5河川機能の相互融通
高度成長期を迎えたころには、台風などによる大規模な水害に見舞われていた隅田川以東の東部低地帯だけでなく、都市化が急速に進んだ区部西部も大きな浸水被害を受けるようになった。
東京都建設局河川部計画課は昭和33年(1958)9月の狩野川台風を、中小河川の整備に本格的に取り組むことになった契機として挙げる。死者203人、浸水家屋46万棟に及ぶ戦後最大の水害だ。「昭和40年代から時間50㎜対応のための改修を開始。その結果として50㎜対応整備率(護岸整備率)は平成27年度末までで66%。調節池整備効果を加えた治水安全度達成率は79%と約8割まで達成した」(計画課)。
「川幅を広げること(河道拡幅)と、川底を掘り下げること(河床掘削)で断面を大きくする」(同)のが東京都の中小河川における時間50㎜対応整備の基本。当然、川の流量を上げるこうした改修は、新たな周辺用地の取得を必要とする。だが、「下流から上流へ護岸改修を進めるにあたり途中で用地を確保出来なかったり、地下鉄など公共インフラが存在したりと、用地取得が河道整備のネックになるケースがある」という。
その打開策が、ネックとなっている部分の上流で、あふれ出る雨水を一時的に貯留する「調節池」や、ネック部分の流量を軽減する「分水路」の整備だ。すでに完成した調節池は都内で10河川、24ヶ所あり、195万7700㎥の貯留量がある。さらに現在整備中の5河川、5ヶ所分が完成すれば、256万700㎥まで貯留量が拡大する。
約54万㎥と最大の貯留量を誇る調節池が、環七通り地下約40mに整備された延長約4.5㎞、内径12.5mの地下トンネル「神田川・環状七号線地下調節池」だ。この地下調節池は、「神田川」「善福寺川」「妙正寺川」の3河川からあふれ出そうな雨水を取り込み、各河川下流の氾濫を防ぐ。神田川から取水が可能になった第一期(延長2㎞、平成9年供用開始)と、善福寺川と妙正寺川から取水する第二期(延長2.5㎞、善福寺川は平成17年に、妙正寺川は平成19年に供用開始)に分かれているが、第一期供用開始以降から、浸水被害防止などのインフラストック効果は如実に表れている。
平常時 |
洪水時 |
75㎜対応の新規投資初弾
改定した東京都豪雨対策基本方針で目標整備水準を時間50㎜から区部75㎜、多摩部65㎜に引き上げたことについて、計画課は「50㎜対応は川で流す河道整備や調節池等の整備が基本。しかし50㎜以上に引き上げた部分は、調節池で貯めることが対応の柱」と説明する。さらに新たな対応は75㎜対応ながら、「時間100㎜の局地的かつ短時間の豪雨にも効果が期待できるレベルアップ整備」だ。
この新たな対応の初弾として、今年度から工事着手が予定されているのが、すでに稼働している「神田川・環七地下調節池」と、目白通り地下で整備が進む「白子川地下調節池」を連結する、新規調節池(延長約5.5㎞、貯留量68万㎥)だ。主に都道という公有地の地下を通すため用地取得という費用負担が少ないのも特徴。平成37年度完成予定の新規調節池が完成すれば、環七通りから目白通りの下に延長約13㎞、約140万㎥の貯留量を誇る、地下トンネル「環状七号線地下広域調節池」が誕生することになる。
13㎞の地下トンネルは、神田川、善福寺川、妙正寺川、石神井川、白子川の5河川をつなぎ、限られた地域に集中的に雨をもたらす「局地的集中豪雨」に対しても、調節池機能の流域間相互融通による高い河川氾濫防止効果が期待されている。
