―東京メトロとしてのユニバーサルデザインへの取り組みについてお聞かせ下さい。
東京メトロは9月30日、2020年東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)へ向けて、「東京メトロ”魅力発信”プロジェクト」を策定・公表しました。東京が2020年五輪開催地に決定したことを受け、2013年10月に「2020年東京オリンピック・パラリンピック対策推進本部」を社内に立ち上げ、安全やサービスなどに関する総合点検を実施しましたが、プロジェクトはこの総合点検を踏まえたものです。
魅力発信プロジェクトとは、これまで計画していた施策に、施策の前倒しや追加を加えてまとめたもので、関連する設備投資額は、2014年度から2020年度にかけて総額約4000億円を見込んでいます。
「沿線地域との連携、東京を楽しく」、「地下鉄を分かりやすく快適に」、「世界トップレベルの安心でお出迎え」という3つのキーワードをもとにプロジェクトを具体化します。東京五輪に合わせ確実に出来るものを盛り込んでいます。
当社社長の奥義光の思いもあって、地域との連携に力点を置いています。閉ざされた地下鉄ではなく、駅ごとに地域の皆さんと連携して、開かれた取り組みを打ち出しているのが特徴です。
例えば駅を、地域と連携して沿線情報を発信する「東京の魅力発信基地」に位置づけ、駅周辺の皆様とメトロが一体的に共同イベントを行うほか、駅を地域の玄関口として、地域の特色を表現した駅改装・改良を行うことなどがあります。
駅は鉄道事業者の目で見れば受け入れ口ですが、地域を訪れる方々にとっては玄関口の役割を担っています。このことから、駅を地域の玄関口にする発想に至りました。「地域を訪ねてもらう」という意識で、メトロもバリアフリー化だけでなく、地域や東京全体のさまざまな情報が分かるような取り組みをしていきたい。こうした意識で作り込んで、地下鉄の魅力を高め、地域と連携して東京の面白さを発信していくのです。
そのためにはまず、地下鉄そのものが分かりやすく伝わることが必要です。安全・安心を前提に、多言語化や乗り換え情報などに取り組むことが大事です。
―安心・安全への取り組みではバリアフリー化も重要です。
バリアフリー化は当然ですが、ホームドア整備や震災・水害対策なども大切です。すでに当社では、全てのお客さまに快適に利用してもらうため、駅のバリアフリー化を中心としたユニバーサルデザインの施設整備を進めています。9月末に公表した魅力発信プロジェクトでは冒頭の3つのキーワードのひとつ「世界トップレベルの安心でお出迎え」の実現として、バリアフリーの施設整備などに積極的な投資を進めていくことを明確にしました。
エレベーター「1ルート整備」年度内に全駅完了
―バリアフリー化への取り組みとして、具体的にどのようなものがありますか。
東京メトロの路線の多くは、整備された時期も古いうえに、駅も都心部にあり狭隘なものが多く用地取得も困難という、バリアフリー施設整備にとってさまざまな制約があります。
そのなかでもホームと地上をつなぐバリアフリールートは、少なくとも1ルートを確保するため、さまざまに工夫をしてエレベーター整備を進めています。平成26年度に工事施工中か施工予定の駅は29駅あり、今後もさらに積極的な用地取得などで早期整備を進める予定です。
バリアフリー化では、階段昇降機などの段差解消の1ルート整備が、2014年度までに100%整備を実現できる予定です。エレベーターによるバリアフリー1ルート整備についても、2020年東京五輪までに全駅での整備完了を目指しています。1ルートが確保できた駅のうち、病院に近い駅などではさらに利便性を高めるため、2ルート目以降も推進していく予定です。
―ホームドア整備についてはいかがですか。
これまで南北線、丸の内線、副都心線、有楽町線で整備が完了していますし、平成26年度は銀座線でホームドア設置に必要なホーム補強工事を行っています。
五輪までには、大規模改良工事予定の駅を除いて銀座線各駅で設置が完了する予定です。日比谷線、千代田線各駅でも順次導入を進めます。競技会場の最寄り駅や主要駅にはホームドアの先行設置を行う予定です。
さまざまな障害を持った方々にとっても、より快適な使いやすいトイレにするため、車いす対応を含む多機能トイレ設置についても整備を進めているところです。
―日本の鉄道事業者として初めて、全線の列車位置などの情報のオープンデータ活用コンテストを開きました。オープンデータ化は快適性・利便性向上などでさまざまな可能性を秘めていると思われます。
今回の魅力発信プロジェクトのなかでは、オープンデータ化を大きく扱っているわけではありません。東京五輪まで5、6年あります。その間に、デバイス(機器、装置、道具)がどのように変化するか分かりません。絶えず変化の時期にあるからです。
例えば5、6年前には、スマートフォンすら珍しかったわけで、それが今ではスマートフォンが浸透し、携帯電話が「ガラケー(ガラパゴス携帯)」と言われる時代になっています。5、6年先にはウェアラブル(腕時計など直接身に付けられる情報端末)なデバイスに変化していることも考えられます。
建設現場でもタブレット型端末が使われていますが、安全を考えると両手がふさがれるタブレットよりも、ウェアラブルなデバイスが使われていくのではないでしょうか。ロボットスーツのように新たな需要が出て来るということです。
そして、ロボットスーツが建設現場に投入されれば、ヘルメットにウェアラブルな機器が装着され、音声で操作するようになるかもしれません。
今のバリアフリーは車いすを始めとする身体的障害への対応が中心となっていますが、言葉・言語といった障害もあるのです。言葉のバリアを越えていくときに、どんなデバイスが出てくるかまだよく見えません。こうした動きをどう受け止めていくかが大事です。
