先進取り組み事例を収め自治体の参考に事例集
―無電柱化の取り組みで、なぜ民間の支援が必要なのですか
民間プロジェクト実行委員会は、もともと啓発的活動を目的としています。今後、具体的な無電柱化を進めるためには、地域ごとに住民や自治体が関与しなくてはなりません。それには住民の協力が必要です。また自治体によっては専門家がいないケースもあると思いますが、それだと無電柱化は進みません。無電柱化についての技術や理解には地域によって違いがあり、これは国土強靱 化への取り組みと同じ構図です。民間プロジェクトでサポートすべき側面もあると思っています。
一例として、各地域での無電柱化への優れた取り組み事例をまとめ、他の自治体の参考に役立ててもらってはどうでしょうか。事例は同様に民間プロジェクト実行委員会が集めて公報するのが良いのかもしれない。掲載された事例を参考にすれば、自治体だけでなく地域の商店街や商工会、民間企業などが無電柱化に取り組みやすくなります。民間企業からも、電力線や通信線の埋設について 技術提案が出てくるでしょう。
金沢では、無電柱化の事例を8つ程度示して、そのなかから選択する選択肢方式を導入しています。直接埋設だけでなく、軒下配線など他の手法についても選べますから、それ以外の技術についても事例集として紹介することは、これから無電柱化に取り組む各地域の参考になると思います。
そもそも無電柱化推進法案の中心となる考え方は、電柱をできる限り新設しないことです。電線が必要な場合は埋めるなどの対応が必要です。さらに既存の電柱を無くすということになれば、選択肢は必要になるでしょう。
事例集は、全国各地域の無電柱化の試みを集めて公開し、その取り組みをより詳しく知りたい場合には、地域・自治体に直接聞いてもらうという形が良いと思っています。これはあくまで私案でまだ議論をしていませんが、住民とともに自治体にも意識改革が必要です。その仲介を民間プロジェクト実行委員会が担えるかもしれません。
―改めてうかがいますが、なぜ無電柱化が必要なのですか
アジアでは、韓国や台湾、インドネシアなどが街並み保全として無電柱化を進めています。
これに対し日本では、――私事になりますが、私は神戸で震災(阪神・淡路大震災)の被害を受けました。あの震災では、9割の電柱が倒壊しました。電気事業者団体は、震災時の電気復旧で一番早いのは、電柱だと主張しますが、私はこの意見には賛成できません。これは被災者にしか分からないと思いますが、被災直後は、被害者は学校など避難所に避難しているわけですから、壊れた家の電気がすぐに復旧しなくても、大きな支障はありません。一方、電柱が倒壊すると、電柱と電線が路上に散乱します。その結果、被災地は数日間、消防車両さえ通行できない状況に置かれます。阪神・淡路大震災では神戸市長田区が、緊急車両が入れない段階で大きな火災に遭い、住宅も巻き込まれる広範囲な延焼を招いたのです。
震災で最優先すべきは人命であり、電柱・電線の倒壊を避けることをまず考えるべきです。これが被災者としての実感であり、私が無電柱化の必要を感じる一番の理由です。さらに震災などで電力網に問題が起きやすいのは、地下(埋設)よりも電柱です。これは電気事業連合(電事連)が示したデータでも明らかです。
こうしたことを踏まえ、私が無電柱化促進の理由として強調したいのが、「防災」の視点です。
また「防災」や「景観」のほかに無電柱化が必要な視点としては、車いすなど「社会弱者への配慮」があります。現在、歩道に電柱があることで、人々がどれほど不便を強いられているかを考えるべきです。車いすだけでなく子どもや高齢者、すべての人に優しい、ユニバーサル社会を実現するためにも、無電柱化は必要です。
行政は道路の拡幅などを行ってきましたが、電柱を無くすことで事実上の道路・歩道の拡幅にもなると思います。
芸術大学 無電柱化民間プロジェクト実行委員会
民間から無電柱化推進を支援するために発足した、民間プロジェクト 実行委員会の説明をする松原氏。背景には、富嶽三十六景に映る、 電柱のある風景(写真左端)と、無電柱化の景色を並べた |
2014年7月、「景観・観光」+「安全・快適」+「防災」の観点から、全国的に無電柱化を促進しようとする政府・自民党の無電柱化促進の考え方に賛同し、民間の立場からさまざまな応援をする目的で発足。
同年9月には、一般社団法人 無電柱化民間プロジェクト実行委員会(代表理事・絹谷幸二日本芸術院会員・東京芸術大学名誉教授・大阪芸術大学教授)として法人設立された。
「上を向いて歩こう」をキャッチフレーズに、①工事経費抑制のための直接埋設推進、②民地確保の手法確立、③無電柱化基本法など新設の電柱原則禁止の法律制定――を掲げ、活動を開始している。
―市町村道など道路や歩道の幅が狭い場合に無電柱化は難しいとの指摘もあります
直接埋設だけでなく、軒下に電線を配線(軒下配線方式)するなど、さまざまな対応がすでに行われてい-ます。直接埋設については、筑波で実験を行っており、重量車両が通行してもほぼ問題ないとされています。また歩道での埋設でも、これまで幅2.5mは必要だと言われてきましたが、電事連の取り組みによって1.5mでも対応可能なところまで来ています。
一方、電事連は道路下に埋設すると、道路工事などで道路をカッターで切る場合、誤って電線が切られる(断線)ことを心配しています。しかしこれもNTTからは、道路下に何が埋設されているか、電磁波で分かる技術が開発されていると聞いています。こうした技術を使えば、断線への懸念も解消されるでしょう。