東京都では今年度、75㎜対応として初弾の環七地下広域調節池のほか、▷石神井川城北中央公園調節池、▷善福寺川和田堀公園調節池、▷野川大沢調節池、▷境川金森調節池の計5事業に着手するほか、来年も境川木曽東調節池と谷沢川分水路の2事業の着手を予定している。
戦後最大の被害をもたらした狩野川台風をきっかけに、それまでの時間30㎜対応から50㎜対応に転換、さらに近年の気候変動などで局地的で短時間の集中豪雨にも備えるため、75㎜対応を目標として局地的かつ短時間の100㎜降雨にも効果を発揮する新たな豪雨対策を始めた東京都。今後の豪雨対策について、「50㎜対応と同様、75㎜対応も長いスパンで取り組む。ただ局地的・短時間集中豪雨が頻発していることから、先行的・重点的に取り組むべきところから取り組んでいきたい」と話す。
東京都豪雨対策基本方針(改定) 年超過確率1/20規模降雨にも備える
河川・下水道整備促進で安全・安心を確保
東京都は平成26年6月、「東京都豪雨対策基本方針(改定)」を策定・公表した。おおむね30年後という長期の豪雨対策として、区部は1時間当たり75㎜、多摩部は同65㎜までは床上浸水などを防ぎ、目標を超える降雨に対しても生命の安全を確保することを目標に掲げた。これまで東京都は、1時間当たり50㎜降雨に対応する、河川整備と下水道整備を進めてきたが、近年はこれまでの計画降雨(時間50㎜降雨)を超える豪雨がもたらす浸水被害や、100㎜を超える豪雨に見舞われたことなどから、新たな豪雨対策の必要性が高まっていた。
改定された豪雨対策基本方針は、①降雨特性を考慮して目標降雨を設定、②河川・下水道整備での「対策強化流域」と「対策強化地区」の設定、③大規模地下街の浸水対策計画の充実など、減災対策の強化、④オリンピック・パラリンピック開催時及び平成36年度までの取り組み設定――の4点について見直した。
具体的には、目標降雨について降雨に対する安全度を区部と多摩部を一律にしたうえで、「年超過確率1/20規模の降雨」に設定した。この年超過確率1/20規模の降雨に対応したのが、「区部時間75㎜、多摩部時間65㎜」だ。一律の設定で区部と多摩部の時間降雨量が違うのは、東京管区気象台(大手町)では「1時間雨量が多く、24時間雨量は少ない」、一方、八王子観測所は「24時間雨量は多く、1時間雨量は少ない」という、区部と多摩部の降雨特性の違いが理由だ。
区部75㎜、多摩部65㎜へ設定を引き上げたことで、河川や下水道などの豪雨対策の対応も変わりそうだ。これまでの時間50㎜に対応する事業の大きな柱は、河川の川底を掘り下げたり川幅を広げるなどの河道整備、調節池や分水路整備、下水道管整備、そしてポンプ所整備といった流下施設整備だった。しかし設定を75㎜・65㎜まで引き上げると50㎜対応の流下施設整備だけでは対応できない。
そこで浮上したのが「貯留施設」と「流域対策」だ。河川では河道整備などの流下施設整備で時間50㎜対応を確保するが、残りのうち時間10㎜分を公共・民間施設の貯留浸透ますなど施設整備や公園緑地整備といった雨水流出抑制の「流域対策」で、さらに神田川・環状七号線地下調節池などや下水道の雨水調整池など貯留施設整備で時間15㎜(多摩部は時間5㎜)分を補うことで、引き上げた時間当たり目標水準をクリアする考えだ。
また都心部では、ゲリラ豪雨と呼ばれる豪雨対策も必要になっている。目標とした降雨量を一時的に大幅に超える雨が降り、雨水が大規模地下街や地下鉄など地下構造物に流れ込む「内水氾濫」の防止が焦眉の課題となりつつあり、東京都は対策強化地区を定めて対策の強化を進めている。
■年超過確率1/20とは
