逓信ビル、大手町逓信スクエア等の跡地に建設中の大手町プレイス |
――東京150年 逓信建築、郵政建築の軌跡をどう考えますか
一般には、逓信省の管轄する建築を「逓信建築」、戦後の昭和24年(1949)に逓信省二省分割(郵政省と電気通信省・昭和27年(1952)電電公社・昭和60年NTT)による郵政省(電気通信監理部門を除く)と、その後の郵政公社が管轄した建築を「郵政建築」と総称しています。広義には、逓信・郵政省・公社の営繕部門で設計監理されたものすべてを指し、近代建築の模範として、戦前・戦後の日本の建築界をリードしてきました。
とくに「逓信モダニズム」は、戦前の木造逓信建築から戦後の木造郵政建築に引き継がれ、さらに鉄筋コンクリート造の郵政建築に反映され、昭和中期には庇の様式、いわゆる「郵政スタイル」に収斂されます。
※ 逓信モダニズム
大正末期から昭和初期までの新興モダニズムを基軸とする逓信省営繕の先端的な設計思潮。全体としてモダニズムの機運が高まり足並みが揃うのは、昭和10年(1936)前後からで、大壁に四角な窓を整然と穿った簡明なデザインが主流となり、逓信建築は次第に一つのスタイルに収斂していく。
郵政スタイル、日本の心とかたち
具体的には、吉田鉄郎が大阪中央郵便局(昭和14年)において、柱梁と庇といった日本の風土から生まれた日本建築の構成を近代建築に昇華することによってチャレンジしている。これが、逓信モダニズムの到達点となり、ここに日本建築の「心とかたち」が象徴されている。後の郵政建築のポリシー、引いてはそのスタイルの原点となったといって過言ではありません。
戦後の朝鮮特需以来、日本経済は好転。それに伴う事業の急進展により、大量のRCコンクリート局舎建設の需要が生じます。これに対応し、かつ品質を確保するため、優れた範型を作成する必要に迫られました。戦後の合理的主義・民主主義的風潮と日本建築の伝統的評価の動きのなか、意匠や技術的な逓信建築の伝統を踏まえた「郵政建築のアイデンティティ」が模索され、先進性、妥当性、伝統の整合をアピールする「郵政スタイル」が成立します。
――逓信建築・郵政建築はどのような役割を果たし、影響を与えましたか
中京郵便局(撮影:K-K) |
建築以前の話として、鉄道に劣らず「郵便・電信」が日本の近代化に果たした役割が、鉄道に劣らず大きかったことを指摘したいと思います。これは郵便制度構築に大きな貢献をした前島密の功績ですが、実は日本近代郵便の父と言われる前島密は首都・東京の実現立役者としても評価されます。また逓信省発足以前からも、地域名士などから拠点施設を借り入れ、整備するに当たって、その管理拠点(駅逓寮など)に外国人建築家を起用し洋風建築を整備しましたが、逓信省が発足してからは、独自の建築家が本格的な洋風建築を造り上げます(例:中京郵便局)。
そして彼らは建築界で確固たる時代のリーダーシップを確立します。彼らの近代技術やデザインは一般の建築界にも多大な影響を与えました。戦後、日本の現代建築のあり方を巡る議論に前後して、各種公共施設コンペの一つとして、外務省コンペ(昭和27年)がありました。指名された建築家8人のうち3人が元逓信省技師で、最終的には郵政スタイルの代名詞とも言うべき「庇の建築」になりました。
「庇の建築」は昭和50年代以降、敷地狭隘や空調完備、アルミサッシ拡大とともに機能的意味を持たなくなり、庇の建築は影を潜めます。それでも現在、一時代を築いた「庇の建築」が再び、形を変えて大規模商業施設などで採用され始めているのは、郵政スタイルの普遍性の表れだと思います。
旧住宅公団本社(撮影:K-K) |
旧逓信ビル(撮影:K-K) |
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新赤坂センタービル |
旧大手町逓信スクエア(撮影:K-K) |
低層棟に旧東京中央郵便局舎を一部 保存したJPタワー 郵政建築の一時代に風靡し、今日は一般建築に多用されている庇のスタイル |
――これからの都市、建築に期待するものは何ですか
過去、逓信省・郵政省の建築部の先輩達は、そうした言い方が正しいかどうかは分かりませんが、「我々は別格官幣社」の自負心を抱きながら、リベラリズムのもとで新しい方向性を切り開いてきたことは間違いありません。別格官幣社とは、明治政府が国家に特別な功労があった人物を祀る神社として設けた神社の社格の一つです。新しいデザインへの取り組みなどが許容されており、官庁営繕の組織としても他とは違う、という郵政建築部先輩達の矜持が、「別格官幣社」の例えにつながったのだと思います。
門司電気通信レトロ館(旧門司郵便局電話課事務室)(撮影:K-K) |
明治以来の組織も戦後、分割や民営化などによって大きく変わりました。しかし、逓信建築から始まり郵政建築・電電建築、民営化による民間企業へと組織が変わっても、明治4年(1871)の郵便事業創業から明治18年逓信省設置を経て、130年以上の歴史があります。このことは民営であっても誇りにしてほしいと思います。
民間企業となっても、良識を踏まえ、「オーセンティシティ(由緒正しさ)」「格調」「品位」を保つことは大事です。また一方で、今、日本郵政に求められているのは、その保有する土地や建物の有効活用です。今後は、現在のNTTがUR都市機構などと連携して取り組んでいる都市開発のようなことを、日本郵政が行う可能性もあります。その場合でも、街の健全な発展と正しいあり方に沿った文化的な建物整備でなくてはいけません。郵政グループは民間でも模範となってほしいものです。
都市・建築にユニバーサルな考え方を
一方で質の高い建築は残し、これらの活用、あるいは「保存・再生」にも取り組んでいただきたいと思います。その意味で、今後の都市・建築としては、「ユニバーサル(普遍的)」な考え方に基づいたデザインを基本に取り組んでほしいと思います。また、「庇の建築」が今、官民で再び採用され始めていますが、これも一時期のブームに終わらせては駄目だと思います。ブームは、とかく形式的になりがちです。例えば茶道の作法のうち「型」だけに固執していては茶道の発展はありません。「庇の建築」も同じです。ブームではなく、そこに普遍性がなければならないと思います。
これからの都市・建築には「ユニバーサル」な考え方が必要だと指摘しましたが、身体に障害のある人を含めて、誰もが使いやすいバリアフリーだけでなく、ユニバーサルなデザインでなければいけませんね。これはもちろん郵便物を区分け・輸送するバックヤードであっても必要な考え方です。障害を持った方たちの雇用拡大が今後進むなかで、あらゆる場面を想定した対応が必要です。
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