―成熟都市東京のなかで今後必要なものは何ですか
東京は言うまでもなく、日本で一番成熟した都市であることは間違いありません。2020年も控え、東京に求められているのは「更なる国際化」です。日本全体として世界にアピールしなければならないとか、外国からもっと人が訪れてほしいといった要望が強くなっています。日本は少子高齢化への対応をしなければ、内需が減少しかねない。外需、例えば海外から人を呼び込むというよう なことは、東京を始めとした各都市にとって必要不可欠になっています。そのとき、いくつか解決していかなくてはならない課題があります。
まずは、わが国が抱えている大きな問題である少子高齢化への対応です。東京は高齢社会に対応する、モデル都市になる必要があると思います。東京は日本の都市で一番人口が多い。当然高齢者も多いわけです。ですから、海外から訪れる外国人だけでなく、高齢者に優しいということは重要な要素です。その意味でユニバーサルデザインを重視した都市づくりという視点が大事です。
今後の都市づくりにICTは欠かせない
広い参画を得て実現する未来のまち
2020年に東京はオリンピック・パラリンピックを迎えますが、これ自体はほんの数週間のイベントです。オリンピック・パラリンピックはむしろ上記の問題を解決するためのテコで、その後の日本にどんなレガシーを残せるかという視点で考えるべきでしょう。
これらをまとめると、1点目は東京が国際化にどう対応するか、2点目は高齢化社会のなかで障碍を持つ人の増加も踏まえた、人に優しい都市としてユニバーサルデザインの視点、3点目が2020年東京オリンピック・パラリンピックを単なるイベントで終わらせず、後につなげるかということだと思います。これらにどう対応していくかが、東京に求められていると思います。
世界のなかの国際都市・東京を強固にするためには、東京が世界のなかで重要なビジネス拠点のひとつにならなければなりません。東京は、退職した高齢者が住むだけの都市ではありません。現役が生きる都市としてのさまざまな対応を考えるべきです。
―アジアでも特色を持った都市が複数存在していますが、国際都市・東京として必要なものは何ですか
確かに、アジアには活気のある都市が多いし、世界を見渡してもコンペティター(競合する都市)が多く存在しています。競争を有利に進めようとするとき、都市内の移動における交通や、オフィスや住居に充てる十分なスペースの提供という課題を解決しなければなりません。世界の巨大都市には、さまざまな催しに対応できるコンベンション施設が整備されています。こうしたさまざま なものを有機的に連動させることが必要です。有機的に連動することで、次々と新しいことが起きる、それが重要です。
そして、そういう国際都市・東京に必要な交通、オフィス、住居やエネルギー、環境などさまざまな要素を有機的に連動させるには、コンピューターでコントロールする、ICT(情報通信技術)の高度な応用が必要です。すでに朝夕の通勤時、鉄道利用者のほとんどは東京ではICカードを使用します。人間が切符を確認していたら、今のようにスムーズに駅の入退場をさばけません。このように、世界の巨大都市は、ICT抜きの都市運営は不可能になっています。このICTが都市の性能を決める時代のなかで、東京は世界の他都市に勝てるかどうかという局面を迎えているのです。
ビッグデータ解析やオープンデータ、人工知能、クラウドコンピューティングなどさまざまなテクノロジーを組み合わせることで、新たなサービスの可能性は無限に広がります。例えば誰にも優しいというキーワードがありますが、現実は10人いたら10通りの要求があります。すべての要求に個別対応することは今の態勢ではコスト的に不可能で、ICTを使うしかありません。
外国人の訪日・訪都数は拡大し、多くの人がスマホ(スマートフォン)を片手に訪れています。ネット環境も整って、どこでもネットに接続できることで、さまざまなことが大きく変わっています。
国際化を考えるとき多言語化は欠かせませんが、世界中の言語、例えば30カ国語に対応する案内看板を立てることは、管理の面からも、視認性や景観の面からも非現実的です。でもスマホがあれば、スマホを案内看板にかざして、本人が求める言語に変換したり、目の不自由な人にはイヤホンを持っていれば求める言語で案内できる。こういったことが、ICTを使えば可能になります。
列車の運行等でトラブルがあった場合の初期対応として、拡声器を使って案内することもありますが、技術がなかった時、外国人には理解できませんでした。しかし、いまならリアルタイムに翻訳して、母国語で案内を聞くことさえ可能になっています。こうしたことを実現するためには、基盤(インフラストラクチャー)整備が大事です。つまり東京の国際化のために、こうしたICTの整備ができるかどうかが大きな鍵を握っているのです。
