物流拠点など多様な企業誘致も着々
多摩地域の自治体のなかでも八王子市(石森孝志市長)は、事業所数が1万8384事業所(総務省の2012年経済センサス・活動調査)で1位、製造品出荷額では5位に位置する有力な工業集積地であり、市内に21の大学・短期大学、高等専門学校が立地する学園都市の顔を持つ。
人口58万人、ものづくりを支える中核都市・八王子市は、新たな流通・産業拠点として「川口地区物流拠点整備事業」や「八王子みなみ野シティ」への企業立地に力を入れる。平成27年(2015)3月の寒川北インターチェンジ(IC)~海老名ジャンクション(JCT)開通によって、湘南から東名高速、東北道までが圏央道でつながった。これによるさまざまな整備効果(インフラストック効果)が、八王子市を「攻めの地域づくり」に乗り出させた大きな理由だ。
多摩地域全体の活性化を目指す
八王子市は、企業誘致のために他自治体も採用している企業立地支援制度を、平成16年度(2004)から導入、「平成27年度までに94件を指定、4800人の雇用と104億円の税収増につながった」(同市産業振興部)。
特に近年の企業立地は、「複数の食品メーカーや光学メーカーの研究開発拠点の立地が目立つ。ある光学メーカーは八王子市内の研究開発拠点を強化、これまでの3000人体制から6000人まで拡大する見込み」(前同)。グローバル展開する製造業は、研究開発拠点と重要な基幹部分の製造拠点を統合した施設、いわゆる"マザー工場"の整備を国内に進める傾向がある。同市の企業立地目標(累計)は、「平成29年度までに90件、34年度までに125件だったが、すでに29年度目標は前倒しで達成。順調に推移している」と胸を張る。
八王子市に企業立地が進む背景には、同市が圏央道と中央道の結節地点で、道路ネットワーク整備効果を最大限享受できる地域であるほか、「道路だけでなくJR中央線、横浜線、八高線、さらに京王線も走り、鉄道による利便性がある」(同市都市計画部)。
東名高速から東北道までをつなぐ圏央道の整備は、八王子市内の道路渋滞緩和にもつながっているという。同市都市計画部交通企画課によると、「定量評価はしていないが、圏央道によって市内を通過する大型車両は確実に減少、市内の渋滞が減少し、市内路線バスの定時性は向上している」と、「さがみ縦貫道路(圏央道の神奈川県内区間)整備のストック効果」(国土交通省と中日本高速道路会社が平成27年5月に発表)と同様の効果が、八王子市にもあることを強調する。
「さがみ縦貫道路整備のストック効果」には、八王子市内の国道16号線と、それに並行する八王子バイパスの朝夕の交通量が、圏央道整備によって約8%減少、平均所要時間も3割改善し定時性向上につながったことが明記されていた。
八王子市が今、道路ネットワーク整備のストック効果を最大限生かすために力を入れているのが、圏央道八王子西IC近くに新たな物流拠点を整備する「川口地区物流拠点整備事業」だ。近年、物流拠点は、自動車専用道路である圏央道と、東京を起点に放射状に伸びる自動車専用道の結節点や、圏央道の内側で神奈川から東京、埼玉、千葉まで、都心を中心に半円を形成する国道16号線沿いに、物流拠点が整備されている。
八王子市は、物流拠点整備で先行する神奈川や埼玉など他県自治体を追いかける形となる。それでも同市拠点整備部基盤整備推進課は、「圏央道と中央道の結節点であることは、首都圏のさまざまな都市や空港、港湾への連絡がよく、物流施設立地には最適。さらに内陸の高台であることから、将来の発生が予測されている首都直下地震など大規模災害発生時の緊急物資の輸送拠点としても広域的な機能を果たせる」と、大規模災害発生時の被害想定が都内のなかでも低いこともアピールする。東日本大震災を契機に各企業が事業継続計画(BCP)対応強化を進めるなかで、設備投資を行う地域としての優位性を強調した形だ。
しかし物流拠点整備ではライバルも存在する。神奈川県の主導で、ロボット関連産業の集積地域をめざす「さがみロボット産業特区」が取り組みを開始、物流施設などの民間投資増加やリニア中央新幹線の新駅設置を地域活性化につなげる神奈川県・相模原市が隣接自治体として存在する。
八王子市は、「企業の誘致競争は激化しているが、多摩地域周辺全体の活性化という視点でも取り組んでいきたい」と話す。
