五輪レガシーを高らかに掲げることで
国際競争力の向上に貢献できるでしょう
―成熟都市、東京の都市づくりで今後必要な視点は何ですか
まず1点目として指摘したいのは、東京に求められている国際競争力。すなわち今後激化する都市間競争のなかで、東京はどのように個性を伸 ばして生き残っていくのか、あるいはどういう形でアジアの盟主になるのか、この視点が必要です。東京の個性をどう発掘し、その個性を活かしていくのかが問われています。
2点目は、2020年東京オリンピック・パラリンピックです。強調したいのは、日本にとって今回の五輪が2.5回目だということです。なぜ2.5 回目か。実は戦前、満州事変の最中にも関わらず、1940年のオリンピック開催都市として、東京に決まったという歴史があります。国内的には紀元(皇紀)2600年を記念してお祝いをしようということが立候補の理由だったと言われています。しかし国際的には事変の当事国でした。世界に不安定をもたらしかねない日独 伊3国同盟に踏み切るな、世界平和に貢献してほしいという思いが、英国や米国などの、東京開催支持の理由だったのではないでしょうか。
結局、軍部の反対で、東京は自ら開催を返上しなければならなくなったのです。このことを踏まえると1964年の東京オリンピックは最初で はなく、2020年は2.5回になるわけです。
日本で初の開催となった1964年東京オリンピックには大義名分がありました。それは、戦後復興によって先進国に復帰することを、日本が国 際社会に表明する高らかなファンファーレだったわけです。
では2020年東京五輪にどのような大義があるのか。多くの人たちには、一大イベントという印象しかないと思われますが、それは違うと思います。
ロサンゼルス開催後に五輪の商業主義が鮮明になり、特にテレビ放映権料が上昇しました。その弊害を踏まえ、IOC(国際オリンピック委 員会)は、オリンピック憲章を見直し、第1章第2項にレガシー(オリンピック競技大会のよい遺産)を残すことを入れたわけです。その結果、開催都市及び開催国は未来に対し明らかにポジティブな影響をもたらすレガシーに関する目標を掲げることになりました。
ですから東京は開催を機に、世界に対し、都市の思想やレガシーについて、どのように主張するのかが非常に大事になりました。国内的には "お祭り"で良いと思いますが、国際的にはこれが問われています。
―都市の思想やレガシー主張には国際的にどのような影響があるのでしょうか
端的に言えば、冒頭に指摘した激化する都市間競争のなかで、東京の国際競争力向上につながるということです。例えば、森記念財団がまとめた最新の「世界の都市総合力ランキング」で1位だったのはロンドンです。なぜそれまで2位だったロンドンがニューヨークを抑えて1位になったのでしょうか。ロンドン五輪開催前、ブレア首相(当時)は、「ロンドン五輪はロンドンのためだけではなく、英国経済の将来や社会構造に大きな影響を与える」として、 それまでの都市政策を変え、5つのレガシーを掲げました。具体的には、スポーツ・レガシー、ユニバーサル(社会)・レガシー、アーバン・(都市)レガシー、エンバイアロンメント(環境)・レガシー、エコノミック(経済)・レガシーを掲げ、とりわけ都市と環境の問題について非常に深い提言と現実性を持っ たオリンピックパークをつくることを表明しました。これが結果として、ロンドンが魅力的な都市に生まれ変わり、都市総合力ランキングで1位となることにつながったと思います。つまりコンセプトがどうあるべきか、ということではなく、物理的に五輪レガシーを明確にすることが、国際競争力向上につながるということだと思います。
この2点が非常に重要な着眼点です。さらにもう一つ付け加えると、東京が都市間競争、あるいは国際競争力を向上させるなかで一番リスキーなのは、都市の防災性能です。治安など全体的には、東京はすでに他の都市と比較しても高得点を取っていると思いますが、防災は東京の一番の弱点と言えるかもしれません。ですが、東京が五輪レガシーとして防災への対応を高らかにうたうことで、国際競争力向上に貢献できるはずです。
―水と緑、環境に調和した都市へ、求められる具体的な視点として、五輪レガシー以外には何がありますか
