成熟社会を迎え、東京に欠けているものは
―人口減少時代のなかで、今後都市やまちのあり方としてどのような視点が必要ですか。
基本的に日本は成熟社会を迎えています。経済的に見れば、工業化社会から情報化社会へ移行した社会だと言えます。成熟社会と言うと誰しもが高齢化、少子化、人口減少などを思い浮かべますが、同時に生活の質の向上を追い求める社会でもあります。
人生の各段階に応じた生き方を選択できる「ワークライフバランス」という言葉に代表されるように、成熟社会とは、新しい時代の価値観だとも言えるのです。
都市やまちのあり方については、オリンピックを節目として考えると分かりやすいのですが、1964年東京五輪の時、東京は首都高速道路と環7(環状7号線)という、欧米にはない連続立体交差道路による都市構造をつくり始めました。また欧米で鉄道網の整備が進まなかった1964年からの50年間で、日本は新たに新幹線ネットワークを構築してきました。この日本独特の発想のインフラ整備によって、日本はその後の世界経済をリードすることができたわけです。異論や批判もありましたが、結果的には1964年東京五輪を契機にその後50年にわたる日本の基盤を形成してきたと言えます。
成熟社会を迎えたことを前提に、2020年東京五輪へ向かう今、世界中の人を惹きつけるためには、ロンドンやニューヨークと比較して東京に欠けてい る点を補っていくことが必要です。五輪はスポーツの祭典ですが、同時に環境や文化性が問われる場でもあります。
五輪が終わればそれで終わりということではなく、その後の50年の人々の生活を支えるインフラの整備も必要です。まちづくりの視点として挙げられているユニバーサルデザインについて考える時、五輪憲章でクーベルタン男爵が「差別の解消と世界平和」を唱え、そのなかで、パラリンピックが五輪のなかで重みを増していることにも注目すべきです。
そもそもパラリンピックが初めて開かれたのは、1960年のイタリア・ローマです。東京は、世界で初めてパラリンピックを2回開催する都市となるわけです。
―東京をユニバーサルデザインの視点からどう評価しますか。
前提は、誰もが不自由なく、出歩くことが出来る、快適なまちが必要だということです。20世紀の都市のキーワードは「効率性」でしたが、21世紀は「快適性」であることは間違いありません。その快適性のなかで、ユニバーサルデザインが大きなウエイトを占めています。
このことを踏まえて強調したいのは、東京がユニバーサルデザインに基づいたバリアフリー先進都市であるということです。ただし進んでいる面もある けれど、まだ劣っている面もあることも意識する必要があります。
―東京が他の先進諸国都市と比較して進んでいる面と劣っている面とは、具体的に何ですか。
1964年パラリンピック東京大会。 11月10日、バスケットボール日本対フィリピン戦 |
欧米先進国都市より非常に優れている代表例が、JR、地下鉄、私鉄などの鉄道交通機関です。
例えばロンドンやニューヨークと比べて、鉄道交通機関ははるかに、アクセシビリティ(誰もが支障なく利用できる度合い)が優れています。エレベー ター、エスカレーター、車いすの通行出来る広い改札口などは日本が一番進んでいます。バリアフリーについて言えば、ロンドンはエレベーターやエスカレーターがない地下鉄駅も多く、改札口が回転式のニューヨークなどでは、そもそも車いすで地下鉄を利用出来ません。
一方、ロンドンやニューヨークと比較して劣っている例にタクシーがあります。例えば日本のホテルでタクシーに乗る場合、ホテルマンがトランクなど の荷物運びを手伝ってくれますが、駅から乗車するときに、タクシー運転手が荷物運びを手伝ってくれるとは限りません。ロンドンやニューヨークでは、運転手が手伝わないことはまったく考えられません。また、欧米からの訪問者らが持つ複数の大きなトランクは、日本で一般的なセダン型のタクシーには入りませんし、車いすにも対応できるワゴン型タクシーが少なすぎます。その意味で日本のタクシーの現状では2020年東京五輪に対応できないということになります。
価値観の変化に目を向けたまちづくり
―今後のまちづくりの視点としては何が必要ですか。