※圏央道とは | 首都圏3環状道路のひとつ。都心から半径およそ40㎞から60㎞の位置に計画されている、総延長約300㎞の自動車専用道路。首都圏の慢性的な渋滞の緩和や環境改善、沿道都市間の連絡強化が目的。 1985年に一部事業化後、順次開通し現在までに約8割が完成している。 |
さがみ縦貫道路のストック効果
都心経由から圏央道へ大転換 沿線地の民需拡大と雇用
さがみ縦貫道路(圏央道)のストック効果に最も好影響を与えたのが、東京と東京以西を結ぶ一大幹線道路ネットワークの東名高速と中央道を結ぶ、高尾山IC~相模原愛川IC開通だ。延長14.8㎞の同区間が平成26年(2014)6月に開通したことで、現在では東名高速、中央道、関越道、東北道が圏央道によってつながった。
東名高速を始めとする都心から放射状に伸びる自動車専用道が、圏央道と結節したことで、物流関係の広域交通の流れが劇的に変わったことが、明らかになっている。東名高速と中央道を結ぶ圏央道の開通前は、東名高速と関越道間を乗り継ぐ交通量の約9割が、首都高速や環状8号線などを使う「都心経由」だったが、開通後は8割が「圏央道経由(開通後3カ月後調査)」へと大きく転換、都心への車流入量が大幅に減少したことで、都心の渋滞緩和につながった。
圏央道と主要自動車専用道がつながる効果は、圏央道沿道の各都市にも及び、物流施設や向上立地といった民間投資拡大と新たな雇用創出ももたらしている。神奈川県内でその代表例が相模原市だ。リニア中央新幹線の新駅設置も予定され、ロボット産業集積地として企業立地数が2年間で倍増し、新規求人数も3年間で約3割増加した。道路、鉄道など既存インフラのストック効果とリニア新駅をてこに、産業集積と定住人口を拡大する地域づくりは、「相模原モデル」として関心を集める。
地理的距離に比べて長かった南北方向の時間距離が、さがみ縦貫道路開通により短縮され時間地図の歪みが改善された。
所要時間は、県道以上を利用した場合の最短時間。整備前はH6センサスの混雑時旅行速度、整備後はH22センサスの混雑時旅行速度(圏央道は設計速度)を用いて算出。 |
八王子市 交通網生かしたまちづくり
道路、鉄道で拠点と沿道をつなぐ
日本の人口や労働人口の減少が進むなかで、各自治体は地域の維持と活性化に腐心する。インフラのストック効果を生かして、産業集積だけを進めても、魅力的なまちづくりは実現しないからだ。国土交通省など国は地方創生のための新たなまちづくりとして、「コンパクトシティ+ネットワーク」を打ち出している。その背景には都市ごとの機能を集約、一部は都市間ネットワークで機能を分担し合うという、人口減と高齢化を前提にした新たなまちづくりが今後必要不可欠との判断がある。
そのため、圏央道と中央道の結節地点の優位性を生かし、新たな物流拠点整備事業と、企業の研究開発・製造拠点などの誘致を進める八王子市は、平成27年(2015)、市内に点在する商業や住宅、産業などさまざまな拠点を鉄道や道路、モノレールなどの交通ネットワークで結ぶ、「拠点・沿道ネットワーク型」都市構造をめざす「八王子市都市計画マスタープラン」を公表した。20年後の都市の姿を見据え、総合的・計画的に都市づくりを行うことが目的だ。
産業拠点、高尾山など観光拠点、医療拠点や多摩ニュータウン、八王子ニュータウンなどの道路ネットワークを強化し、隣接自治体に設置されるリニア中央新幹線新駅と八王子市内をつなぐアクセスを向上させるなど、広域道路網を充実させるのが大きな柱だ。
若者呼び込む シティプロモーション権
定住人口拡大へ若者に魅力発信
八王子市のシティプロモーションでは、市内外の若年層と大学生をターゲットと設定。ターゲットに合わせた魅力を組み合わせて発信する(出典:八王子市シティプロモーション基本方針) |
地域の持続的発展に向けた取り組みとして、自治体で広がり始めた「シティプロモーション」。八王子市も昨年、基本方針を策定した。学園都市でもある八王子市が、まちの魅力を発信するシティプロモーションに着目したのは、「大学生を含む市内外の若い世代にまちを好きになってもらい、継続的な関わりをつくる」(同市)のが狙いだ。地域の自治体が今後も持続的に発展するためには、企業立地などの産業集積や商業・観光など魅力的地域づくりを通して、交流人口を増加させるだけでなく、定住人口の維持・拡大を図る必要がある。特に若者の定住人口を増やすことは、地域内の高齢化率抑制と地域の活力につながる。
そのため、市内の若年層、市外の若年層、市内の大学生の3つをターゲットに、それぞれの戦略と魅力分析を含め、八王子市の多様な魅力の情報発信を始めている。