東京の国際競争力向上の視点からも、防災性能を高めるという大きなハードルが課題としてあります。その具体的対応策は、水と緑をどのよ うに活かすかに尽きると思います。
東京の前身でもある江戸という都市には、幕末、多くの外国人が訪れて感嘆しました。当時の世界の都市でも最大規模でありながら、江戸のまちは非常に美しく、自然共生型であり自然循環型都市であったことが外国人に感銘を与えたのです。未来の都市像に求められるものを、すでに江戸が先駆けて都市を形成し、都市経営をしていたのです。江戸は、水と緑を活かした都市でした。この江戸の遺伝子を今後の東京の都市づくりにどう活かし伸ばしていくかと いう考え方が必要だと思います。これが東京の個性を伸ばし国際競争力を向上させ、五輪レガシーにつながり、最終的に防災性能を高めることになるのです。
東京都の長期ビジョンでも確かに「水と緑に囲まれ、環境と調和した都市の実現」いう表現があります。表現としては違ってはいませんが、 私の主張する「水と緑を活かす」ことの本質は、江戸が持っていた世界最先端の取り組みをまず評価しようということです。
西洋と日本の都市のこれまでのあり方には違いがあります。西洋の都市は城壁に囲まれた都市です。一方、江戸の城壁は城だけで、それ以外は緑に囲まれた都市でした。都市構造が西洋と全く違います。西洋と違い江戸は緑に囲まれ、自然と共生することで、都市の防災性能を高め、自律的な循環を緑によって実現していたのだと思います。分かりやすい一例として、「大家は店子の糞でもち」という江戸川柳があります。大家は家賃収入よりも、店子の糞尿を 売った方がはるかに良い収入を得ていることを示しています。糞尿は野菜などの肥料になってまた食料になるという、実に見事な再生・循環の枠組みがあるわけです。これは緑がなければ出来ないシステムで、究極の再生循環でありその結果、非常に衛生的な都市だったと言えます。
西洋のペストやコレラの大流行が江戸では発生しなかったのは、糞尿の処理が違ったからではないでしょうか。
―ビジョンでは目標となる面積を掲げて緑の創出・保全を目指しています
はっきり申し上げて、水と緑を活かしたまちづくりに必要なのは、数値目標ではないと思います。東京都内には緑の種地が旧大名屋敷を中心 に多く残っています。例えば神宮外苑や東宮御所、青山墓地、新宿御苑など多くあると思いますが、これらは点在しています。そのため、日比谷公園から皇居外苑、二の丸庭園、千鳥ヶ淵から新宿御苑に至るまでを緑でつないでいくという、東京セントラルパーク構想があります。そうすると皇居の回りに緑の一帯ができるわけです。実現するとセントラルパークに匹敵する公園ができます。
現状では、日比谷公園は東京都、外苑などは環境省、お濠沿いは区が管理するなど管理者がばらばらです。この管理者を1つにするだけでも、 大きく変わるはずです。つまり公物管理者を一元化して集中投資するという発想です。これは単に社会資本整備として行わなくても構いません。その地域で計画的な方向性を示せば、その地域に立地するデベロッパーが、緑を提供することになるからです。
これまで緑化という社会資本整備は公共が整備してきましたが、これからは民間デベロッパーが関与することで、迅速でかつ水準の高い緑を つくることができると思います。民間企業が水と緑に囲まれた環境に調和した都市実現の一翼を担うことが必要です。これから、首都高速道路(株)が設置するオリンピックに向けた取り組み委員会の委員長を務めますが、私はこのことを主張していきたいと思っています。その意味で指摘した五輪レガシーとは、ビヨンド2020とも言えます。つまり、いかに2020年をきっかけにしてその後の東京をつくるかいうことが重要になるということです。そうなれば、少子高齢化で不安な将来にも新たな都市構造が構築されて間に合うことになります。
情報発信について行政がコミュニケーションデザインと巻き込み力をつけていけば、大学や企業、住民などと一緒に連携できる座組み(ものを進めるためのキャスティング)ができます。その時には、まちづくりを担う建設業界の方々も、こうした中に入っていってほしいと思います。
まちづくりや建築物についても、実際に建設を担う人たちから情報が発信されるとき、専門家の立場から生まれるストーリーや物語性は、情報の受け手に対して"伝わる"という点で大きな魅力や価値があると思います。さらに、建設業界からの情報発信を受け手側が、発信者側に返していくという機会なり場が設けられれば、建設業界にとっても良いことではないかと思っています。