この課題に関連して、重要な指摘をしたいと思います。それはこうした整備を、日本政府や東京都など行政がすべて囲い込んで行うことは不可能だということです。国などの行政は保有するデータをオープンデータとして提供し、ICTに詳しい一般の人や企業が行政と連携してさまざまな取り組みをする、新しい参加型行政のためのインフラつくりが必要です。例えば昨年、東京メトロ(東京地下鉄(株))は鉄道の運行データなどをオープンにして、このビッグデータを使ったアプリ開発コンペを実施しました。その結果、メトロとまったく関係のない企業や一般の人たちから、外国人をそれぞれの母国語で案内するアプリや、運行状況に合わせて目覚まし時計の設定を変更するアプリ、移動中に必要になったとき最適なトイレ利用のための降車駅を教えてくれるアプリ、駅周辺の観光情報提供など実に多くのアプリが寄せられました。
ここで一番重要なのは、東京メトロがこうしたアプリをつくったわけではないということです。メトロが公開したデータに対し、多くの人たちが応えて、ICTで協力し、未来のまちづくりに参画したということが重要なポイントです。
―ICTを使った今後のまちづくりに、民間や一般の人たちの参画も必要ということですか
まちづくりに民間の人たちの知恵が必要ということは、これまでも指摘されていたことです。しかし今、起きていることは、民間がICTを使って具体的行動に移せるようになったという大きな変化です。キーワードは「オープン」と「参加型」です。オープンとは開かれていることであり、みんなが連携して参画できるのが参加型ということです。これらが低コストで実現できるという のは、ICTがなければありえなかったことです。
これまでの都市づくりは、道路をどこにどう整備するかというハードインフラの計画だけでしたが、今は一歩先に進んで、都市のソフトウェアインフラも重視される時代に入りました。
都市でのICT活用にはまだまだ可能性があります。高速道路のETC(電子料金収受システム)。日本は全車両にETC搭載を義務づけしていませんが、もし義務づければ、ゲートや料金所がすべていらなくなります。ゲートも料金所もいらないなら、出入口を新たに設置することも容易になる。ERP(車両通行料収受システム)を導入したシンガポールのように、システムから上がってくるビッグデータによって渋滞する場所を把握し、その個所を有料道路にすることで通行量を減らして渋滞を解消するといったこともできます。
さらに、少子高齢化対応でもICT活用の可能性は広がっています。例えば、IoT(インターネット オブ シングス=モノのインターネット)によって、あらゆるものがネットに接続されることで、"見守り"というサービスも可能になっています。これは既存インフラの老朽化対応にも使われています。実際、私たち(YRPユビキタス・ネットワーキング研究所)も道路会社と共同で、 センサーを橋梁に埋め込んで、メンテナンスの見回りを自動的に行う研究をしています。自動化によってメンテナンスコストを低減できますし、問題発生の予測をすることで予防修理できればインフラ老朽化に低コストで対応できます。人口が減少し高齢化が進み、インフラメンテナンスを担う人材減少に対する、ICTの活用例です。
道路は情報発信の端末となる
電波を使って識別する「RF ID」タグ。人、商品などあらゆるモノを識別するこのタグを、写真の誘導ブロックに埋め込む。視覚などに障碍を持つ方がひとりで目的地に到達できるように、タグをきっかけに移動手段や移動経路などの情報がクラウドから送られ、利用者は情報を手もとのスマートフォンで受信する。
道路にオープンカフェを設置する例もありますね。つまり、道路を道路だけとして使うのではなく、一歩進んで、道路の運営の仕方を変えることで、都市やまちの活性化につなげるという考えです。これは世界でも始まっていますが、東京でも進めなければならない視点であることは間違いありません。街に設置されている端末から、ビッグデータを集めて解析すれば、まちの状況がどのよ うに変化しているかをリアルタイムに把握できます。これを活用すれば、道路管理者も、道路規制のあり方や運営方法についても現実に即応して柔軟に対応できるし、まちの様相も一変するはずです。
私たちは道路にビーコン(位置を知らせる無線標識)を埋め込んで、障碍者が誰の助けもなくビーコンの誘導だけで目的地に着けるという研究も行っています。車椅子の方が目的地まで最短で安心して行くことができるとか、10年後には実用化も予想される自動車の自動走行システム導入などに、東京も取り組んでほしいと思います。ICTを抜きに未来の都市づくりは語れないと思います。
―ビッグデータ活用などへの規制緩和へ、行政の意識は変わりましたか
