都会で高齢生活者が孤立する
「国道16号線」問題の予期
―成熟都市・東京に今後必要なものは何ですか
「総合交通体系」、「超高齢化」、「ビッグデータ」の3点を挙げたいと思います。まず1つ目の「総合交通体系」について、私は、国土交通省の社会資本整備審議会道路分科会国土幹線道路部会長を務めていることもあり、総合交通体系と基盤インフラの構築には特に強い関心を持っています。東京の基盤インフラとして、総合交通体系をどう整えるかということへの強い問題意識があります。特に実現へ向け努力をしたのが、三環状(首都圏中央連絡自動車道、東京外環自動車道、首都高速中央環状線)の整備でした。世界の都市と比べた場合、東京の弱点・欠点は何か。高度成長期に整備を急がなければならなかった故に、道路すべてを都心が起点の放射状に整備したことです。ロンドン、パリ、ニューヨークといった世界の都市は、クモの巣のようなネットワーク型の、道路整備をしていますが、日本はすべて放射状の整備だったのです。そのため、東名高速道路を通行する車両が、東北自動車道や関越自動車道、中央自動車道に入るために、一度すべて首都高速道路に入るという流れを作った。そのために首都高はいつも渋滞し、高速道とは呼べない貧弱なインフラになってしまったのです。
この欠点を解消し、東京の都市力をアップさせるために、道路のネットワーク型整備、特に三環状の早急な整備が必要だと主張しつづけてきました。
そして昨年、圏央道が東北自動車につながるという大きな出来事がありました。例えば圏央道について見ると、将来的には成田空港から神奈川・藤沢を抜け横須賀までの大きなループが完成するわけです。これはシンボリックなことでもあり総合交通体系整備という視点では非常に大きな前進です。三環状の整備によって物流構造も劇的に変わります。国土交通省の国土形成計画では「対流」という言葉が使われています。連携から生じる地域間の双方向の交流を意味します。日本海側と太平洋側の対流や都市と農村の対流という重要な展開が、三環状の整備によってようやく見えてきたと言えます。
つまり、東京を活かすために必要な三環状が実現しつつあることが、東京の基盤インフラとして、物流面でも人流面でも大きな変化をもたらします。
―基盤インフラ整備で好影響がもたらされた事例はありますか
私が注目している「相模原モデル」があります。2027年に中央リニア新幹線が運転を開始すると、神奈川県では、相模原市の橋本に駅ができます。そうすると品川~相模原は10分。相模原~甲府も10分で結ばれます。東京と名古屋が40分で結ばれることだけに関心が向きがちですが、この十数年でリニア開通によって、実は東京の西地域、相模川と多摩川の間の多摩地域は劇的に変わると思っています。
中央リニアの駅が出来る相模原には圏央道・相模原ICもあります。相模原は中央リニアと圏央道が交差する地域です。こういう地域を交通体系の整備とともに、「人間の顔をしたゾーン」としてどうエンジニアリングしていくか、構想力が必要になります。
その上で「東京都長期ビジョン」について言えば、前向きな美しい言葉が並びますが、われわれは正面切って向き合って議論すべきことをもっと示す必要があります。こうした議論は絵空事ではないことが重要です。
2つ目には、これからのビジョンに「超高齢化を迎え撃つ東京圏」という発想が重要だということです。地方消滅可能性や、東京一極集中が問題視される一方で、東京では急増する高齢化人口の面倒を見きれないから、田舎に行ってほしいとの議論さえも起き始めています。超高齢化社会をどう迎え撃つのかという視点は、いま、東京の都市・街づくりにとって不可欠です。
超高齢化社会を考える場合、「国道16号線」というキーワードに目を向ける必要があります。千葉県木更津市から神奈川県横浜市までを結ぶ国道16号線は、埼玉県内は春日部・大宮地域を通過し、都内では八王子・町田地域を通る、東京都心をベルトのように取り巻く環状道路です。都心から見てこの外縁に、ニュータウンや大規模団地などを相次いで建設し、高度成長期以降の首都圏人口増加をしのいだわけです。そのなかで田舎を後にして上京し、東京の大学を出て東京で就職した東京に吸い寄せられた私たちの世代が、高齢化に差しかかっているのです。
