安倍晋三政権の経済成長戦略の大きなハードルであり、建設産業界の今後にも影響を与えかねない「人口減少問題」。政府の経済財政諮問会議のもとで、人口問題の検討を行う専門調査会として発足した「選択する未来委員会」は2014年11月、人口急減・超高齢化社会・東京への人口流出が続いた場合、社会保障や国・地方の財政持続性危機につながるとした提言を公表した。将来への警告をともなった提言は、現状の出生率が続いた場合、日本の人口は2010年の1億2806万人から50年後の2060年には8674万人まで急減。さらに人口の4割が65歳以上という超高齢化社会に直面すると試算。その結果、労働力人口減少⇒経済成長の鈍化⇒地域社会の縮小⇒社会保障や国・地方の財政持続性危機につながると警鐘を鳴らした。さらに、市場規模・経済規模などの縮小を加速させる縮小スパイラルは、地方圏の4分の1以上の自治体の行政機能をマヒに追いやりかねないことも指摘した。
この「人口減少」に伴う労働力人口の減少と超高齢化問題は、日本の基幹産業の1つである建設産業にも波及する。日本建設業連合会は、今後10年間で技能労働者約340万人のうち約110万人が高齢化により離職すると試算。担い手確保・育成と生産性向上で対応する機運が、建設産業界と国土交通省を始めとする発注行政・産業行政に広がった。国土交通省は、建設現場の生産性革命として、「i-Construction(i-Con)」を打ち出した。昨年9月、政府の「未来投資会議」で安倍首相は、「初弾として第4次産業革命による建設現場の生産性革命へ向け具体的方針を決定」、「現場の生産性は2025年までに20%向上させるよう目指す」、「3年以内に橋やトンネル、ダムなどの公共工事の現場で、測量にドローンを投入し、施工、検査に至る建設プロセス全体を3次元データでつなぐ、新たな建設手法を導入する」ことを表明。それを受けて個社だけでなく業界団体も含めた、生産性向上と担い手確保・育成への取り組みや、国交省のi-Con進展が加速し始めている。
こうした状況を踏まえ、本誌では今年度の巻頭企画として「生産性向上」と「担い手確保・育成」をキーワードに新たなシリーズ「建設業 未来をつくる」をお送りします。
生産性向上、人材確保は必須
休みが取れて安全な仕事へ
―建設業に対する認識は
建設業とは、直接、社会に貢献できる素晴らしい職業であり産業であるということだ。そもそも建設業はインフラの「作り手」であり「守り手」であり、災害時対応でもなくてはならない存在。その意味で、建設業そのものが地域のインフラと言える。
ただ一方で、建設業は不人気業種だという認識を持つことも必要だ。問題は少子高齢化に伴い若い人(若年労働力)が減少する一方、数ある職業のなかで、建設業は人気のある業種とは言えない。何か手を打たないと状況がさらに厳しくなる可能性は高い。
―今後どのようなことが必要ですか
まず我々に求められているのは、社会資本の整備・管理のサービスレベルを落とさないことだ。計画的整備や維持管理あるいは防災対応のサービスレベルを落とさず、今後予想される社会変化にしっかり対応することが我々の役割となる。
また、何もしなければ建設業の就業人口は激減するから、①必要な就業人口を確保、②生産性を上げる、の2つが不可欠であり、この2つの取り組みでインフラのサービスレベルを維持したい。どちらか1つが欠けてもサービスレベルを維持することはできない。
法律や全国共通の制度をつくるのは本省の役割であるのに対し、整備局には現場で発注・工事・管理のプロセスを実行するという役割がある。昨年9月に公表した「“地域インフラ”サポートプラン関東2016」(以下、「サポートプラン」という。)はこれらの必要不可欠な2つの取り組みを支援する実行計画と言える。
―生産性向上と担い手確保へ整備局は何をしますか
生産性向上では、国交省全体として位置づけをした「生産性革命前進の年」のリーディングプロジェクトでもあるi-Conがある。
ICT土工だけがi-Conであるかのようなイメージを持つ人がいるが、それは全く違うということをまず強調したい。調査・測量から工事、管理までを3次元データで串を刺すことがi-Conの本質だ。
その上での話だが、ものごとを進める場合、通常は「議論」をしたうえで「実行」するが、i-Conは議論ばかりしていても現場でものを見ないと進まない。平成28年度は管内で79件の工事が進められているが、施工するだけでなく見せていくことが大事、イメージや理屈だけでは進まないという考え方のもとに、現場でICT土工を見て体験する「ICT体験講座」を、管内5県で実施している。各県建設業協会の協力を得て、視察やデモンストレーション、技術普及の場として活用している。
一方で、実行(工事)だけ進めていても議論が先細りになってしまう。やみくもにやるだけではだめで、業界(受注者)がi-Con推進へ向けてモチベーションを持ってもらわなければどうしようもない。現段階では、地域の建設業の中にはICT土工など生産性向上への取り組みに関心が薄い方々がいらっしゃるのも事実。
そこで、発注者として情報や課題を共有し、問題解決するために、関東ブロックの21の発注機関が集まり推進協議会を設置して議論を進めている。すでに地方公共団体からのICT土工導入に伴う増額分の手当てに関する問題提起についても、補助金等で対応することが可能となるなど、具体の成果が出はじめている。このように発注者全体で生産性向上への取り組みをやりやすくする環境づくりが必要となる。
