典などがあると、知事や市長と並んで、所長の私も地元の名士のように扱われました。それだけ地域の方々に期待されているんだなと感じたことを覚えています。
四つのダム現場の経験を通じて分かったのは、実際に働いてくれる作業員、発注者、地域住民とのコミュニケーションが絶対に必要だということです。このどれかが欠けると、いろいろなトラブルの元になります。我々建設会社だけでは、ものは作れません。大きな輪の中にいる関係者で心を一つにしなければ、良いものづくりはできないと思っています。古い考え方かもしれないけれど、この人のために一肌脱いで一生懸命やろうと思われるような人間になってもらいたいと思います。
これまでは私の現場経験から、一つ目としてコミュニケーションを大切にしましょうと話してきました。二つ目は、「人間力」を身に付けようということです。自分の目標を持って、常にそこに向けて自らを高める努力をし、そして他の人の働きを理解し、尊敬して感謝する。これが非常に大切な人間力だと思っています。まずは自分の得意分野を作り、そこから領域を広げていって人間力を身に付けていってほしい。それはコミュニケーションを取る能力にもつながります。
そして三つ目は「イノベーションマインド」を持ち続けようということです。我々世代はアナログで育ち、いまデジタルに変わろうとしている。元々素養がないのに一生懸命変わろうとしているから、無理や無駄があったりもする。皆さんはデジタルの中で育ち、元々の素養がある。建設業の基本は知った上で、もっとこうした方がいいのではないかといったひらめきを提案し、変革を起こしてほしいと思います。
最後に、建設業というだけで悪者に見られることもありますが、本当はこんなにすごい仕事なんだということを紹介したいと思います。建設業は地域の社会資本の整備・維持管理を担い、さらには災害時は真っ先に被災地の最前線に駆けつけて対応に当たります。地域を知る我々が応急復旧に当たり、その後、国や地方自治体と一緒になって復旧・復興の仕事を進めます。ここでも、関係者とのコミュニケーションは取り続けなければなりません。
建設業は「SDGs(持続可能な開発目標)の担い手」でもあります。クリーンエネルギーや住み続けられるまちづくり、作る責任・使う責任など、SDGsの達成に向けても我々は中心的な存在になります。
建設の基本となるコミュニケーションを大切にし、他者の働きを理解・尊敬・感謝する人間力を磨き、建設業の魅力向上を担うDXへの意識を持ちつつ、「地域の守り手」「SDGsの担い手」という社会的役割に誇りを持って、建設業の未来をともにつくっていきましょう。