―― インフラのストック効果とは
私たちが所管する関東エリアは1都8県、全国比で見ると面積は13%、人口で36%、経済で40%を占めています。特に南関東である1都3県いわゆる東京圏は、過去20年のGDP(国内総生産)増加分19.4兆円のうち4分の3に寄与・貢献しています。つまり日本経済をけん引しているわけです。一方、全体面積比率13%のなかに全体人口の36%が集中しています。「ヒト」と「資産」が関東圏エリア、特に東京圏に集中しているといっても過言ではありません。これをしっかり守って、生産性を上げたり、民間企業の生産活動を支えるのが、インフラの役割です。さらに役割を担うことによって、インフラが日本の経済成長に貢献していると言えます。
このことを踏まえてインフラのストック効果について説明したいと思います。ストック効果(整備効果)の対極にあるのはフロー効果(需要創出効果)です。フロー効果とは財政出動が景気対策となり雇用を生むものです。つまりフロー効果とは、出来上がったものに着目しているわけではなく、その時(投資)の経済効果に着目しているわけです。極端な話、穴を掘ってまた埋め戻すだけでも雇用が生まれるため経済効果があるわけですが、ストック効果はゼロです。
インフラ整備による効果 出典:内閣府 経済財政諮問会議 平成27年 国土交通省提出資料 |
一方、ストック効果とは出来上がったものの効果に着目しています。例えば、冒頭にインフラが関東エリアの「ヒト」と「資産」を守っていると話しましたが、守るだけではなく、新たなインフラ整備が生産活動を活性化させ、生産性を向上させます。新たなインフラ整備によって、企業立地が進み設備投資が生まれ、工場や物流施設が出来ることで、雇用も生まれ、沿線自治体等の税収増にもつながるわけです。
また、道路ネットワークや空港、港湾などの整備が進むことで、観光など交流が活発になります。さらにネットワーク整備が進み、医療アクセスが良くなることは、国民福祉の向上につながりますし、災害時には道路が緊急輸送時の役割を担うことにもなります。この多面的な効果もストック効果であると言えます。こうしたストック効果があるからこそ、次世代の方にも負担してもらう後年度負担の建設国債を財源に充て、事業を進めることができるのです。
関東・東京では「安全」、「経済」のストック効果が柱
――インフラのストック効果として具体的にどのような事例がありますか
一例を挙げると、「安全」と「経済」という視点で昨年、大きな出来事がそれぞれありました。ひとつは、昨年9月10日の関東・東北の豪雨による災害です。当時、鬼怒川流域には積乱雲が次々と発生する線状降水帯が停滞し、記録的な豪雨がもたらされました。上流部の日光市では、年間降水量の3分の1程度に相当する約600㎜の降雨があり河川の流下能力を上回る洪水となった結果、鬼怒川下流部の常総市で堤防が決壊しました。関東地方の直轄堤防では昭和61年の小貝川の決壊以来であり、非常に残念な結果となりました。
一方でこれまでの治水整備による効果が昨年の豪雨で発揮されたのも事実です。鬼怒川の上流には4つのダムがありますが、これらダムが、鬼怒川の破堤によって常総市域に流出した氾濫水量の3倍に上る約1億㎥の洪水を貯留し、ダムの洪水調節効果を発揮しました。このほか渡良瀬遊水地では東京ドーム約70杯分の洪水を貯留したことで、利根川下流域等の洪水被害の軽減に貢献しました。また、中川・綾瀬川流域は元々利根川・江戸川・荒川といった大河川に囲まれ、水がたまりやすいお皿のような地形となっていますが、ここでも首都圏外郭放水路や三郷排水機場などこれまで積み重ねられてきた治水施設の働きによって、被害は大幅に軽減されました。29年前の大雨時(昭和61年8月の台風10号による豪雨)には約1万7000戸が浸水しましたが、今回の豪雨では首都圏外郭放水路が50mプール約1万2000杯分に相当する過去最大の洪水流入量を記録するなど、流域に降った雨の約25%を排水機場のポンプで強制的に流域外に排出した結果、当時の1.1倍の雨量があったにも関わらず、浸水戸数は9割減となりました。足立区では昭和61年の水害時に、5000戸超が浸水しましたが今回はゼロでした。また、鬼怒川上流部の日光市でも、砂防堰堤の効果で下流域の土砂災害を防ぎました。
