情報発信 「伝える」から「伝わる」まで、そして検証
―東京の魅力を世界に発信するために必要な視点は何ですか
これまで、情報発信という概念はあっても〝伝える〞ことにとどまっているという課題があります。そのうえで今後は「伝える」から「伝わる」までの設計が必要だと指摘したいと思います。東京都長期ビジョンの実現に向けて、「伝える」のではなく「伝わる」という本当の意味での情報発信がなされることを期待しています。
またビジョンでは〝東京ブランドの確立〞にも言及しています。ただ「私がブランドです」と言っても、それがブランドになるわけではありません。ブランドとは、受け手側の心のなかで出来上がっていくものです。分かりやすく言うと、芯になる理念が核となって、それぞれの人にブランドとして落とし込まれていくものです。ですから情報発信としては、発信するための1つの柱があっ て、それをどのように皆さんに落とし込んでもらうか、私たち専門家はこれを「コミュニケーションデザイン」と呼んでいますが、これが必要です。
デザインというと、外観のことを思い浮かべがちですが、決してそれだけではありません。都市や建築物の設計に当たっては、人がどのような動きをするかを想像し、まちの有機的な機能やつながりをイメージして設計されていると思います。情報も実は同じです。情報は目には見えませんが、情報の内容が、どのように対象とする人たちに伝播していくかということを、コミュニケーショ ンデザインととらえています。例えば、広報活動という形で広報誌等を発行した際に、どのように読まれて情報がどう動くのかを見ながら、次の手を打っていくという考え方です。
情報は刻一刻と変化します。これまでは情報発信の結果検証に時間がかかりましたが、今はソーシャルメディアの発達によって情報発信と同時にその効果を検証し、次の対応を取っていくという同時進行型になっています。例えば、大きなプロジェクトがあった場合、以前は発表や広告などの手段を使った情報発信をして、「広く報告する―伝えた」と一段落していました。しかし実際は、 情報を発信した後からが勝負です。発信後も気を抜けない状況です。
国や東京都は外国人旅行客数の増加を目標に掲げていますが、今後、その場合の情報の出し方と作り方も、これまで以上に大事になると思います。
受け手を見定めブランディング五感に訴える物語つくって
―「伝える」のではなく、「伝わる」ことで必要なのは何ですか
ビジョンが掲げる「世界一の都市・東京」実現へ向けた情報発信と東京のブランディングで、一番大事なのは、「対象者が誰か」を確実にすることです。そのために対象をしっかり見極め、定める必要があります。広くあまねくでは、絶対に情報は伝わりません。例えば、対象者のベースを「訪日外国人」とか「国内居住者」に置いた場合、その柱として「どういうところで情報発信を するのか」、「どのようにして2020年の後の姿について共有してもらうか」といった大きな物語をつくり、その後に対象者との接点を持つために、どのようなツールでコミュニケーションをしていくかを決めるのが正攻法です。
その時、情報発信の受け手同士が横の連携をとって発信された単一の情報を共有することも大事だと考えています。インターネット普及以前の社会は、情報発信者と受け手が明確に分かれていましたが、今はソーシャルネットワークによって、情報の受け手同士による情報交換が可能になり、活発化しています。受け手同士でさらに情報が伝播する形です。そこへたゆみなく、切れ目なく情報が伝わっていくという状況が理想です。
2020年東京オリンピック・パラリンピックを契機に、コミュニケーションの革命が起きるのではないかと思っています。革命を進化という言葉に置き換えてもいいのですが、つまりIOT(インターネット・オブ・シングス=モノのインターネット)の拡大です。今は家電をはじめあらゆるものがネットにつながり始めています。すべてがネットにつながるということは、すべてのモノが 情報となり、コミュニケーションツールになりうるということです。
