高齢化と負荷、使用状況「過酷」
避けて通れぬ大規模リニューアル
―成熟都市・東京に今後必要なものは何ですか
東京は日本の政治・経済・文化の中心であり、日本で最も成熟している都市である。このことは間違いありません。元東京都知事の石原慎太郎氏は知事時代、「東京は日本のダイナモ(発電機)」と言われました。これを一層推し進めるために、長期的なビジョンは必要です。ですから昨年12月にまとめられた「東京都長期ビジョン」で、東京都が世界一の都市をめざすと掲げたことは良いこ とだと思います。何かを進める場合、目標が必要です。
成熟都市・東京で今、大事なのは治安です。近年は凶悪な犯罪も増えておりますが、世界一の都市を目指すなら、安全・安心な都市として治安対策は必要不可欠です。従来では考えられないような犯罪・事件も起きていますし、その対策も必要でしょう。
さらに少子高齢化が進むなか、高齢の方・障害をお持ちの方々も内包した福祉対策が必要なことは言うまでもありません。また地球温暖化のなかで、局所的なゲリラ豪雨も増えています。都内でもゲリラ豪雨によって、下水道管工事の作業途中に複数の方が亡くなる事故がありました。ですから、環境対策も進めなければなりませんし、豊かな生活環境の礎となる経済対策も大事です。
一方で、これまで手薄だったことで弱点と言われる部分の「克服」も大事な視点です。(一財)森記念財団の都市戦略研究所が毎年公表している世界の都市総合力ランキングで、東京は公表年から今に至るまで万年4位に甘んじています。ランキングの指標のうち、東京が弱いのは「交通・アクセス」です。世界一の都市を目指し、弱点を克服するためには、交通・アクセス対策が必要ですし、この部分については当社(首都高速道路(株))もお役に立てると思っています。
成熟は見方を変えれば社会インフラ(高度成長期に整備してきた上下水道、橋、道路など)の高齢化とも言えます。米国では1980年代に「荒廃するアメリカ」と呼ばれたように、橋梁の落橋が相次ぎましたし、日本でも笹子トンネルの天井板落下事故が起きました。安全・安心確保の視点で、補修などメンテナンスを進めていかなければなりません。過去に公共事業が無駄だという論調により 公共投資の抑制が続いたことで、技術力や人材面が弱くなっている傾向が伺えます。技術と人材、そして財源をいかに確保するかが課題です。
―首都高の大規模更新と大規模修繕の狙いは何ですか
首都高速道路は、昭和30年代にモータリゼーションが進む中で、昭和34年に前身の首都高速道路公団が設立され建設に着手したわけです。当時は昭和39年の東京オリンピック開催を控え、建設を推進してきました。現在では総延長310.7km、1日当たり約100万台の車が走行するまでになり、日本全体を支える社会経済にとっても、首都高速道路は極めて重要なインフラになっています。一方、オリンピックへ向けて急ピッチで建設を進めた結果、建設から40年以上経過している構造物が約3割、30年以上経過している構造物が約6割と構造物の高齢化が進んでいます。また、首都高速道路は走行す る車両の1割が大型車となっており、都内一般道路と比較して約5倍の負荷が道路にかかっていることからも、「首都高速道路の過酷な使用状況」がお分かりいただけると思います。
首都高速道路は約8割が高架式の道路です。土工部が約9割を占める一般道路と比較するまでもなく、よりきめ細かなメンテナンスが必要なのです。
高齢化、過酷な使用状況、きめ細かなメンテナンスが必要な構造ということが首都高速道路の大きな特徴です。安全・安心の観点から見れば、日々の点検と点検結果に応じた補修が必要です。車でパトロールを行っている巡回点検と徒歩で高架下から点検する徒歩点検の2つが日常点検と呼ばれているものです。このほか5年に1回、目で見て触ってみる、目視・触診・打音による定期点検があります。こうした点検と対応で、当面の安全・安心は確保されていますが、長期の安全・安心のためには、大規模更新と大規模修繕は欠かせません。
こうしたことから、平成24年に涌井史郎東京都市大学教授に委員長をお願いして、「首都高速道路構造物の大規模更新のあり方に関する調査・研究委員会」を設置して、約1年かけ検討していただき、平成25年1月に提言を受けました。これをベースに当社内で精査して、平成25年12月に更新計画を策定しました。その結果、大規模更新は5カ所約8km、の区間で実施していくこととしました。高速1号羽田線では東品川桟橋・鮫洲埋立部と高速大師橋、高速3号渋谷線では池尻~三軒茶屋、都心環状線では竹橋~江戸橋と銀座~京橋の計5カ所で実施していきます。また大規模修繕は、延長約 55kmで実施していきます。更新と修繕を合算すると延長は63km、事業費は約6300億円を見込んでいます。
こうした計画を実現するためには、3つの課題がありました。1点目は、財源です。首都高速道路(株)は平成17年に民営化されました。当時、大規模更新と大規模修繕は念頭になかっ たと思います。そのため大規模更新と大規模修繕のための財源が新たに必要となりました。当社は年間2500億円程度の料金収入がありますが、管理費を除けばほぼすべてが建設に要した費用の返済に回ります。そこで、平成25年6月に、皆様のご理解もあり、道路整備特別措置法の改正に伴い、料金徴収期間を45年から15年延長して頂き、大規模更新・修繕の費用を工面できました。
今年8月に第1号案件である東品川桟橋・鮫洲埋立部の大規模更新工事の契約を締結することが出来ました。今後も計画通りの工事着手を目指していきたいと思います。