決壊した鬼怒川(修復の様子) |
これまでの首都圏の治水整備の蓄積がなければ、鬼怒川の被害はもっと大きなものになっていたかもしれませんし、周辺河川でも同時多発的に災害が起きていた可能性も否定出来ません。これは治水事業の大きなストック効果の事例です。
もう一つ、経済面のストック効果として道路が挙げられます。首都圏3環状道路(首都圏中央連絡自動車道、東京外かく環状道路、首都高速道路中央環状線)のうち、昨年3月には首都高中央環状線が全通しました。また圏央道も、昨年6月に千葉県内9.7㎞が開通しました。さらに一番大きかったのは、昨年10月に埼玉県内区間が全通したことです。東名、中央、関越、東北の東京から放射状に伸びる各高速道路が環状道路によってつながったのです。これによって東名の海老決壊した鬼怒川(修復の様子) 名から東北道の久喜白岡まで所要時間は半減しました。定時性の向上で時間を読みやすくなったことも大きな効果として挙げられます。
圏央道は約20年かけて逐次整備を進めてきました。アクセス向上によって圏央道沿いの工場立地面積は20年間で6倍まで拡大しています。埼玉県内では、過去10年余の間に800件余りの企業を誘致して、そのうち約6割が圏央道沿いと聞いています。企業立地によって民間投資が生まれた結果、雇用が創出され自治体に税収が生まれます。圏央道沿いだけではありませんが、埼玉県によれば、この新規企業立地によって約1兆2000億円の民間設備投資が生まれ、約2万8000人の雇用につながり、税収効果は毎年140億円規模になるとのことです。
設備投資を促し、さらに引っ張る役割も
日本の人口、特に労働力人口は減少しています。1人当たりの生産性を高めなければ、日本の1人当たりGDPは維持・拡大できません。その意味で、生産性向上は日本全体の大きな課題であると認識しています。こういう生産性向上に資する、民間設備投資を促すことがインフラ整備の役割として必要だと思います。今、企業各社は経営が好調です。技術開発、研究開発、生産性向上などを目的にした投資を促すよう、インフラ整備が投資を引っ張っていけるようにすることも重要でしょう。ですから関東圏、東京圏では、安全面のストック効果と経済面のストック効果がインフラ整備目的の大きな柱になると思います。
昭和61年8月の台風10号による豪雨
河川があふれ市街は浸水被害に見舞われた(埼玉県草加市松原) 写真提供:国土交通省 関東地方整備局 江戸川河川事務所 |
昭和61年8月5日、台風10号から変化した温帯低気圧が、東海・関東・甲信・東北の各地方での大雨を降らせた災害。被害は静岡から青森まで16都県、死者19人行方不明1人、負傷者107人、家屋の全半壊・床上浸水などが約3万3000戸、床下浸水が約7万7000戸に及んだ。
東京都内の被害は、足立区、江戸川区、葛飾区など東部低地帯のほか多摩地域まで含め、床上浸水738棟、床下浸水5425棟に及んだ。このうち足立区内だけで、床上浸水が609棟、床下浸水4550棟と被害が集中。国立防災科学技術センターがまとめた調査報告書によれば、「下水道の普及率が低い平地で発生した現象」と分析している。
―― 今後のインフラ投資や整備で期待されることは何でしょうか
安全・安心については、人命という観点が第一です。そのうえで資産を守ることにインフラが大きな役割を果たしていると思います。経済面の寄与については、繰り返しになりますが、生産性向上につながる民間設備投資を引き出すのがインフラの役割です。業績が良い今、各企業が研究開発や技術開発、生産性向上につながるための、下地(インフラ)をつくることが、私たちの役割だと思っています。