その時に必要なのは、一つひとつそれぞれに意味合いを持たせることです。例えばすべてのモノが情報だとすれば、建物も道路といったインフラもすべて情報になります。このことをブランドに置き換えて考えると、ブランド品と言われるものは、モノ自体も確かに良いと思いますが、消費者はブランド品と言われるものに込められた、創業や成り立ちから現在に至るまでの歴史という物語や、ブランド品を製造する企業の情報力に魅了されるのだと思います。「王室御用達」、「近江商人が大切にしてきた」などが具体例です。
東京ブランドの確立についても、目に見えるものだけではなく、耳で聞き五感に訴えるような情報を出していくことが大事ではないかと思います。これが、物語でありストーリーです。情報発信にはコミュニケーションデザインが必要であり、発信の対象を明確にすることが重要だと指摘しましたが、物語、ストーリーはこれらを実現するための具体策と言えます。物語やストーリーと は、例えは悪いかも知れませんが、噂話と共通しています。人の噂話は、単語ではなく、会話、つまり文章化された内容によって伝わっていきます。人に興味を持ってもらうためには、ストーリー、物語性のあるものをつくっていくことが大事です。
ですから2020年に向けた日本、東京の壮大でわくわくするような物語をつくっていくことが必要ではないでしょうか。
その場合、色々な切り口はあると思いますが、例えば日本は安全で安心な国であり、都市は清潔です。つまりこうしたソフトのサービスデザインが、インフラとなって、おもてなしのインフラになります。おもてなしのインフラを海外に評価されれば、ハードだけでなくソフトのインフラも海外輸出できるかもしれません。
―マーケティングの視点で他に必要なものはありますか
情報は発信者が思ったようには伝わらないということが一般的です。発信者は知ってもらいたいと思って発信しますが、その段階で情報の受け手には関心がありません。だから聞く耳を持ってもらい、共感し理解してもらうということは至難の技です。そもそも人は、意図するようには理解してくれない、興味を持たないということを前提に、どうするかを考えるべきです。
その時大事なことは2点あります。1点目は、分かりやすくて、面白い、クリエイティブなものを追求することです。
2点目は、情報発信者が情報の受け手である人たちを仲間にしていくという考えです。これは「巻き込み力」と言われるものです。例えば、身近な人や関わりの持てる人に「最初から一緒にやってほしい」と声をかけ、大々的な情報発信の前から受け手につながる人たちを巻き込んでいくことです。今回のビジョンのような行政の政策などで、仮にビジョン策定のための議論の段階で受け手 が議論に参加した場合、参加した人たちの力も借りて一緒に情報発信をするのです。
関わりがあると、無視はできないものです。「他ひ人とごと」であることを「自分ごと」にするのです。他人ごとでは、人は動きませんが、自分のことになると、当事者意識が働いて動くようになります。多くの人を巻き込んで、それを自分のことにしてもらうのです。2020年東京五輪やビジョン実現でも、他人ごとではなく自分ごとにする仕掛けが大事です。
同様の視点としては、米国のマイケル・ポーター氏が提唱したCSV(クリエイティブ・ショア・バリュー=共通価値の創造)があります。これは共通価値を創造していく もので、1社やひとりが単独でうまくいっても、周りは恩恵が受けられませんが、一緒になって取り組んでウィンウィンの関係が出来れば、社会的価値が生まれるというものです。これをどうつくっていくかです。
企業がNPOなどと連携して行う活動も、昔は企業の社会貢献を行う部門が取り組んでいましたが、今は経営全体でこうした活動を推進するという流れにあります。企業もCSVを念頭に置いているからです。「名前は聞いたことがあるけれど、実際は何をしている企業か分からない」でも、これまでは良かったかもしれませんが、今は多様な顧客・国と取引が始まっているグローバル時代です。自分が何者で社会の中でどういう存在なのかを、きちんと説明する責任が問われています。これは企業も都市も国も同じ構図だと思います。
東京都 東京ブランド確立へブランディング戦略で報告書