一方、我々の取り組みで重要なカギを握る受注者との意見交換も欠かせない。すでに都県別に推進連絡会を設置し都県建設業協会と地域毎に意見交換を始めている。推進連絡会は平成28年度内にすべての都県で設置した。
―担い手確保への取り組みについては
技術は人がつないでいくという点からも、担い手確保は大事だし、一生の仕事でやりがいのある職場だと思ってもらうことは必要。それでも精神論やイメージアップだけで人は集まらない。休みが取れて安全な仕事であることが望ましい、というよりは前提として考えなければならない。その意味で、担い手確保のカギは、「休み」と「安全」の2つだ。
「休み」については、これまでの週休二日モデル工事は課題を抽出することが主な目的だったが、新たに発注者から工事工程表を参考資料として提示することを加え、受発注者の考えを共有することで、より週休二日の可能性を高めるようにした。これはサポートプランにも位置づけているが、元々はひとつの出先事務所が行っていたものを管内の事務所に横展開したもので、モデル工事として20件まで広がっている。
もうひとつのカギである「安全」は、施工者の取り組みが基本。しかし、事故情報が当事者だけでクローズすると全体としての改善が期待できない。そこで、ひとつの支援策として、業界全体で事故の危機感を共有し、安全への取り組みを再確認してもらうため、関東地整発注工事で発生した事故情報を建設業協会に発信している。プッシュ型で送るところが肝だ。
また、PRという面では、整備局の情報発信力の強さを活かし、技術でなく技術者、すなわち「人」に焦点を当てた紹介コーナーを整備局ホームページに設けている。現在90人の技術者の思いが披露されている。
猶予期間は少ないとの認識を
―大手・準大手や地元企業それぞれへの今後の期待は
地元企業については、意見交換をするとi-Conに対して慎重な見方をされる経営者の方たちが確かに残っている。しかし現状と将来をどう楽観的に見ても、i-Conが標準になることは避けて通れないし、皆さんの対応が揃うまで待っているということは、あり得ない。はっきり言って猶予は余り残っていない、この道しかないということだけは認識してほしい。
大手・準大手企業の方々には、自社の技術を磨いてもらうのは当然だが、地元企業まで含め業界全体を牽引していくことも考えてほしい。
これは我々も含めての話だが、これまでは「なんとか ならないのか」という他人任せの意識があったのは事実だ。これを、それぞれが「なんとか しなければ」という主体的な意識に転換しなければ、さまざまな取り組みは進まないということを認識すべきだ。我々を含め、みんなが主体的に考えなければならない時に来ている。
担い手確保について精神論だけではだめだという話をしたが、それでも最後はどれだけ人の役に立てる仕事か、社会貢献の意識を持つことが必要だということは強調したい。イメージだけ良くても中身がひどければ人は確保できない。イメージと中身の両方で魅力が必要だ。
“地域インフラ”サポートプラン関東 2016
1.担い手の確保・育成
《直ちに始めるもの》
取組① | 休暇が取れる現場を目指し、新たに発注する「週休2日制確保モデル工事」において、「工事工程表の開示」をセットで行います。【新規】 |
取組② | 安全な工事現場に向けて、都県の建設業協会等と連携し「工事事故情報の配信」を開始します。【新規】 |
取組③ | 災害活動や担い手の確保・育成に取り組む企業を表彰し、評価対象とする「災害対応、担い手の確保・育成貢献工事表彰制度」を拡大します。【拡大】 |
取組④ | 担い手の中長期的な育成・確保を目指した35歳以下の「若手技術者の活用」等の評価形式の試行を拡充します。【拡大】 |
2.生産性の向上(工事の各段階での省力化)
《直ちに始めるもの》
取組① | 受発注者双方の入札・契約事務手続きの省力化を図る「簡易確認型」を本格実施します。【新規】 |
取組② | 工事内(工期内)での平準化を図るため「余裕期間制度」を積極的に活用します。【拡大】 |
《準備を進め、順次始めるもの》
取組③ | i-Constructionの取組を更に推進します。具体的には、管内の地方公共団体(都県、政令市)や独立行政法人等をメンバーに協議会を設置します。【新規】 また、ICT土工に意欲のある建設業者向けに、整備局のICT活用施工現場において、ICT体験講座を実施します。【新規】 i-Constructionの最新動向をタイムリーに提供するため、HPを拡充します。【拡大】 |
取組④ | 施工時期を平準化することにより、建設業の生産性の向上を図るため、平準化の目標の設定を行い、フォローアップを進めます。【新規】 |
取組⑤ | 必要な工事書類を効率よく作成・保存することを目指し、都県の建設業協会と共同で「書類スリム化点検」を行います。【新規】 |
3.広報活動
《直ちに始めるもの》
取組① | 建設現場で働く技術者にスポットをあて、建設業の魅力を伝えるサイト「技術者スピリッツ」を開設し、建設業のイメージアップを支援します。【新規】 |
取組② | 設計変更ガイドラインの浸透を図るため「設計変更ガイドライン活用ガイド」を作成・配布します。【新規】 |
《準備を進め、順次始めるもの》
取組③ | 工事受注者(下請企業を含む)が、建設業のイメージアップや新たな担い手の確保のために行う現場見学会を積極的に支援します。【新規】 |