これからの東京を照らすエコで美しい「和の光」を
―成熟都市「東京」に今後必要なものとは何ですか
照明デザイナーとしての立場で申しますと、日本の都市夜景というものをこれからも創造していかなければならないということです。そのためには、「足し算」と「引き算」をきちんと行わなければなりません。現実に非常に悪い光があって、この悪い光は「引き算」として消しましょう。そして東京にとって良い光をこれから足していきましょう。これが私の主張する「足し算」と「引き算」です。このことでより良い夜景になるということをまず強調したいと思います。
まず「引き算」が大事です。例えば街路灯です。補助金がつくこともあって、商店街ごとにばらばらの街路灯を点けているケースがありますが、これは止めるべきです。一例を挙げますと、港区内の六本木通りでは、国道と都道の街灯と商店街の街路灯の3種類が混在しています。さらに、各商店街に異なった街路灯が設置されています。2つの商店街で街路灯が違うわけですから、つまり 六本木通りだけで4種類の街路灯が存在するわけです。
全国各地にこうした例があります。東北のある町では、200mの街並みで3種類の街路灯が設置され、さらに県道には別の街灯がついていました。
ですからこうした場合は「引き算」をして、同じデザインの街灯で統一し、「足し算」をしていくということを提案したいと思います。
照明についても、地球に優しい、エコという視点の都市づくりが欠かせません。幸い日本にはLEDを始めとする世界で最先端の技術があります。この最先端の技術をもっと活用することで、消費電力を今まで以上に削減できます。また時間帯によって照明を調節することも技術的に可能になっています。これがエココンシャス(エコロジーとコンシャスを組み合わせた造語。エコを意識 した人やモノ)化です。
詳しく説明しますと、天空に向かって光を放つ必要はまったくありませんが、地上には明るさが必要です。高齢化が進んでいることでこれまで以上に、足許の明るさが必要だからです。もう一つの理由として、国際化があります。これは世界各都市ですでに起きていることですが、都市が国際化するということは一方で、犯罪が増加するということです。パリを例に挙げると、今のような国 際的都市ではなかった時代のパリは犯罪が少なく、犯罪が起きそうな雰囲気になると、住民が助けあって未然に防止したと言われています。しかしさまざまな国・出身地の人々が増加すると、住民の連帯意識が持ちにくくなることが指摘されています。国際都市になるということは、危険も多くなるということを理解する必要があります。
その意味でも、国際都市として成長する東京の歩道は夜でも10m先にいる人の様子が分かる明るさが必要ではないかと思います。そのために必要な明るさは、3ルクス(照度) で十分ですが、10m先が見えれば、逃げるなどの対応ができます。こうした安全基準も今後は必要でしょう。
東京の都市のあり方でもう一つ指摘したい問題は、自転車が歩道でも走っていることと、マナーの悪さです。夜間、無灯火の自転車が暗い歩道を走るのは、危険極まりないことです。自転車のマナーの悪さは世界屈指といっても過言ではありません。外国人が日本を訪れて自転車と事故を起こすようなことだけは避けなければなりません。自転車専用レーン整備だけでなくマナー徹底の対応が 大事だと思います。
―豊かな都市環境や、あるべき都市景観についてはどうお考えですか
照明デザイナーの立場で言わせてもらうと、東京でこれから新しく「和の光」ができないかと考えています。言い換えると、「日本的な光」です。新しい日本の光とは、なにも昔のように行あんどん灯などをつけようという意味ではありません。先端技術を使いながら、新しいデザインを加えることで、「安全」、「エコ」で「美しい」光で、地上を照らそうということです。さらに、床面だけを照らすのではなく、遠くにいる人の顔も照らすということです。これは配光制御が可能なLEDが普及したことで実現できるようになりました。
私たちは今年9月にパリで大きなイベントに参加しました。ここでは日本の最先端技術を使ったデザインや新しい光のトレンドを提起するのが狙いでした。
これまで日本の企業やエンジニアの人たちは、新しい優れたテクノロジー(技術)があれば、世界で売れると思っていました。しかし現在、先端技術だけでは、すぐに他国に真似をされてしまいます。しかし先端技術に新たなデザインが加わると、全く違うものになります。照明の世界でも、技術とデザインは車の両輪であり、この2つによって前に進むというコンセプトで、これからの都 市景観をつくっていくことができないかと考えています。
こうした考え方を前提に進めれば、先ほど指摘した街路灯の問題も、設置する商店街の意識も変わると思います。そのなかでまず一番変わってほしいのは、住宅地の防犯LEDの電気代は わずかです。
LEDの電気代が安価だということの具体例として、私どもが手がけた歌舞伎座のライトアップを紹介したいと思います。同じ白色でも日本には四季折々でさまざまな白色があることを踏まえ、現在、歌舞伎座全体のライトアップはちょっとずつ色を変えていますし、背後の高層ビルからも歌舞伎座の屋根だけに光を当てる工夫をしています。このライトアップによる電気代は、1時間当たり130円です。LEDでなければ、電気代も10倍から20倍程度かかると思いますが、LEDは非常に電気代が安いということは強調したいと思います。
こうした最先端の技術と新しいデザインを組み合わせて、都市環境をつくっていけば、東京の魅力向上につながると思います。