年超過確率は河川整備の計画規模で使われる。毎年1/Nの確率で○㎜以上の雨が降ることを意味するもので、厳密にはN年に1回だけ降る降雨という意味ではない。
今回、東京都が改定した計画で設定した、年超過確率1/20規模の降雨である75㎜(区部)以上の雨まで対応といった場合、年間5%の確率で75㎜以上の雨が降ることを意味する。
ただ、20年の間に降る確率は、
1-(19/20)2020=64%
となり、100%ではない。なお、この確率計算式では30年以内の確率は79%、10年以内の確率は40%となる。
年超過確率1/20規模の降雨とは、20年に1回必ず発生する降雨という意味ではないが、一方で20年の間に複数回発生する可能性もあるということに注意しなければならない。
都市部の豪雨・内水氾濫 下水道施設も被害防止
浸水対策5年で3200億円
東京都区部の豪雨浸水対策の役割を河川整備とともに担っているのが、下水道施設だ。都市化によって下水道への雨水流入量は増加している。そうした雨水を一時的に貯める、雨水調整池や雨水貯留管(地下トンネル施設)が下水道施設の浸水対策の大きな柱となっている。東京都下水道局では、平成25年の豪雨対策下水道緊急プラン、26年の東京都豪雨対策基本方針改定を受け、時間75㎜対応の地下街対策・市街地対策などに、今年度から32年度までの5年で3224億円を投じる浸水対策事業を開始している。
下水道事業にとって台風や集中豪雨などに対する浸水対策でも、「下水を処理して河川や海に流すのが基本」(東京都下水道局計画調整部)であることに変わりはない。このため雨水流入量増加分を一時的に調整池や地下貯留管に貯めた場合でも、この雨水は同じ仕組みで処理して河川や海に流している。現在、区部の下水道浸水対策用の雨水調整池、雨水貯留管は合計約60万㎥の貯留能力がある。しかしこのキャパシティだけでは、時間75㎜に対応できないとして新たに、①蛇崩川幹線の増強施設(目黒区上目黒、世田谷区弦巻)、②呑川幹線の増強施設(目黒区八雲、世田谷区深沢)、③洗足池幹線の増強施設(大田区上池台)、④千川幹線の増強施設(文京区千石、豊島区南大塚)――の4地区で雨水貯留管等を新設する。
このうち蛇崩川幹線増強施設は、既存下水道管の下に新たに「径5m、延長6㎞の雨水貯留管等(地下トンネル)を構築する」(下水道局計画調整部)。さらに、「洗足池幹線の増強施設と合わせ今年度は2施設に着手する」予定だという。
雨水貯留管としては、環状七号線地下調節池ととともに善福寺川と神田川沿いの浸水被害抑止効果を発揮している、地下50mの大深度に径8.5m、延長2.2㎞、貯留量15万㎥の「和田弥生幹線」が代表例だ。
75㎜施設整備では、このほか地下街対策地区として、▷渋谷駅東口(貯留施設)、▷東京駅丸の内口(貯留施設)、▷新橋・汐留駅(下水道管の増強)▷銀座駅(貯留施設)、▷上野・浅草駅(下水道管の増強など)のほか、取り組みが完了した新宿駅、渋谷駅西口、池袋駅、東京駅八重洲口の4地区を含む9地区が対象となっている。
都心地下では最大級の下水道施設「第二溜池幹線」。番町、溜池、赤坂地区などの抜本的な浸水対策として建設された。 |
これまでの下水道の浸水対策の効果として、下水道局計画調整部は、「雨水貯留管等を整備した練馬区中村地区などでは、平成11年8月の時間49㎜降雨で19棟の浸水被害が発生したが、平成25年9月の時間47㎜降雨では浸水被害がゼロだった」と説明。加えて、「今後も流す+貯める+浸み込ませるという基本的考え方は変わらない」としたうえで、「既存施設をいかに延命化させ、新たな対応をどうするかという、ストックマネジメントの考え方が必要だ」と強調する。