2点目は、「契約のあり方」についてです。首都高速道路の場合、工事ヤードが狭いこと、また長期にわたる通行止めも出来ません。条件の限られた難工事となりますので、各社独自の高度で専門的なノウハウ・工法等の中から、最も優れた提案技術の採用が必要であり、具体的には技術力で選定した後に、価格交渉を行う方式を、初弾工事で採用させていただきました。更なる改善を進め、 今後の大規模更新事業でも、より良い契約手法を採用できればと考えています。
3点目は、東京オリンピック・パラリンピックとの関係です。東京オリンピック・パラリンピックに間に合うのかとよく聞かれますが、長期間の通行止めを行うわけにはいかないので、工事には時間がかかるのです。工期短縮に全力を挙げて取り組みますが、東京オリンピック・パラリンピックまでにすべてが終わるわけではありません。東京オリンピック・パラリンピックの支障にならな いよう進めていきますし、美観などにも配慮していきたいと考えています。
今後は、海外からの訪問客がさらに増えていますので、海外へ向けたPRにもなるのではないかと考えています。例えば高速1号羽田線(東品川桟橋・鮫洲埋立部)の大規模更新工事などは、羽田空港から都心へ向かう途中で目に入りますから、日本の建設業の技術をアピールする絶好の機会であり、更新事業そのものが技術のショーケースのような役割にもなると期待しています。
長期的視点で高速道のあり方検討
まちづくりも含めて考える時代
―2020年東京オリンピック・パラリンピックとその後を見据えた、首都高の役割と取り組みをもう少し詳しく教えてください
ロンドンオリンピック・パラリンピックを契機にロンドンは都市力ランキングでニューヨークを抜いて1位になりました。振り返ると東京も先の東京オリンピックを契機に大きく変わりました。例えば、首都高速道路がビルの谷間を走り、東海道新幹線が完成し、東京タワーが出来た。2020年東京オリンピック・パラリンピックでもこれをきっかけとして、世界一の都市になれるチャンス が来ると思います。また10月に東京都はロンドンと姉妹都市になりましたが、ロンドンオリンピック・パラリンピック後の施設活用のあり方は、東京オリンピック・パラリンピック後の活用の参考になると期待しています。
首都高速道路大井ジャンクション。中央環状線が大井ジャンクションで湾岸線につながることで新宿 ~羽田空港間の所要 時間がそれまでの約40分から約20分と半分に短縮される。都心部の渋滞緩和や 混雑解消にも寄与し、東京の国際競争力強 化につながることが期待されている。 |
話は戻りますが、交通・アクセスという弱い部分の強化が必要です。当然、首都高速道路の役割は重要になると思います。さらに自動運転の可能性にも期待しています。自動運転が可能になれば渋滞緩和だけでなく、事故の削減にもつながると思います。
また、五輪招致立候補ファイルのなかで、首都高速道路は極めて重要なインフラであることが盛り込まれています。
当社では東京オリンピック・パラリンピック決定後すぐに、東京オリンピック・パラリンピック首都高推進本部を立ち上げ、各種プロジェクトの進行管理と景観・美観について、東京都などと連携して検討を実施しています。さらに今年4月には東京オリンピック・パラリンピックに向けた首都高速道路の取り組みに関する外部のアドバイザリー会議を設置しました。ここではオリンピック・ パラリンピック後を見据えた取り組みについても考えています。オリンピック・パラリンピックはあくまで通過点であり、首都高速道路のサービスや美観のあり方を長期的な視点で考えることで、首都高速道路の構造物・付属物の景観向上や、海外からの訪問客も含めたお客さまへのサービス向上を通じて、世界一の都市づくりに寄与できると思っています。
また現在、首都圏の高速道路は、路線によって料金が異なっています。例えば圏央道、外環道(東京外かく環状道路)、中央環状線など環状道路でも、料金体系がそれぞれ異なっています。これではせっかく環状道路が整備されてもうまく効果が発揮されないことも想定されます。これらの問題を解決するため、料金水準の平準化、車種区分の統一化などの準備を進めています。今後、東京都など関係自治体の同意が得られれば、国交省の許可を得て、来年4月から新料金体系に移行出来ると思いますし、そのことでより一層、渋滞緩和が促進されていくはずです。
もう一つ改めて強調したいのは、これまで新設の道路を作ることに力を注いでいましたが、これからは保有するインフラを、まちづくりも含めてどう効率的に活用していくのか考えていく時代になっているということです。そのため、当社においても組織を見直してきましたし、今後も必要に応じて行っていく予定です。
―発注者として建設業界に対する期待とメッセージをお願いします
建設業界の皆様には、まずはお礼を申し上げたいと思います。そのうえで、何でも基本が大事です。オリンピック・パラリンピックへ向け何事も基本に忠実に取り組んでほしいと思います。2つ目は新設から本格的なメンテナンス時代に入るということです。建設・新設に比べて利益が上がらないこともあるかもしれませんが、仕事は無尽蔵にあるといっても過言ではありません。このこと を念頭に置いて取り組んでいただきたいと思います。3点目は、大規模更新・大規模修繕についてです。最初の大規模更新区間である東品川桟橋・鮫洲埋立部については契約が完了し今後着手しますが、これからも難しい工事が控えています。建設業界でこれまでに蓄積したノウハウや技術力を発揮していただければありがたいと思っています。