東京都建設局が東部低地帯で進めている河川事業は、昭和10年(1935)から着手した「高潮防御施設整備(外郭堤防や水門等の構築事業)」や、昭和46年(1971)から始めた「江東内部河川整備」、昭和55年(1980)から始めた「スーパー堤防等整備」などがある。さらに、こうした各事業とともに東京都は、「東部低地帯の河川施設整備計画」を平成24年(2012)12月に策定した。東日本 大震災を踏まえ最大級の地震が発生しても各河川施設が機能を保てるよう同計画に基づく事業を進めている。平成33年度までの10年間で各施設の耐震・耐水対策を完成させるものだ。
高潮からゼロメートル地帯に暮らす人々の生命を守り、安全・安心を確保するために必要不可欠な防潮堤の高さについては、当初、A.P.(荒川工事基準面*)+4.2mと、東京湾で既往最大だった大正6年(1917)の高潮水位に対応していたが、その後、我が国に史上最大の高潮被害をもたらした昭和34年(1959)の伊勢湾台風を契機に、同台風級の高潮(A.P.+5.1m)に対応できるよう計画を改正。すでに隅田川、中川、旧江戸川など主要河川については防潮堤などが概成しており、「高潮対策の防潮堤・護岸整備の進捗率は平成26年度末で95%」(東京都建設局河川部)だ。
荒川の洪水時の水位より低い東京の市街地 |
■スーパー堤防 まちづくりと一体整備
スーパー堤防及び緩傾斜型堤防実施計画状況図 |
東京都は、東部低地帯の主要5河川(隅田川、中川、旧江戸川、新中川、綾瀬川)のコンクリート堤防を、大地震に対する安全性を高め水辺環境を向上させる目的で、順次スーパー堤防や緩傾斜型堤防へ改築を進めている。
スーパー堤防は、背後地の再開発事業などまちづくりと一体的な整備を行っており、平成26年度末までに16.2kmが完成し、27年度には「11地区で着手」(東京都建設局河川部)している。
隅田川では、先行してテラスを整備し、ジョギングや水辺散策など都民に親しまれる場所として開放されているのも特徴だ。
東京東部は低地帯
水辺の魅力を活かした空間の創出(隅田川でのイベント) |
隅田川と荒川に囲まれた、江東デルタ地帯にとって不可欠な対策が「江東内部河川整備」事業だ。江東デルタ地帯内の「内部河川」では、かつて前述の地下水くみ上げによる地盤沈下に伴い堤防も沈下したため、堤防のかさ上げが繰り返し行われた。かさ上げした堤防は大地震に対して倒壊の可能性が高く、脆弱となり、対策が必要となった。このため、江東デルタ地帯でも特に地盤が低い東側地域は、水門などで河川を閉め切り、常に水位を低く保つ水位低下方式で河川環境にも配慮した河道整備を進め、比較的地盤高が高い西側地域は、既設堤防を河川側から支える「耐震護岸」を構築する整備を進めている。進捗率は平成26年度末でそれぞれ74%、77%となっている。
■江東デルタは海面下 地盤沈下を物語る標柱
江東デルタ地帯が海面より低い「ゼロメートル地帯」であり、過去の地下水くみ上げで大きく地盤沈下したことが一目で分かるのが、江東区内の「南砂町地盤沈下観測所」の標柱だ。一番高い場所にあるのは、地域を守る「堤防の高さ」。2番目に高い位置にあるのが、過去最高水位を記録した大正6年の台風時。上から4番目にあるのは大正7年時の地表面。明治後期から大正・昭和にかけてこの一帯で進んだ工業化によって地盤沈下が進んだことがよく分かるモニュメントとなっている。
■東部低地帯 治水対策で浸水戸数14万戸がゼロに
高潮堤防や水門の整備が遅れていた場合の、 赤い範囲が浸水被害想定地域 |
東京の東部低地帯で高潮対策を進めていなかったら、どうなっていたのか。治水対策の効果について、東京都建設局河川部がまとめたパンフレット『東京を守った高 潮堤防や水門 平成13年台風15号の記録』によると、平成13年(2001)9月に東京都心を通過した台風15号は、気圧、東部低地帯の水位(A.P)ともに、昭和24年(1949)8月に甚大な被害をもたらしたキティ台風(死傷者122人、浸水戸数約14万戸)とほぼ同じ規模だった。ただひとつ違うのは、高潮防御施設が出来ていたため2001年台風15号による浸水戸数と死傷者いずれもがゼロだったことだ。