―2020年東京五輪後の都市整備のあり方についてはどうお考えですか
電柱を無くす「無電柱化」と「緑化」の視点は非常に重要です。中でも緑化について私はこれまでにも、都市部で駐車場を整備するときに、「一台一木」の導入を提案してきました。一台分の駐車スペースを整備するときには、一本の樹木を植えてほしいと思うのです。
今、東京都心でコインパーキングが虫食いのような形で増えています。コインパーキングになった場所が元は住宅地で、庭に樹木がたくさんあるケースも多かったわけです。ですからコインパークになっても、せめて駐車スペース1台分のスペースは樹木を植えるなど、緑化することを義務づける条例をぜひ行政には検討してほしい。
電柱の地中化も同様です。はっきり言って、街の景観も表通りだけはきれいにして、裏通りに入ると、束になった電線で空が埋め尽くされている風景になっています。景観上、早く地中化して対応すべきです。
今の東京の都市づくりで必要なことは、「整理整頓」ではないでしょうか。家のなかは、整理整頓して掃除すればきれいになります。東京の街は海外の人たちも驚くくらい掃除は行き届いているかもしれません。同じように、掃除だけでなく街も「整理整頓」をしてもらえればいいですね。
このことは、冒頭に指摘した都市夜景の「足し算」と「引き算」という私の専門分野である照明デザインでも同じです。つまり、「足し算」と「引き算」によって「整理整頓」をするということです。
歌舞伎座、天空からのスポット
歌舞伎座のライトアップでは、パリの夜空に浮かぶオペラ座のように、24時間東京を彩る新しい景観がめざされた。通常のライティングでは暗くなってしまう歌舞伎座の屋根は、歌舞伎座タワー29階(地上130m)からLEDの細い光で照らされる。屋根だけに当たる配光制御と相まって、月明かりを模した照明を実現した。日本人の感性に合わせ、外壁には白色を美しく見せるライトアップが施されている。
写真提供:(株)石井幹子デザイン事務所
都市にもほしい日本人の思いやり街の色彩イメージは統一が必要
―東京の魅力発信のために必要なことは何ですか
海外で仕事をしていて特に感じるのですが、日本人は優しさとか思いやりとか、おもてなしの心は身についていると思います。特に自分のことよりちょっと外側の部分にも気をつかうことに長けています。海外では自分のこと、自分の中のことしか考えないという姿勢がよくみられますが、日本人は自分という境界よりもちょっと外側の部分にも気をつかいます。すばらしいことです。
ただ残念ながら、都市のなかでは自分だけしか考えないという傾向があるのも事実です。自分のビルや店舗が目立てばいいという考えなのか、街並みや景観を考えない、異質な色合いの建物も目立ちます。看板もそうです。色彩は街のイメージを特徴づける重要なものです。
東京の街並みで色彩については、自由にしても良い地域と、一定の統一感を持たせる制限をかける地区を分けて考えてほしいと思います。六本木地区でデザインコンテストを行っていますが、こうした、街にアート的側面を入れていくことも重要です。そのためには地元商店街とデベロッパー、行政がうまく連携することが大事です。
東京は今後やるべきことがたくさんあります。東京湾岸に建設された東京ゲートブリッジのライトアップは私たちが手がけましたが、実は東京五輪が実現した場合に備えて「五輪対応ライトアップ」の仕組みも組み込んでいます。また橋の足許には太陽光発電パネルを取り付けていただきました。そうすると、電気代削減論が今後出てきても、再生可能エネルギーを利用しているため、ライ トアップは継続できます。
結果的にこうした取り組みは、「エココンシャス」だとして、アメリカの照明学会から一昨年、最優秀賞を受賞しました。これは太陽光発電システムも評価されたのだと思います。
ゲートブリッジがある湾岸地区は、これからも発展しなければならない地区の一つです。私は湾岸地区に江戸城の復元を提案したいと思います。
創建時の江戸城は海岸近くにありましたから、埋立地先端の湾岸地区に江戸城が復元されてもおかしくありません。そうなれば、湾岸地域がまったく新しい観光拠点になるのは確実です。海外でも中世時代のお城観光は人気ですし、江戸城復元は、非常に大きな観光資源になるはずです。
また東京の魅力発信として、最先端の「技術」と新しい「デザイン」の融合が大きなカギになるということを改めて強調したいと思います。日本のデザインも国際的に評価されており、今後も技術とデザインを街づくりに活用していただきたいと思います。
現在、私は隅田川の著名橋のライトアップへ向け照明デザインの業務に携わっています。調査で私が実感したのは、本当に橋梁のデザインを当時の設計者が良く考えていたということです。当時の日本人の心意気を感じます。私どもによる照明デザインによるライトアップは、2020年東京五輪に合わせたいと思います。エコで安全・安心で美しい光を灯したいと思います。
隅田川の橋梁が、それぞれ美しい造形であるということは、多くの人たちに知られているわけではありません。新しい照明デザインによって、その魅力に気づくきっかけが生まれればと願っています。
東京のなかで同じように、埋もれている「東京の心」を見つけて、これからも光を当てていきたい。例えば、東大・赤門や芝の増上寺の山門など、地域の人たちにも愛され守られている建造物に光が当たらないかと思っています。川だけでなく陸橋も含め、歌川広重の名所江戸百景にあやかって、「東京名所百光景」を選ばれてもよろしいのではないでしょうか。