また、東京をはじめとした都会の高齢化と田舎の高齢化は違います。都会の超高齢化は今後、大変な課題に直面すると言わざるを得ません。田舎の高齢化は至近距離に農業など1次産業があるので、歳をとっても、応分の役割があります。自分の子の世代が行う仕事は出来なくても、芝刈りや肥料まきなど仕事に参加できる枠組みがあります。自分も社会に役立っていると実感できる歳のとり方が可能です。
一方、都会の高齢化は、郊外に一戸建て住宅なりマンションなりを持って、定年を迎えるいわばサラリーマン社会の成功モデルのような形です。このモデルも最終的には、家族が離れたり亡くなったりで一人で住む高齢者で埋め尽くされていきます。これが都市の高齢者の孤立化問題につながります。趣味や娯楽は持っていても、今までの社会的な帰属意識がなくなった後、社会に参画できないで孤立していくのです。これまで都心まで1時間かけて通勤してきた人たちが、国道16号線の外側にこもって孤立化する、ということは、大変深刻な問題であり、この課題を予期しなければなりません。
これまで作ってきた高層マンション、団地、ニュータウンの中で、連帯や連携、意思疎通などが一切ない空間があって、そこで高齢化に突入することは、孤独死が増えるということにつながります。だからこそ、超高齢化社会を見据えた都市をどのように再設計するか考えなくてはならない。「人間の顔をした都市」をつくることは、単に便利で効率的な空間をつくればいいということではありません。血の通った街で、力を合わせて生きていく空間にしなければならないからこそ、これからの都市・街づくりは構想力が要るのです。
したがって、新たな都市・街づくりの視点として、共生型もしくは対流型といった視点が必要なのです。
―共生、対流に関連して東京と地方都市のあり方についてはいかがですか
先日、阿部守一長野県知事と対談した時に、長野と横浜の団地の交流が話題になりました。長野県内のリンゴ農家の人が亡くなって、後継者がいないという状況になった時、横浜から長野に移り住んだ人たちがリンゴ栽培を手がけ始めて、さらに以前住んでいた横浜の団地の住民にリンゴ栽培の手伝いをお願いしたというお話でした。
結果的に、横浜の団地から220人が参加して、昨年は500箱分が集荷できたそうです。何が言いたいかというと、都会の人間は、食べ物は買うもので、自分たちは買う立場だという変な分業意識があります。しかし本当にそれでいいのか。東京は地方から食わせてもらったままでいいのかということです。そこで提起したいのは、「移動と交流」です。もし元気なら、ただ食べるだけでなく田舎と交流をすることで、地域の後継者問題や農業法人の会計の手伝いなど、社会に参加することでさまざまな課題の解決も見えてきます。
ここで大事なのは、「参加・交流・対流」です。東京都の長期ビジョンも、東京に住んでいる人たちが便利に効率的な生活が出来ればいいという話ではありません。ビジョンや構想で一番大事なのは、人間らしく生きるためにどのように対応するかです。この話題では、とかくマクロの議論で終わってしまっているのが問題です。
首都圏の国土形成計画(地方形成計画)づくりの議論に参加して思うのは、首都機能移転の問題ではなく、首都機能の賢い分散という視点が重要だということです。あらゆるものを東京に集中したほうが効率的という判断で今後も一極集中が進んだとしても、やはり賢い分散が問われると思います。
3つ目は、「ビッグデータ」です。ICT化が進みネットワーク化社会が加速するなかで、ビッグデータの活用が必要不可欠です。今、IoT(モノのインターネット)が浸透し今年からマイナンバー制度が導入され、ますますビッグデータを的確に管理することが問われています。これは、ヒトやモノの効率的なネットワーク型運用が動き始めることを意味します。そうなれば、東京を中核 にして首都圏でもさまざまな連携が進みます。また冒頭に指摘した総合交通体系について言えば、総合交通体系を支える一つの柱が道路であり、もう一つの柱がビッグデータだと言えます。
リニア開通による「移動と交流」を基礎として、経済的だけでなく文化的・精神的にもより豊かにするための方向付けが必要になってくる。その時、機能させなければならないのがこのビッグデータです。例えば医療や健康の情報が運営・管理され、物理的な分散も可能になり、東京に医療施設を集中させず、どこに住んでも医療・健康情報を活用できるようになるはずです。
