「プロジェクトは工期短縮のために、1階の床を最初に作った後に地上階と地下階を同時に施工する〝逆打ち工法〟を採用した。このため、地下の掘削土砂を地上に揚げる揚重開口部の設置場所に制限が生じ、効率的な土砂運搬に困難が伴うことが想定された。また渋谷ヒカリエ(先行して完成した周辺の大型再開発施設)の現場では工事車両の出入口が7ゲートあったのに対し、今回の渋谷駅南街区プロジェクトは2ゲートと少ない。しかし土砂搬出や資機材搬入のために車両を停滞させてしまっては、周辺交通渋滞の助長と工事の遅れを招きかねない。これまで以上に事前の時間管理が迫られていた」。掘削土砂定量供給装置とDandALLの開発に携わった、東急建設の技術研究所建設ICTグループの池田直広グループリーダーは、生産性向上に取り組む理由を説明する。
特許出願中の「掘削土砂定量供給装置」とは制約条件下で掘削した地下の土砂をクレーンで持ち上げ、鉄製の箱(底無しベッセル)に投入、鉄製の箱はベルトコンベアまで自動的に移動することで、土砂が定量的にベルトコンベアに供給される装置である。これを用いることで、効率的な土砂運搬を可能にし、搬出効率15%向上を実現するという。
池田グループリーダーは、「構造もシンプルで玉石混じりから粘土質まで幅広い土質に対応できる」と掘削土砂定量供給装置を評価したうえで、「これまでの逆打ち工法採用現場では、クレーンから揚重した土砂を仮置きし、小型建機でベルトコンベアに積み替えて対応していた場合もある。しかし構造的な人材不足の折、今後はオペレーターの確保も難しくなる。だからこそ、装置運転の完全自動化でこれまで以上の生産性向上を目指したい」と強調する。同装置は今後、大規模商業施設建築工事へ適用を検討するほか、土木工事や中規模案件への適用などについても検討を進める予定だ。
池田直広 建設ICT グループリーダー |
一方、東急建設と福井コンピュータ(株)が共同開発し、2016年4月、一足先に渋谷駅街区東棟と渋谷駅南街区プロジェクトの2現場に投入したことを発表したのが、資機材搬入車両やクレーンの揚重作業のスケジュールを一元管理するシステム「DandALL」だ。
車両遅延や作業変更などの情報をスマートフォンやタブレット端末でリアルタイムに共有することで、交通渋滞により遅れている資機材搬入車両の〝搬入待ち〟や〝揚重待ち〟といった「手待ちの無駄」を削減することが期待できる。池田グループリーダーは、「工事現場の物流のジャスト・イン・タイム化を実現したい」と言う。今後は「受け入れ検査や伝票管理とも連動させるほか、生コン搬入のコンクリートミキサーにも適用範囲を広げたい」と、工程管理だけでなく品質管理までシステムを拡大させる考えを示している。
1:土砂仮受け | 2:底無しベッセル移動 | 3:ベルトコンベアへ投入 | 4:投入完了、後退 |
生産性向上最前線
建設業+材木会社+不動産業 持ち味が相乗効果 | |
鈴木建設事務所(横浜市) |
工務店が地域横断で5社協業グループ |
企業規模が大手と比較して小さな地域工務店の場合、受注を平準化するのは難しい。高い技術力や品質といった特徴が顧客に評価されながらも、受注量がある期間に集中すると結果的に受注を断念せざるを得ない。社寺建築や質の高い注文住宅、古民家材を資材とするリフォーム事業を手がける(株)鈴木建設事務所(本社・横浜市、鈴木寿子社長)もそんな悩みを抱える地域工務店のひとつだった。そのため同社は、国土交通省が2015年度から始めた「地域建設産業活性化支援事業」に応募。支援を受け、地域工務店同士で協業グループを結成し、平準化受注と生産性向上実現への取り組みを始めている。
生産性向上と女性・シニア活用も念頭に
鈴木建設事務所は、2015年度地域建設産業活性化支援事業の支援を受け、県内企業で古民家の再生・保存修復を得意とする(有)クマキ(本社・神奈川県三浦市)らとグループ内での受発注や仕事の紹介、職人の応援といった具体的な業務を実現するべく、16年4月に任意団体「神奈川たくみの会」を発足させた。発足後は、毎月1回の定例会で活動状況の報告や課題の検証などを行っている。発足2年目に当たる今年度、重点活動として掲げたのが、「生産性の高いものへの取り組み、女性とシニア(高齢者)活用」(鈴木社長)だ。
鈴木代表取締役社長 |
たくみの会には、建設業として同社やクマキのほか横浜市内の工務店である(株)北澤建設の3社が参加。このほか材木会社と不動産業の2社を加えた5社で構成している。鈴木社長は「いずれも、神奈川県内企業で、かながわ信用金庫を取引先にしていることが共通項。介護や観光の視点に基づいた民泊・シェアハウスのニーズ可能性など、建設業とは違う着眼点で見るのは勉強になる」と話す。
