熊谷組が早くから取り組んできた「無人化施工技術」とは、作業する場所から離れて無線通信で建設機械を操作し施工する技術の総称。同社は平成6年の雲仙普賢岳(長崎県)での試験工事以来、20件以上の実績を積み重ねてきた。
平成28年4月、熊本地震によって土砂崩れが起き、阿蘇大橋落橋などの被害を及ぼした。斜面崩壊の拡大を食い止めるための「阿蘇大橋地区斜面崩壊緊急対策工事(発注者・国土交通省九州地方整備局)」で、熊谷組の『ネットワーク対応型無人化施工システム』に白羽の矢が立った。
熊谷組土木事業本部ICT推進室の北原成郎室長は、「無人化施工が応札のひとつの条件だった。いかに早く着工できるかが受注のカギだった」と振り返る。対岸を結ぶ橋梁の落橋をもたらした斜面崩壊は、崩壊土量50万m³、崩壊長さ約700m、幅約200mに渡った。斜面上部には多量の不安定土砂が残り、余震や降雨が起こす更なる崩落による二次災害を防ぐためには、緊急的対策が必要だった。
従来型の無人化施工では、無線環境の設定に時間がかかったり、広範囲で建設機械を稼働させるために無線局の切り替えが必要となる。多数の建設機械を安定して動かすためには無線の混線を防がなくてはならない。
阿蘇大橋地区斜面防災対策工事の無人化施工で熊谷組は、操作用、映像用、情報用などに分かれていた無線通信をデジタル化し、無線LANで伝送する『ネットワーク対応型無人化施工システム』を導入した。北原室長は、「赤松谷川11号床固工工事(長崎県)で導入した光ファイバーを阿蘇大橋の現場でも適用。当社の無人化施工技術に関する要素技術を集大成した形となった」と話す。操作室と中継局を光ファイバーケーブルでつなぎ、中継局と無線局はLANケーブルと高速無線に、無線局と作業エリアは無線LANにすることで、長距離の大容量伝送が可能になった。建設機械を動かすオペレーターが操作する操作室は、斜面崩壊の現場から1㎞下流の安全な場所に置かれた。
北原室長 |
同システムによって全ての情報は、安全な場所に設置された操作室で集中管理できた。マシンコントロール(※1)で盛土高さの自動制御、マシンガイダンス(※2)による設計の確認、また「水はけが悪い現地で降雨時の建機の操作は難しく、田んぼの上を走行するような状態だった。マシンガイダンスを応用し建機の姿勢を見やすく表示させて対応した」(北原室長)。
北原室長は今後の技術展開について、「次世代山岳トンネルシステムとして、吹き付けコンクリートの無人化などに転用していく」考えだ。「i-Conへの適応のみならず、災害対応として技術開発をしているのは企業としての社会貢献という側面もある。いずれにしても、今後どれだけ技術を磨けるかが大事になる」と展望する。
また無人化施工の最先端技術、「ネットワーク対応型無人化施工システム」導入の最大効果として北原室長は、「システムは熟練オペレーターの技量を2倍、3倍に伸ばすことができる」ことを挙げる。「そもそも現場の安全にはベテランの力が必要だが、オペレーターの力量を上げるためにも現場経験を積み重ねることも必要だ」と強調する。
用語解説 | |
※1 | マシンコントロール マシンガイダンス技術に建設機械の油圧制御技術を組み合わせて、3次元設計データの設計値に従って機械をリアルタイムに自動制御し施工する技術 |
※2 | マシンガイダンス 施工機械の位置情報・施工情報、施工状況と設計値の差を、車載モニタを通じてオペレーターに提供し、操作をサポートする技術 |
生産性向上最前線
施工力強化 工業化省力化 BIMの導入・現場力強化の教育 | |
ナカノフドー建設 |
生産性向上へ3つの取り組み |
(株)ナカノフドー建設が中期経営計画(2017年3月期から2019年3月期)で掲げた基本方針「将来の市場環境を見据え、競争力と収益力を更に強化し、国内と海外が一つになって新時代を切り拓く」。打ち出した基本方針の根底には、「生産性向上」と「業務の効率化」の取り組み強化がある。建設産業界の共通認識となっている、技能労働者不足と技術系社員・技術者の減少問題に対し、中堅ゼネコンであるナカノフドー建設は生産性向上と業務効率化への取り組みを通じてどのように問題解決をしようとしているのか。
タブレット導入は若手の意欲向上効果も
スタートした中期経営計画について、棚田弘幸取締役常務執行役員兼国内建設事業本部長は、「生産性向上と業務効率化への取り組み強化を中計の柱として据えている」と説明する。その根底には、「現場の技能労働者不足から生産性向上が不可欠となっている」状況があるからだ。
棚田取締役常務執行役員 国内建設事業本部長 |
松本国内建設事業本部 事業統轄部長 |
具体的な生産性向上と業務効率化への取り組み強化として、「1つ目はタブレット端末(iPad)活用、2点目は工業化・省力化工法の推進、3点目はBIMの導入と現場力強化のための教育」を挙げた。