オープンデータ活用の将来性
―ICTの進展がユニバーサルデザイン対応にどう影響を与えますか。
例えば、視覚障碍者の場合、点字ブロックに情報を埋め込んだタグを入れて、障碍者の方達が使う白杖が点字ブロックに当たった時、音声で情報を発信するということも考えられます。その場合、どのような情報をタグに埋め込めば良いかは、障碍者団体と役割分担して、アプリの部分を団体に作ってもらえたらと思います。この考えが、今回のオープンデータ活用コンテストの底流にあります。利便性・快適性のニーズはさまざまです。企業が一律に提供してもなかなか多様なニーズには対応できません。
情報が埋め込まれた点字ブロックといった基盤インフラは、東京メトロのような鉄道事業者など管理者が整備するとしても、その情報発信の中身についてのソフトやアプリケーションには、さまざまな立場の人の知恵が反映されるべきです。例えば主要言語だけでなく、各言語の国の人が、それぞれの言語に対応するソフトやアプリケーションを作ることも可能になります。その結果、多国籍で言語バリアのない空間が提供されるのです。
たとえば点字ブロックのタグについても、各国の人たちが日本のタグ情報を自国でダウンロードして取り込み、その国の言語に置き換えるアプリケーションを開発することができるということです。
インフラの情報を持っている側と、アプリケーションを開発できる側のコミュニケーションによって、これまで考えられなかった仕組みが可能になります。こうした仕組みにデバイス、アプリケーション、インフラとしてのタグや電波などが組み込まれることで、多様性と広がりが生まれます。
ICTの進展が社会の自由度や面白さの拡大につながるということです。今回当社が行ったオープンデータ活用コンテストもその端緒だと理解してもらいたいと思います。
このことは、海外の事例を見ても明らかです。前回の五輪開催地であるロンドンの場合、ロンドン市交通局が、地下鉄・バスの運行状況や道路混雑などのライブデータ、標準時刻表など基本情報、統計データなどをオープンデータとして公開しました。これをもとに鉄道マニアのハッカー達がさまざまなアプリケーションを提供、結果的にロンドン市交通局はオリンピック対応で見込んでいたサービス向上を低コスト・短期間で実現しました。悪いことをしないホワイトハッカーが社会貢献をしてくれたのです。
東京メトロがこれまで公開している情報に加え、全線の列車位置や遅延時間などの情報もオープンデータとして公開して、データを活用したアプリケーション開発を競うのが、「オープンデータ活用コンテスト」だ。行政や企業が保有するデータを公開し、誰もが利活用可能となることで、社会や経済活性化をさせるオープンデータ化推進の一環。コンテストは、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所が協力した。
ロンドン市とは違う対応の例として、フィンランド国鉄が作成した列車位置情報サイトが挙げられます。同じようなサイトですが、フィンランド国鉄自らが作ったという点が大きな違いです。しかし自前で行うと、使い勝手向上や多言語対応も自ら行わなければなりませんし、結果としてコストとリスクも増大します。つまり、多様な参加者が実現すれば、多様なチャレンジも可能になり、それを可能にさせる基盤がオープンデータだと言えるのです。
東京メトロが行ったオープンデータ活用コンテストでも、あるアプリケーションに対して、他の参加者がオープンデータをもとに改善の知恵を出し、さらに良くなる可能性があります。
これを突き詰めれば、オープンデータを契機に、施設の設計や使い方や管理などについても、変化する可能性があります。
まちづくりは整備から伝え方へ
―オープンデータ化が拡大すればどのような変化が起こりますか。
まず位置情報など基本のデータはこれまでどおり施設管理者が行い、オープンデータをもとにしたさまざまな使い方についての作り込みは、NPOや一般の方達、みんなで行うことになります。これを手助けするのが公共の役割になるのだろうと思います。
例えば防災情報も、各国でオープンデータ化されれば、他国の情報も自国の言語に置き換えることが可能です。今日、デバイスの軽量化・ウェアラブル化、場所の電脳化は目前に迫り、これをにらんで、東京五輪に向けてさまざまな動きが出始めると思います。当然、行政と民間の役割のあり方も、変化する可能性は高いと思います。
―オープンデータ化によって街づくりは今後どう変化しますか。
高齢化進展で都市のコンパクト化は必要かもしれませんが、ICT化進展の視点で考えるとコンパクト化は必要ないかもしれません。今インターネットで商品の取り寄せが可能ですが、これを支えているのは、ICTと道路ネットワークです。そのため、立地にかかわらずビジネスが成り立つようになりました。情報インフラと物流インフラの整備が進むことで、街に住民が集まる必要性は無くなりつつあるのです。集まる必要があるとすれば、高齢者など移動弱者でしょう。しかし、コンパクト化に伴う効率性や経済性の追求は、これを重視するあまり、効率性の論理から地域を離れることを強いて、地域ごとの文化や地域特性を失う懸念があります。
また今後のバリアフリー化でも、かぎとなるのはICTでありオープンデータ化だと思います。これが他の公共管理者を巻き込んでどう動いていくかにかかっています。このことが今後の新たな街づくり、ユニバーサルデザインへの対応になるのは確かだと思います。
首都圏の道路ネットワークについても、2020年東京五輪までにある程度整備されてくると、その後は、ネットワークの使い方の問題になってくると思います。そのなかで、選択可能な複数ルートが整備されることで、どのようにしてその情報を伝え使いやすくするか。これが今後の考え方になると思います。この使い方の議論は、これからの街づくりにも通じるものです。