国だけでなく国民や民間企業も、「意識を変える」ということが、今、最も大事なことです。どう意識を変えるかについて大事なことは3点です。1点目は、ICTによってまちは変わると認識することです。テクノロジーによって変わり、テクノロジーが必要だということを認識しなければならないのです。
2点目は、実現させるには、意識だけでなく、法律や制度を変えることです。例えば、世界でこれだけネットが浸透しているのに、日本で選挙にネットを利用できるようになったのはつい最近です。米国ではインターネットが民間開放された日から選挙でネットを活用できました。10年以上も前のことです。英米法はネガティブリスト方式で書かれており、法律には「してはいけないこと」を列記しているからです。つまり列記されていないことは、してもかまわないわけです。曖昧な部分などは裁判で決着させる仕組みです。
まちづくりは変わる、意識を変える
ICT理解できる人が都市運営の場に
一方、日本の法律は大陸法で、「しても良いこと」を列記するポジティブリスト方式です。書かれていないことはできない。インターネットの無い時代に決められた公職選挙法に は当然インターネットの記述はありません。だから日本では法改正するまでインターネットは選挙に使えない。米国では使える。法律改正には時間がかかるから、技術の進歩にまったく制度が追いついていません。岩盤規制と言われますが、大陸法国家の日本では既得権益を守る側が圧倒的に有利で、そうなるのも当然なのです。ICTの進展はドッグイヤー(犬がヒトの7倍のスピードで歳を取ることに由来する例え)と言われるほど早く、このままでは世界のスピードに追いつきません。とにかく技術の進歩に合わせ、法律・制度も素早く変えられるようにする必要があります。
3点目は、オープン――つまりみんなで連携して未来のICTに取り組むということです。技術が進歩し法律・制度を変えるだけでなく、国、東京都など自治体と民間企業、国民のみんなが意識を変えて、連携して問題解決するという姿勢が必要です。
この先導例として、アメリカの「ガバメント2.0」という取り組みが挙げられます。2.0とは次世代の行政という意味です。例えば、アメリカの都市では、道路で信号機が壊れたり、陥没が発生するなど不都合が生じた場合、住民がスマホを使って、道路管理者にその状況を上げられる仕組みが普及しています。この情報も、webサイトでオープンにされ、利用者はその道路を避けたり、 民間企業は道路管理者に補修工事の見積書を提出したりします。補修工事もオープン情報のなかで、落札者が決定しますが、その後の工事で仮に不都合が生じた場合、その情報もサイトでオープンにされるため、結果的に不良企業なども排除されることになります。公共施設のメンテナンスを、ICTを活用して民間や住民が連携して行うという形です。
アメリカではこの取り組みによって、サービスを低下させずに行政コストを削減できています。すでに似たような取り組みは日本の地方自治体でも始まっています。
東京ですぐにできないことかもしれませんが、これからの都市運営は、ICTを良く理解している人たちが担うべきだと思います。その関連でもう一つ主張したいのは、あらゆる人たちがコンピューターのプログラミングができる、コンピューターを使えることが大事だということです。パソコンでワードやエクセルといったアプリを使いこなせることではありません。プログラミングにより ビッグデータやオープンデータを分析するなど、コンピューターに定型業務をさせて自分の仕事を高度化・効率化するスキルです。都市運営をする人の中から――自治体では首長ですが――次の世代には必ず、ICTを理解し都市運営で使いこなせる人が出てくると思います。その点で今後の東京だけでなく日本、各都市の運営について悲観的には思っていません。
―都市運営にICTを理解し使いこなすために必要なものは何ですか
一番大事なことは教育です。私も大学(東京大学)では、都市工学の学生に向けてICTの授業をしています。この授業には、土木や建築の人たちも来ます。ICTを使った取り組みに関心を寄せる異分野の学生は多くいます。
日本では一般的ではありませんが、海外、特にアメリカではダブル・メジャーといって、コンピューターを学んでから法律に進むとか、歴史と医学とか、経営と建築とか、複数の教育コースを取る人が沢山います。有名なFaceBook設立者のマーク・ザッカーバーグによると、ギリシャ・ローマ時代の社会体制に関する講義がFaceBookの基本設計のヒントになったとのことです。単にICTというだけでなく、これからの都市運営には様々な教養が必要になります。これからは少子高齢化で、大学はますます社会人教育に力を入れようとしています。すでに社会に出ている人も、新しい分野をどんど ん学び足してほしいと思います。そのために大学をどんどん利用していただきたいと思います。