―東京都のユニバーサルデザインへの取り組み、まちづくりについてどうお考えでしょうか。
東京都だけではありませんが、私が関わっている自治体の「福祉のまちづくり」について言えば、推進協議会に参加している公募市民、商店街事業者の 代表、障害を持っている方たちの団体の皆さんは、まちづくりについて非常に意識が高いと感じています。
とかく行政が主導するまちづくり議論には、どちらかというと「義務的に参加している」、「お願いするために参加している」傾向があるのも事実です。その点で、東京都の場合は、逆に「自分に何ができるか」というように、主体的に参加したいという声が強いのが特長だと思います。だからこそ東京都は、早くからユニバーサルデザインに基づいたまちづくりやバリアフリー化に積極的に取り組んでこられたのだと思います。
―東京は既存インフラの整備も相当進んでいます。新たなバリアフリー化も難しいのではないでしょうか。
交通機関では地下鉄を筆頭に、非常に連続性が高いのですが、反面、一つの駅で3本の鉄道が交差するケースもあり、同じ駅のなかでも乗り換え距離が長くならざるを得ないことが少なくない。特に民間鉄道との連続性の確保では、事業者間の調整といった課題がバリアフリー化の壁になっているケースもあります。2020年東京五輪までにすべて解決出来るかというと、そう簡単ではありません。所有者は東京都だけではありませんし、路線ごとに深さも違いますから。また、改札口と地上を結ぶルートが複雑で幾つもあります。現状では1ルートのみのバリアフリー化でいいのですが、これからはそうはいかない。
日本全体が車社会に移行しつつあるなか、依然として大都市の日常的な移動手段は鉄道です。これはユニバーサルデザインのまちづくりの視点から見れば、大都市の強みでもあり弱みであると言っていいかもしれません。
今後はバスなどの自動車交通との連続性も高めていく必要を感じます。結果としてまちの交通結節点にある商店街と交通システムとの相乗効果も期待されています。
高齢者や障害者がなんとかバスに乗車できるようになってきましたので、これからは地域や駅前商店街とのバリアフリーの一体化がポイントになるのではないでしょうか。
50年、100年スパンのまちづくりへ
―まちづくりに大切なことは。
事業者には申し訳ない言い方ですが、まちが誰のためにあるのか、都市は誰のためにつくられているのか。その大筋を前提に、50年、100年という長期スパンで見た、まちづくりへとどう導いていくかが大事ではないかと思います。その場合には、税制や制度などの変更も必要でしょう。また、誤解を恐れずに言えば、人口減少・少子化時代の今後は土地がずっと同じ事業者や地権者に受け継がれていく時代ではありません。いかによいインフラを、社会全体で共有できるか、持続できるかという考え方を持 たないと、良いまちは育ちません。ユニバーサルデザインのまちづくりにも同じような考え方を取り入れてほしい。自分さえ良ければいいとか、自分だけが収益を上げられればいいということではなく、将来に良い資産として残していけるような、発想の切り替えが必要です。
地域全体が後悔しないためにも、早めに人口減少時代を踏まえた都市のプランをつくっていく必要があります。
こうしたことを実現するためには、教育がとても大切です。ユニバーサルデザインやバリアフリー教育も必要ですが、時には、私が関与する推進協議会の範疇を超えて議論し、ベースとなる普遍的なまちづくり教育を実践しなければ、本格的なユニバーサルデザイン、バリアフリー化の都市、まちは出来ないと思っています。
比較的新しく整備された交通システムには、ユニバーサルデザインとバリアフリーに基づいた、多言語サイン(表示)や、 車いす利用者に対応した「だれでもトイレ」が整備されている。写真はいずれも新交通システムゆりかもめの豊洲駅構内 |
―ソフト対応についてはいかがですか。
東京五輪にかかわらず、多様で国際的な使命が東京にはあります。今までも東京は、観光都市であり商業都市・業務都市でした。外国からお客様を迎えるという点では、今後は小さな店舗でも、人的に対応できる取り組みを事業者自らが推進していかなければならないと思います。縦割りではなく異業種や大中小企業の連携による対応も必要でしょうね。
行政内部で引き継がれる仕組みを
―今後のバリアフリー化についてはいかがですか。
今、私の研究室では、全国の都道府県や政令市などを対象にした、福祉のまちづくり条例やバリアフリー条例の運用実態や行政指導の状況を調査しています。基本はバリアフリー法があり、各自治体の条例がサポートする体制にあるわけですが、行政の担当窓口・職員の理解度合いによって実際の実効に差が生じているのではないかと、危惧しています。
事業者の場合、担当者の任期はある程度あると判断できますが、行政職員の場合は短ければ2年で異動となります。窓口で行政指導をしたくても法の理 解で2年を費やしてしまうこともなくはない。しかも障害は一様ではありません。当然のことですが、バリアフリー化は複雑で、それぞれの障害についてきちんと理解した上で、行政指導が成り立つのだと思っています。単に寸法だけではデザインに活かされないのです。だから担当を交代するような事態になった時は、しっかりと引き継いでもらわないと、新任職員はゼロから勉強しないといけなくなるのです。