東京都の「東京のブランディング戦略会議」は1月19日、『東京のブランディング戦略会議報告書 世界の旅行者に選ばれる東京ブランドの確立に向けて』を公表した。東京ブランドの確立は、東京都長期ビジョンでも掲げられているが、ブランド確立のための戦略として戦略会議が今回設置された。東京都は会議の報告書を受け、「東京ブランディング戦略」を策定し実行していく予定。
「ブランド」とはそもそも他との区別をさせる名称や言葉、記号、シンボル、デザインなどの総体。一方、「ブランディング」は、ブランドを浸透させていく行為を意味しており、今回の報告書では、競合都市と比べ、旅行者にとって好ましい「旅行地としての東京」という都市イメージの、長期的な創造・維持を指している。
報告書では具体的な東京の現状分析を行ったうえで、東京のブランドコンセプトとして、「伝統と革新が交差しながら、常に新しいスタイルを生み出すことで、多様な楽しさを約束する街」と定義。そのうえで、東京ブランド浸透に向けて、都民や民間事業者ともブランドを共有し、東京全体で一貫性のあるメッセージを世界に向けて発信していく必要があると提起している。
「ノウフウ(Know Who)」にならないノウハウの共有と継承へ
―情報発信する場合でも説明責任があるということですか
説明することは、オンリーワンの存在であることを示すことにもつながり、非常に重要になっています。あいまいなところが日本の強みでもあることは否定しませんが、今後はなにか特定のひとつを強く強調し、そこから理解を広げるという手段も必要です。まんべんなく、いいものがあると主張しても、受け手はそのことを理解するためのきっかけを得られません。ですから、きっかけと なる、強烈なメッセージの発信が必要です。当然のことですが発信後のつながりもきちんと設計されているということも大事です。
マーケティングの視点から見て、行政の情報発信のあり方はゼロから一歩先の第一段階に進んだと言えます。今後さらに進めていくには、ビジョンで公表した政策を推進するためのアイデアが必要です。これは、成果を挙げるためのアイデアです。
今、地方創生が話題になっていますが、国は方針を示したところで、これからは支援のための情報交換が必要になります。つまり政策実現には、さまざまな関係者が集まったディスカッションが必要であり、同時並行で情報発信も行うことです。これが1つの形であると思っています。一つひとつのプロジェクトごとに都の担当者以外の関係者が参加した議論の場を設けることが必要です。 アイデアを出してもらうことは一方で、関係者を巻き込むことにつながるからです。
もう一つ主張したいのは、アイデアを出してもらいながら一方で巻き込み力を強めることが出来る人材育成の必要性です。人材を育成し培ったノウハウを広げていくことは今後、さまざまな場面で役立つはずです。言い換えればノウハウは未来をつくることができるということです。
なぜ情報発信のノウハウとその継承・拡大を主張するかというと、この分野のノウハウの継承・共有が難しいという現実もあるからです。
個人が持つノウハウが他の人に広がらず個人にとどまっていることを、「ノウハウ(how)」ならぬ「ノウフウ(who)」と呼び、課題として考えています。要は、ある人にしかできないことを「ノウフウ」と呼ぶわけです。この状態では「ノウハウ」は広がりません。「ノウフウ」ではなく、ノウハウの継承必要性や人材育成は、ものづくりを担う建設業界と共通する課題かもしれません。
―情報発信力の必要性は建設業界でも問われています。建設業界にはどのような期待がありますか
情報発信について行政がコミュニケーションデザインと巻き込み力をつけていけば、大学や企業、住民などと一緒に連携できる座組み(ものを進めるためのキャスティング)ができます。その時には、まちづくりを担う建設業界の方々も、こうした中に入っていってほしいと思います。
まちづくりや建築物についても、実際に建設を担う人たちから情報が発信されるとき、専門家の立場から生まれるストーリーや物語性は、情報の受け手に対して〝伝わる〞という点で大きな魅力や価値があると思います。さらに、建設業界からの情報発信を受け手側が、発信者側に返していくという機会なり場が設けられれば、建設業界にとっても良いことではないかと思っています。