あえて最初に強調したいのは、ユニバーサルデザインと一般のまちづくりはまったく同じ姿勢で議論すべきだということです。そのうえで主張したいの は、まちづくりとは「利害」と「利害」の衝突であり、「価値観」と「価値観」の対立であり、これを調整することだということです。そもそも過去、「都市計画」という漢字4文字で表現していた時代は、行政が決めたルールを市民に守ってもらうことでした。それを「まちづくり」というひらがなに変えたのは、価値観の衝突を、民主的に整理していくという考え方を表現するようになったからだと思っています。
この場合の価値観とは、相対的なもので、絶対的価値観ではありません。価値観は時代によって変わるということは念頭に置くべきです。
変化の例として、都心部の利用のされ方が挙げられます。働き手が都心部に集まっていた時代から、今は退職した人たちが都心部で遊ぶ時代になりました。これまではオフィスだけで完結していた都心部のビルが、現在ではホテル、物販店、劇場などさまざまな機能を集約しています。ゲタばき(1階部分が店舗)ではないことが前提だった高級マンションも、現在では診療所や店舗が必要だという流れになっています。価値観は常に変化しているのです。
今後のまちづくりは絶対的原理に依らず、常に進化する相対的価値観のなかで、地域の特性に応じて、それぞれのまちをつくっていく視点が大事で す。固定的定義がなく、常に最適性を求めることが、相対的価値観であり、まちづくりであり、ユニバーサルデザインであると言えます。
ただ、「まち」と言ってもメガロポリス(大都市)のあり方と、コミュニティのあり方は当然違います。メガロポリスの場合は国際競争力のなかでの都市構造論が優先されることが必要です。それらはグランドデザインの中で考え、それぞれのコミュニティのあり方とは区別して考えなければなりません。
「ユニバーサルデザイン」モデル都市への意識
―2020年東京五輪へ向け東京のまちづくりで改善すべき点はありますか。
まずバリアフリー化が進んでいる鉄道交通ですが、障害者の方達も積極的にまちに出て行く時代であることを考えれば、駅のホームドアなど安全柵設置の配備が遅れています。鉄道事業者トップから「構造上、すぐに直せない」、「車両数によってドアの位置が違う」など遅れている理由を聞きます。対応が大変であることは理解していますが、はっきり言ってこうした課題は、お金と経営方針で解決できる問題です。
また、日本で発明され急速に整備が進んだ点字ブロックですが、パーキンソン病の方や脳梗塞の方達にはつまずきやすいという指摘があるのも事実です。21世紀は情報化社会と指摘しましたが、例えば視覚障害者の方達が持つ杖に、歩行者通路の状況を情報化技術で伝えるという方法も考えられるだろうと思います。バリアフリーが、逆に少数の方々のバリアになることは避けなければなりません。
もう一つは、サイン(標識)問題です。鉄道、道路、地下街などの案内表示は、最低限の英語でさえ不十分です。東京の地下鉄は非常に発達しており、複数の出入口があり、間違うと大きな負担になります。さらに建築物でも、非常に歩行がしにくい階段や重いドアもあります。
2020年東京五輪までに、ユニバーサルデザインのすべてにおいて優れたモデル都市にするという気概を、関係者に持ってほしいと思います。行政が示す基準やガイドライン、規制などはあくまで最低水準です。行政基準を満たしているから良いという20世紀から、常に最高水準をめざしていく姿勢への時代転換が、行政と事業者、土木・建築含めインフラにも求められているということです。
―最高水準をめざすために必要なキーワードは何ですか。
特に強調したいのは、21世紀のまちづくりのキーワードの1つが、コンパクトシティと並んで、「ソーシャル・インクルージョン(社会的包容力)」であることです。社会的包容力とは、ロンドン五輪招致の2004年ロンドンプランで宣言されたものですが、民族や宗教など自分と違うことを理由に差別してはならないと提示したものです。つまり、人が何らかの理由で社会から排除されることはあってはならないということで、身体障害者の方達だけでなく、すべてのハンディキャップを持った人達も活躍・行動し楽しむことができることが社会的包容力であり、これはユニバーサルデザインやバリアフリーにも通底します。
その意味で言えば、イスラムの方達に食事を提供できるレストランを増やすこともユニバーサルデザインなのです。
日本は50年前の東京五輪を契機に、欧米キャッチアップを終え、独自の都市構造をつくりあげてきました。今後は、社会的包容力をユニバーサルデザインやバリアフリーのキーワードとして、欧米とは違った、日本独自の社会構造に基づいた都市、まちづくりを進めていっても良いのではないでしょうか。