タブレット端末は、IT推進の一環として前々期から試験的に取り組み、昨年(2016年)6月から現場の技術社員全員と内勤管理職に配布すべく取り組みを進めてきた。「一気に予定者全員に配布しても、ITスキルの違いで習得に差が出るため、昨年6月から段階的に配付している。今年1月段階では、現場の職員については配布予定人員の3分の2程度、内勤の配布予定人員の95%程度に配布し今年6月に残り予定者に配付する予定だ」(松本正雄国内建設事業本部事業統轄部長)。
タブレット端末を拠点や各現場に行き渡らせたことで、データのグループ化や図面や写真の共有化が進んだ。データの共有化によって「拠点から現場を訪れる場合、事前にタブレットで図面や写真などを確認できる」ほか、「今までは、自主検査を行った安全担当者が指摘個所を写真で撮影、その後会社に戻って表ソフトで指摘事項を書いていた作業を、その場でタブレット端末から図面を取り出し、写真に落とし込みコメントも付け加えることが出来るし、その日のうちに指示書等の正式な文書作成も出来る」(松本部長)とIT化の効果を強調する。
タブレット端末導入は、導入以前には想定していなかった”若手社員による業務改善に対する積極的な取り組み”という副次的効果も生んだ。スマホ(スマートフォン)世代と言われる若手社員は、スマホと同じ感覚で扱えるタブレットの操作がパソコンよりも速く行え、馴染みも早い。「今後はこうした使い方をしたいといった意欲的な提案が若手社員から出始めた。昨年9月から、若手社員によるタブレットプロジェクトが継続的に活動を進め、活用方法やソフトの善し悪しについて議論している。そのほか月1回の全体所長会議でも、若手社員がタブレット端末を使って活用事例等説明している」(棚田取締役)と、導入は会社判断、けん引役は若手社員という構図になりつつある。IT化の一環として、現場の新規入場者教育などで時間を有効に使うため、”電子黒板”も活躍している。
「働き方改革」への対応
一方、IT化による日常業務削減が残業時間の軽減、いわゆる「働き方改革(※3)」を進める点でも効果を上げつつある。同社が打ち出した方針は、「4週6休を行えることを前提にした工程計画づくり」。棚田取締役は、「休日取得は確実に進んでいる」と前置きしたうえで、(現場を対象にした4週6休達成に対する)社内調査で、数年前は目標に対して3割程度だったが直近では6割強。早期に100%にしたい」と期待を寄せる。現場社員の4週6休が達成に近づきつつあるのは、土曜日に休めない社員に代わって他から別の社員が応援にいく支援態勢があるためでもある。
さらに、生産性向上に直結する工業化・省力化については、「前中計から力を入れてきた。ルール化し体系化された社内の取り組みとして定着させた。具体的には各現場や拠点で工業化や省力化を取り入れたものはシートにまとめ、データ化・共有化して見える化している。シンガポールの超高層案件など海外案件も含め各現場の取り組みを、見える化によって他の現場で展開できるのが強み」と棚田取締役は話す。
一方、大手企業など同業他社の動向を鑑み、取り組み強化に舵を切ったのが、BIM導入だ。昨年夏から検討を始め、3段階を経て導入・拡大を目指す。棚田取締役は、「第1段階では基本的な動作の習得、第2段階で実施設計との連携、第3段階では東京だけでなく大阪でも始めて、4年目からは本格的に拡大する計画をイメージしている」。土木では、ICT土工の取り組みを進めており、UAV(ドローン)による測量から3次元点群データを生成し、ICT建機による施工を行っている現場がある。土木工事においても、生産性向上策i-Constructionの推進を図っている。
現場力強化についても、現場所長や所長候補に対してこれまで行ってきた本社・技術教育部主導の教育から、拠点主体に行うOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング。現場の日常業務の中で、実地で行う教育訓練)に移行して細かい教育に昇華する。新入技術社員への教育においても、新入社員スキルシートで5年間追跡してスキルの均一化を目指している。配属された現場や職場では所長や上司などがコメントを付け加えながら、5年間でスキルの均一化を図るだけでなく、「RC造の現場経験が多いから、S造現場を体験させようという判断もしていく」(松本部長)という。その結果、新入社員・入社3年以内の離職率も、建設業界平均よりもかなり低いという。
棚田取締役は、建設業界が取り組むべき課題として急浮上した働き方改革について、「まずは、現行6割程度の4週6休の完全実施を進めたい。関連して残業時間を、減らすためにどのような支援が必要か、更に現場と意見交換しながら進めたい」と話す。
若手社員が中心になってミーティングが進む。参加者の手もとにはタブレットが置かれ、周知が的確に行われる。 |
用語解説 | |
※3 | 働き方改革 これまでの長時間労働の是正など働き方を見直すことで、人口減少下でも新たな労働力を生みだし、もう一方でIoTやAI、ビッグデータ、ロボットなど技術革新で生産性向上を合わせ今後の日本経済成長に寄与させる取り組み。具体的には、今秋の臨時国会に労働基準法改正案を提出し、2019年度から残業時間に上限規制を設ける。建設業と運送業は、改正労基法施行から5年後に上限規制が適用される。規制違反には罰則も設ける。 |