首都圏を取り巻く環状の道路網が完成しつつある。 影響は物流・人流をはじめ省エネルギー、環境負荷低減まで波及する。 |
成長期ではなくなった社会構造
ターミナル駅を誰が支えるのか
―世界一の都市・東京の実現に今後、具体的には何が必要ですか
ここまでに3点、具体的には基盤インフラである「総合交通体系」、「超高齢化社会」をどう迎え撃つか、さらに「ビッグデータ」の効率的な運用を挙げました。この3つを束ねるため、これからの東京には新たな構想力が必要になります。
日本の人口が1億人を割り込むと言われている2045年を見据えて考えるべきです。1966年に日本の人口は1億人を突破し、2008年に1億2800万人でピークアウトしました。東京オリンピックから2008年までは、3000万人の人口が増加するサイクルの中にいたのです。そしていま、2008年から2045年までに3000万人減るサイクルの中にいるのです。人口増加を前提にものを考えてきたなかで、人口が減少することを前提にものごとを考えるのは非常に難しい。そのような局面に立ったことがないから、人口減の怖さもよく分かりませんし、どうなるのか誰にも分かりません。
しかし、超高齢化を数字で挙げると、人口が1億人を突破した65歳以上の高齢者が全人口に占める割合は7%、700万人しか高齢者がいなかった1966年と違い、1億人を割る瞬間の年は、高齢者の数は4000万人に達するという予測です。しかも首都圏に集中することを考えると、深い問題意識と構想力がなければ、時代の課題の解決はできません。
―超高齢化の進展が現実にあるとしても、東京や日本には持続的成長も必要です
今、東京都心の再開発が進んでいますが、その代表例は高度成長期からの役割を果たしたターミナル駅です。整備された当時のターミナル駅には、そこから延びる私鉄沿線にサラリーマンが家を建てて住むという前提が存在しました。わかりやすく言うと、ターミナル駅を起点にエレベーターで人を運ぶイメージです。しかしビッグデータの時代の到来によって適切な分散が進み、高齢者が 国道16号線の外側に引っ込む可能性が高いなかで、今後だれが新宿や渋谷といったターミナル駅を支えていくのかという問題が生じてくるでしょう。インバウンド(訪日客)に期待して中国などの外国人で埋め尽くされることを良しとするのかもしれませんが、周辺のオフィスに誰が入居するのかという問題はあります。
ここに、未来を感じさせるプロジェクトがなければなりません。また国民生活を安定させなければなりません。今、日本国民の購買力は過去と比べて落ちています。勤労者世帯の可処分所得が今世紀に入って60万円程度も下落しています。このことを前提に、今のターミナル駅は成り立っているわけです。中間層が没落し、今、成功している事業は「静かなる貧困化」を前提に、デフレにソフトランディングするモデルを立てているものです。
日本が豊かになったのは、鉄鋼、エレクトロニクス、自動車産業を育てることによって、工業生産力が伸びたことが大きな理由です。しかしこの方法をまた再びという訳にはいきません。しかも自動車産業以降、日本の産業力を高めるプロダクトサイクルは確立されていません。
そして多くの人が現在、サービス産業に従事している状況を考えると、今後もサービス産業によって生活を確立できるようにするしかない。これが、私が主張する『新・観光立国論』を上梓した理由です。ですから渋谷・新宿の開発でより豊かにするなら、観光産業をリーディング産業としてまず成功させるしかない。海外や国内の「移動と交流」の活発化もあります。
しかし、今のサービス産業の平均年収は270万円程度しかないことを考えると、超一流と言われるホテルなどで働く人たちの給与は、余りにも低いと言わざるを得ません。
日本は、器づくりに奔走していますが、取り巻く社会構造に注目すべきです。器だけつくっても、超高齢化や中間層の没落などの課題を解決しなければ、その先にある問題は目に見えています。建設業も今は仕事が多いといわれていますが、その反動も考えていくことが必要です。