バリアフリー化を行政が進めようとする際、一方では事業者や設計者などから「非常に難しい」と言われる。そのときに、きちんと法や条例の背景を理解して説明できなければいけない。このことは設計者も同様です。少なくとも担当者が短期間で交代することが、関係者にうまく説明できないことにつながったり、バリアフリー化の進展を停滞させるようなことになってはいけません。
―問題解決の糸口はありますか。
バリアフリー化が遅れている問題は、法や条例の基準そのものがいけないのか、ひょっとすると基準が画一的なのか、細かすぎるのか、とも思っています。また、行政職員が建築主や設計者にきちんと説明するトレーニングを受けていないことも問題としてあるでしょう。これは法律や条例づくりに関与してきた私たちの責任でもあると思っています。
東京都のバリアフリーは世界の先進都市と比べてもはるかに進んでいることは間違いありません。それにもかかわらず、都民から多くの課題が指摘され ているのですから、建築設計者や事業者の方々とも真摯に対話しながら、根本的問題を探り出す必要があると思っています。
まちづくりへの参加意識が東京の場合は特に強いと言いましたが、参加意識が強い故に、欧米の都市と比べてはるかに細かなところにもバリアフリーや ユニバーサルデザインの問題点が指摘されているとも言えます。
欧米諸国、特にヨーロッパでは歴史的景観が重視されています。まちの中心部にも古い建物が数多くあり、地中には文化的価値の高い遺産があります。 石の文化ですから簡単に壊すわけにはいかないし市民は望まない、そこに存在する段差やバリアフリー化が完全でなくても、実際には市民生活上影響があるはずなのに、問題としない市民意識があるかも知れません。その意識がどうして根付いているかを解明することは重要ですが、基準のあり方、適用の仕方も柔軟なのかもしれないと考えています。
―ユニバーサルデザインに基づく東京都の福祉のまちづくり推進計画についてお聞かせください。
今回の計画は平成26年度から30年度までを目標としています。オリンピック・パラリンピックを迎えて、都市整備がさらに加速すると思われます。それをサポートする行政内部の組織や人材配置が今後かなり重要になってくるでしょう。
私は昔から主張していますが、まず、庁内にある縦割りの組織的なバリアを除くことが必要です。そうしなければ、推進計画に集められた沢山の事業が 相互に関係性を持たず、場合によっては何のチェックもないまま時が過ぎていくことにもなりかねません。一見、一つひとつの事業は関係がないようにみられますが、ユニバーサルデザインやバリアフリーを効果的に推進するためには各事業間の密接なコミュニケーションが不可欠です。
例えば、建築物には耐震化など重要な視点が当然必要ですが、バリアフリーは、建築物を利用する際の基本であり、来客者にどう接するかということな ども含んだ、共通言語です。この共通言語をあらかじめしっかりと職員教育で教えられていれば、複数局にまたがる事業でも、バリアフリーという共通言語によって各局がスムーズに連携できるはずです。
超高齢社会を迎えた今、これまで関係がないと主張してきた企業にも、ユニバーサルデザインやバリアフリーがすべての人と事業者に関係してくる、こ のことだけは認識してほしいと思います。社会全体としてこの問題に取り組むことは、企業トップの責務だと思います。
基準という「バリア」を超えて
―福祉のまちづくりについて提言はありますか。
ユニバーサルデザイン、バリアフリーをキーワードにした取り組みは、確かに進んで来ているのかもしれませんが、実のところ一進一退という側面もあります。そこに登場した東京オリンピック・パラリンピックは強力な推進役になってくる可能性が高いと思っています。しかし、人口減少を見据えたまちづくりのプランニングがその時点でできるかというと、さらに時間はかかるかもしれません。
コンサルタントや設計事務所の役割を強いて言えば、オリンピック後のまちづくり対応ですね。その後の計画が重要なのであって、そのためのアドバイスを行政に対して的確に行うことなんです。
もう一つ大事な視点は、バリアフリーの法制度と基準運用の問題です。
先ほど私の研究室で、自治体のバリアフリー化調査をしている、とお話ししましたが、この調査では、どこまでの小規模な建物を法律でバリアフリー化するように決めたら良いのか、場合によっては法律そのものを変える必要があるのか、整備基準は現状で良いのか、といった点について、今後の見直しを含めて、一歩踏み込んで取り組んでいます。新たな社会基盤を構築するために、そこまで踏み込まなければなりません。
本当はバリアフリー化を進めたいと思っているけど、基準が不適切な「バリア」となってバリアフリーが進まないということは絶対に避けなければなりません。今後こうした議論ができるのであれば、そろそろ、利用者、市民、障害当事者と事業者が海外の事例も交えて本音でぶつかり合うことが必要ではないかと思っています。