パンフレットでは、「もし高潮堤防や水門整備が遅れていたら」として被害想定地域と被害を試算している。
具体的には、想定被災人口は約260万人、想定被害家屋約110万戸、想定被害額約40兆円、影響を受ける地下鉄路線数は9路線に上るとしている。(いずれも当時の想定値)
* A.P.は Arakawa peilの略。peilはオランダ語で「基準」の意味。A.P.は隅田川支川の亀島川河口付近にある霊岸島量水標の零位を基準とする水位。荒川や多摩川、中川などの水位の基準になっている。
一方、海抜を示す「T.P.」(東京湾中等潮位)は東京湾平均海面を意味する。A.P.零位=T.P.零位-1.134m。
備えよ「首都直下」
このほか東京都は、「地震・津波に伴う水害から300万人の命と暮らしを守るために」をスローガンに、堤防や護岸、水門・排水機場などの耐震・耐水対策にも着手した。東日本大震災の発生を踏まえ、東京都防災会議で想定された首都直下地震等の最大級の地震に対するもので、「東部低地帯の河川施設整備計画」に基づく事業である。
具体的には、33年度までに、堤防約86kmと水門・排水機場など全22施設の耐震・耐水対策を実施。このうち緊急性の高い水門外側の防潮堤約40kmと全ての水門・排水機場などは平成31年度までに完了させるため優先的に整備を進めている。水門や排水機場などでは、水害から電気設備を守るために設備機器を高所へ移設したり水密性を高めるほか、大地震時にも水門が稼働するよう門柱をコンクリートで巻き立てるなどの耐震対策を行っている。
東京都建設局河川部の冨澤房雄低地対策専門課長は、水害の脅威にさらされてきた東部低地帯において、「高潮や大地震時の安全・安心のための河川事業は着実に進んでいる」としたうえで、「低地河川整備は、水害に対する更なる安全性の向上を図るとともに、人々が集い賑わいが生まれる水辺空間を創出するための取り組みを進めている」と強調。
さらに、発注者にとって大きな問題でもある入札不調への対応についても、「これまでも進めている発注の平準化をはじめ、不調原因をヒアリングしてより実態に合った設計内容に見直すこと、見積もり積算方式の活用など工夫していきたい」と建設産業界に理解を求める。
■「いつ、誰が、何をするか」 荒川下流タイムライン 時間軸を見える化
東日本大震災や首都直下地震被害想定などを踏まえ、大規模地震への備えとして河川整備を進めていても、近年の気候変動を受けた局所的ゲリラ豪雨や台風に対して、東部低地帯を抱える首都・東京をどう守るかについては、別の視点と対応が必要不可欠になっている。
その手本となったのが、巨大台風に伴う、米国関係機関の時間軸に沿った防災行動計画(タイムライン)実践だ。米国史上最大の都市被害をもたらしたハリケーン「サンディ(平成24年10月)」では、時間ごとに行政や関係各機関が行うべき対応に取り組んだ。その結果、人的・物的被害を最小限にとどめることができ、早期復旧が図られた。
この米国の例について国土交通省らが現地調査を行い、国交省は日本でもタイムライン導入の検討を開始した。そして日本でのタイムライン導入の先導例として、国交省関東地方整備局荒川下流事務所を中心に、東京都、警視庁、消防庁、北区、板橋区、足立区、東京メトロ、JR東日本、東京電力、NTT東日本など行政や関係各機関が参加して平成26年に発足したのが「荒川下流タイムライン検討会」だ。
同検討会は27年5月に全国初のタイムライン(試行案)を公表、さらにことし6月からは荒川下流の全域を対象にした運用を開始する。
岩淵水門横から隅田川を望む(右端から合流するのは、新河岸川)。 ここから隅田川が始まる。荒川下流タイムラインでは、 河川氾濫想定時には破堤半日前に岩淵水門閉鎖を予定している |
タイムラインは、氾濫・破堤までの5日間をイメージした表によって、それぞれの関係者がどのような対応をするか時間軸ごとに分かりやすく明示、行政・関係機関の対応の〝見える化〟をしているのが最大の特徴だ。見える化によって例えば、建設企業など災害協定企業と事前協議・準備から応急・復旧対策までタイムラインという共通の時間軸をそれぞれの関係者が共有して対応を実践するため、資機材や人員体制などの確保でスピード感が生まれるなどの効果も期待できる。