3環状道路のうち圏央道も8割開通しましたが、あと2割残っています。来年度は茨城区間も全通しますから、今後は埼玉から成田方面までつながることになります。千葉県内の一部区間はまだ残っていますし、横浜にもつながることで、西に向かうネットワークを完成させることができます。着実に事業を進めることで、ミッシングリンクを解消していきたいと思います。
整備されたインフラを「賢く使う」こともまた重要です。今後は、ネットワークを賢く使ってもらうために、情報提供や料金施策などで対応することも大事です。またネットワークを整備しても、ボトルネックになる個所は当然あります。ここもしっかり投資して直していきたいと思います。例えば、渋滞多発で有名な海老名ジャンクションではランプの車線を一車線増やしましたし、週末の恒常的渋滞個所となっている中央道小仏トンネルもトンネルをもう1本掘ると高速道路会社から聞いています。情報提供、料金施策見直しやボトルネック対策を進めることで、ネットワークがさらに賢く活用され、生産性向上などにつながるインフラとしてもう一段磨きがかかるのではと期待しています。
またネットワーク整備には別の役割と効果があります。災害などいざと言うときの、緊急輸送道路やリダンダンシーとしても活用できますし、多様性が増す強みが出ます。
実は、ミッシングリンクの解消は、その区間がわずかでも非常に大きな効果があります。昨年に全通した首都高中央環状線を例にすると、その内側では交通量が5%減に対し渋滞は5割減となりました。東京建設業協会会員企業の皆さんには、インフラ整備によって生産性向上に資する民間投資を促すことが、経済の好循環につながるということと、その好循環の一翼を建設企業の貢献が担っているということを理解してほしいと思います。
さらにインフラ整備は、安全面の確保という視点でも投資を促す意味があります。日本は諸外国と比較しても災害が多発しています。ですから災害に対して対応しているというメッセージを外国にも発信することが、海外からの投資を高めていくことにもつながります。
―― インフラ整備へ向けて建設企業、業界に求めるものはありますか
大事なことは、日本全体で労働力人口が減っていく中で、生産性向上は必要不可欠だということです。石井国土交通大臣も生産性革命元年だと強調しています。建設業界でも、人手不足が課題だと言われていますが、日本全体では建設業に限らず中長期的に人手不足であるのは明らかであり、それを補うために建設業界も生産性向上は不可欠です。ですから既に人手不足問題を感じている東京建設業協会会員企業の皆さんが、生産性向上へ向けた取り組みのけん引役となって、生産性革命元年を担ってほしいと思います。これは将来の建設業を安定的な軌道に乗せるためにも必要です。具体的な生産性向上として、情報化施工や規格化、標準化などがありますが、トップバッターは現場の生産性向上としての情報化施工ですから、皆さんが引っ張ってほしいと思います。
もう一つは、担い手確保・育成です。これもどの業界もが抱える課題です。太田前国土交通大臣はこの問題を3K(きつい・汚い・危険)から、新3K(給料と休暇と希望)へ転換すると強調していました。ぜひ業界のイメージアップとともに、経済成長への好循環につながる流れや安全・安心な生活に(建設業界は)貢献し、大きな使命を担っていることの自負とPR、さらに新しい3Kへの取り組みとの組み合わせで、担い手を確保し育ててほしいと思います。私たちも、休暇や働きやすい職場づくり、女性活躍も含めた環境整備については、業界から意見を良く聞いて、しっかり連携をしていきたいと思います。また技術力についてですが、東建会員企業の皆さんは都市部ゆえの制約条件が多いなかで施工しています。これは、世界に冠たる技術力だと思いますし、海外展開にもつながると思います。今後もぜひ技術力向上の努力も続けてほしいと思います。