また北澤建設とは、共同で古民家の資材の加工などを行う下小屋を保有、相互に活用している。業務繁忙期には自社の職人を協業グループ企業の現場へ応援に向かわせるほか、「グループ企業に仕事を紹介することも活動のひとつにしている」(鈴木社長)という。
高い技術・技能を生かす解決策
こだわりを持つ工務店が一定の需要と技術・技能が必要な古民家の再生・修復、またリフォーム事業に力を入れる一方、営業や実際の業務などで情報を共有し、仕事量の確保・平準化や職人の応援を通じた生産性向上を目指す。こうした活動の背景として鈴木社長は、「今、ハウスメーカーが行っている新築住宅工事は全て外注。さらに技術・技能がある人の評価が低すぎる」と指摘。同社では、地域工務店として特徴を打ち出すために、これまで社員ではなかった棟梁を社員化、社会保険加入を進めたことで、「当社が行う施工の要の部分は全て社員が行っている。これによって実現できる高い品質という強みがアフタケアやリピート需要につながっている」と胸を張る。
ハウスメーカーと価格での競合になる新築住宅や、応札案件情報入手に手間がかかる公共建築工事は避けて、高い技術・技能を標榜し品質にこだわる注文住宅や古民家再生、リフォーム工事など、自社の優れた部分を最大限生かせる仕事を手がける。1社だけでは難しい受注の平準化を実現させ、繁忙期でも質の高い職人を確保することで品質を確保する。地域金融機関の後押しも受けながら、生産性と品質を向上させる課題を、地域工務店や他業種も巻き込んだ協業・グループ化という形で解決する動きと言える。 |
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自社大工による責任施工を行う鈴木建設事務所の技術者は、伝統工法から最新の技術に対応できるよう、多くの資格を取得している。 |
わが社の担い手確保・育成
大豊建設 |
離職防止"里親制度"が効果 |
建設産業界が直面し大きな関心事にもなっているキーワードが、「担い手の確保・育成」と「生産性向上」の2つだ。いずれも安倍政権が打ち出し、経済界を巻き込んだ大きな運動の様相を見せ始めた"働き方改革"につながる取り組みでもある。人口減少に伴い日本の労働力数が減るなかで、産業間競争に発展している人材の確保と人材教育に、建設企業はどう取り組んでいるのか。第1回では大豊建設(株)に取り組みを聞いた。
「今は完全に超売り手市場。目標通りの新入社員数を確保出来てはいるが、年間を通じて採用活動をしているような状況だ」と話すのは、大豊建設で採用を担当する管理本部の池田聡人事部長だ。同社が目標に掲げている新卒採用人数は、技術系を中心に、 事務合わせ40人。一昨年度36人、昨年度40人、今年度も40人の新入社員が入社し、目標通りの人員確保は続いている。池田人事部長は、「採用のコストと時間がかかっている」と採用側の苦労を話す。「全国各地で開く企業説明会は、60-70回。説明会参加の予約数は多いが、実際に参加してもらえる人数は少ない」悩みが続いている。
一貫して学生に強調しているのが、「特別な工法や特許を持っている企業」。これを前面に打ち出し、大手企業に劣る知名度をカバーしている。池田部長は自社の特長の理解だけでなく建設企業の仕事をイメージしてもらうためにも、「現場見学会に積極的に参加してほしい」と力を込める。仕事を体感したうえで入社すれば、少なくとも事前に抱いていた理想と現実とのミスマッチは少なくなる。
池田聡 管理本部人事部長 |
一方、大豊建設は担い手の育成で特徴のある取り組みを始めている。建築部門で3年前から始めた「里親制度」だ。入社5年までの若手社員に、配属された現場以外から選ばれた中堅社員がつき、キャリアアップ支援や悩み相談まで引き受ける"里親"となる。すでに社員教育制度としては、新卒者の入社6カ月後のフォローアップ研修、その後入社4年、9年、14年と5年ごとの段階的制度がある。里親制度はこれとは別に設けられた制度だ。
池田部長は、「資格取得支援が大きな目的だったが、これまで産業界で問題となっていた入社3年以内の離職防止にも効果がある。土木部門でも導入するために検討を進めている」と、制度の効果を説明する。
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技術を自慢できる会社だと思って入社しました。今は本社で土木設計に携わっていますが、すでに現場で従事する同期もいて、私も早く現場に出たいというのが本音です。現場に配属される前に、他の現場のことも知っておきたい。安全パトロール等に積極的に参加し、今のうちに多くの現場に触れて、自分にも刺激を与えられればと思っています。 |