地下に何があるのか、これからは、きちんと把握し整理する必要があります。東京の地下に何があるのか、詳細に把握してほしいと思います。
もう一つ、無電柱化への取り組みとして、既存インフラの活用があります。例えばNTTは地下に洞道(とうどう=通信ケーブルなどの管路トンネル)を持っています。これまで通信専用だった洞道を有償で使わせてもらうことも考えられます。 あらゆる技術やこうした既存インフラを使えば、無電柱化を進めるにあたって、かなりのことができると思っています。
―東京の無電柱化については、どう考えますか
2020年東京オリンピック・パラリンピックへの対応にとどまらず、防災という視点が必要です。東京都内には狭い道路や歩道も多いので、電柱倒壊の危険解消へ、まず、狭い道路や歩道から無電柱化を進める必要があると思います。
すべてを一度に行うことには、投資額増加などの理由から反対もあると思います。ですから、取り組みに優先順位をつけて行うべきです。まず外国人旅行客が写真を撮りたい場所や伝統的建築のある場所などを優先して、電柱を外していくことが必要です。
クローズアップされる無電柱化
日本国内に電柱は約3500万本あり、毎年7万本増加していると言われる。新規7万本の電柱設置を禁止し、電柱を無くす無電柱化促進をめざすのが、無電柱化基本法案だ。
これまで日本でも、電力線と通信線をまとめて歩道下のボックスに収納する「キャブシステム」や、電力管や通信管といった管路にケーブルを収納する、キャブシステムよりコンパクトな「電線共同溝」の整備を進めてきた。
しかし電線共同溝は歩道幅員が最低でも2.5m必要なこと、管路整備に費用がかかることが、自治体が管理する道路の無電柱化が進まない要因となっていた。そのため、海外で導入されている、歩道など道路に管路を整備せず、ケーブルを直接埋設する「直接埋設」や、民間施設などの軒下に配線する軒下配線など、さまざまな対応手法が挙がっている。
震災にあっては電柱が倒壊しており、復旧や人々の暮らしに影響を与えている。阪神・淡路大震災では電力と通信合わせて約8100本が、東日本大震災では津波で約5万6000本の電柱が倒壊した。
東京都内の無電柱化は、道路延長ベースで国道・都道では27%、道路延長全体の約9割を占める市区町村道では2%にとどまっている。
事前防災の観点からも避けて通れぬ無電柱化
―民間プロジェクト実行委員会として今後取り組むべきものに何がありますか
日本でこれまで、無電柱化と公害が同じテーブルで議論されることはありませんでしたが、一般の人たちが不快な思いをしているという点では同じです。これqまで日本人は、街並みや景観を公共財として捉えてこなかったのです。生活のアメニティが重視されていなかったからではないでしょうか。お金がなくても、街並みがきれいであるとか楽しいというのは、本来暮らしにとってなくて はならないことですし、安全や利便性ともセットにして考えられるはずです。
私たちの社会は、電柱があることの弊害に気づいていませんでした。ふだん電柱があることを不便だと感じるのは、子育て中のお母さんや子ども、高齢者、障害者の方達です。いわゆるサラリーマン達ではありません。
こうしたことを踏まえると、無電柱化を促進するためには市民の「気づき」が重要です。ただこの啓発活動を国が行うと、企業と結びついているのではないかととらえられる可能性もあります。ですからわれわれプロジェクト実行委員会には、民間 として、電柱のあることが、防災や景観、ユニバーサルデザインにもとづいた人に優しい街のあり方としておかしいということを、主張していく役割があると思っています。
さらに、無電柱化取り組みも国の成長戦略につなげていくべきだと思っています。すでに住民たちが自費で無電柱化を行うケースがあり、安い費用で出来るよう支援を行っている企業も生まれています。公のことを民で担うためには、技術を積み重ねる必要があります。規制緩和の動きも進んでいますから今後、無電柱化は必ず新たなビジネスとなるはずです。「地下にはお宝が埋まっている」と、民間企業も考えてくれれば、無電柱化は必ず促進されると期待しています。
震災は必ず起きます。その時、家や人が電柱の下敷きになりかねないということを考えれば、無電柱化の取り組みは絶対に必要です。さらに事前に震災被害を極力少なくする、事前防災という考え方からも、無電柱化は避けて通れません。
―首都直下地震の発生確率が高い東京の場合、無電柱化は特に必要になるということですね
事業の優先順位・順序としてはそうだと思います。交付金の仕組みも変わっています。今後、道路拡幅をする場合は必ず無電柱化になると思いますが、幅が狭い道路や歩道でも、社会アメニティの面から交付金を活用して自治体が取り組んでほしいと 思います。そうした場面でも、無電柱化事例集は役立つと思います。
無電柱化に取り組む場合、ハードのあり方にどうソフトを組み合わせるかという考え方が大事です。ですから、直接埋設しかだめだというような、固定的な考え方に依ることなく、その場その場で考えていくことが重要です。
無電柱化促進へ向けては、課題が残っているのも事実です。無電柱化に面的に取り組むことは、非常に効率的だと言われています。管理者が違うことで、民間が調整することが非常に難しいと聞いていますから、これは行政が間に立って調整してほ しいと思います。公物管理権者が異なる道路が重なる、面的な無電柱化取り組みの難しさです。この調整の難しさは地方自治体からも指摘されていますから、自治体と利害関係者を含めた調整の仕組みが、今後必要かもしれません。
(インタビューは6月23日に行われました)