江戸時代以来、ここ東京は緑に囲まれた都市環境を活かして成り立っている
―こうした取り組みは人口減少問題の解決にもつながるのでしょうか
私は解決につながると思っています。なぜなら、産業構造自体が大きく変わろうとしているからです。これまで原料を輸入し加工品を輸出す ることが、産業立国ニッポンの原点でした。しかし今の日本は、貿易が赤字でも金融収支は黒字です。これは、ヘッドクォーターの役割を日本に残して、実際の生産は消費地に近い海外地域で生産している結果、日本の企業は生産国のGDPに寄与する代わりに、金融収支で受け取るという形に変化していることの表れで もあります。今や必ずしも昔の日本のような輸出大国ではないことを踏まえると、今後、東京に求められるのは、どれだけクリエーティビティが高くてイノベーティブな産業を育てられるか、また育てるシステムをどう構築するか、この点にかかっているといえます。高度なサービス産業の集団として生きていくことは雇 用の創出に十分につながります。
産業構造の変化への対応としてもう一つの視点があります。戦前は政治と財界が密接な関係を構築した財閥が経済成長のエンジンでしたが、 戦後は企業がエンジンになりました。ただ今後は、成長のエンジンは企業と個業のベストミックスではないかと考えています。海外の事例を見ても、クリエーティブなイノベーションは、組織のなかでは生まれにくいのも事実です。ですからICT(情報通信技術)の進展によるネットワークが、クリエーティブな個業 を育てる可能性があります。個業の場合、ネットワークによって、環境が良い地域に移住することも可能で、大都市への一極集中是正につながるかも知れません。
「環境不動産価値」が重視されれば
緑の都市の実現が進みます
―産業構造の変化は、東京五輪後を見据えた東京のあり方にも影響を与えますか
産業構造変化によって生まれた高度化した産業、そして個業でも、安全と環境を一番に重視していると思います。シアトルやポートランドな どに最先端企業が集まっている米国の例からも明らかです。緑があり水がきれいで、安全で文化度も高い、だから集まる。その意味でも、江戸の遺伝子を活かした江戸モデルの東京は、未来型産業の理想型に即しています。
もう一つ、不動産開発から見た視点も重要です。現在の不動産事業は証券化・流動化を柱にした金融ビジネスです。よりよい開発をして証券 化しリートに売ることで、リターンを増やす仕組みです。リートとは金融投資ですから、物件が将来的な価値を担保できるかどうかが大前提です。当然、建物・施設は時間とともに劣化しますが、環境は成熟していきます。つまり、より良い環境に立地する物件は値下がり率が低いという理屈になります。だから、環境に 対応した不動産価値、いわゆる環境不動産価値が存在するはずです。通常、土地や不動産の価値は需要と供給のバランスで決まるものですが、緑に囲まれた地域など環境の価値評価がより重視されれば、緑に囲まれた環境に調和した都市の実現が進むはずです。要は今後の東京のあり方とは数値目標を掲げるのではなく、 産業構造変化を含めた構造的問題として捉えるべきだということです。
―都市戦略として他に必要な視点はありますか
環境に加え、防災・減災への対応という視点が必要です。3月に仙台市で開かれた国連防災会議で主題になったのはEco-DRPです。これは、生態系を基盤とした防災・減災を主流化していくべきだとの議論です。高い防潮堤をつくるよりも、海岸沿いにマングローブがあることの方が価値は高いとする判断です。これに基づき自然の行為を防災・減災のカテゴリーに組み込むのです。例えば、東京湾でも高い防潮堤をつくることは可能ですが、メンテナンスなどの負担が課題となります。それに比べて、防災はできないかもしれないが、減災は、ある程度"自然"に委ねていく方が、少子高齢化を迎え財政抑制が必要な国や、発展途上国でもプラスだという考えです。
ですから高い地震発生リスクという、東京が一番弱い部分についても減災の視点で緑を整備していけば、仮に発災しても被災者が緑地や水系 をたどって避難することが可能になります。避難場所として緑地があれば安心感も生まれます。