五輪レガシー 防災+人に優しく楽しい空間に
大空間施設
地域振興とともに避難施設にも
――スポーツ施設のニーズは多様化しています。設計者はどう対応しますか。
今までの設計は設計段階で、与条件が決まっていて、それに適合する施設をつくるということがベースにありました。しかし最近は、与条件があまり明確になっていないこともあり、話をしながら決めていく、つまり基本計画や建築企画の策定の段階から設計者が参加しているケースも多くなっています。
その中で五輪施設のレガシーについてですが、五輪施設の多くは大空間です。大空間はさまざまな利用の仕方が考えられます。例えば"都市のなかの広場"という考え方をした時に、屋外の広場に対しスポーツ施設として建設された建物が屋内の広場という位置付けにもなります。つまり屋内広場をその地域の人たちがいかに利用しやすくするかを考えると、国際規格のスポーツ施設という視点だけではなく、例えば音楽会や演劇とか展示会などのイベント、さらには地域にとってスポーツ施設は"災害時の避難施設"という重要な機能にもなりうるわけです。
つまり、スポーツ施設は大規模スポーツ大会で使用するだけでなく、地域に密着しながら地域スポーツの振興やさまざまなイベントに使いながら、いざ災害が発生した場合には屋根のある避難施設にもなりうるということが重要な点です。五輪施設もこのようなことを考えながら整備されたのだと思います。
新国立競技場を起点に五輪以降も周辺地区の活力が期待される |
――スポーツ施設など大規模施設で構想段階から設計者が参画することで注意すべき点としてどのようなことがありますか。
まず自治体など行政は限られた人員で効率的な業務を行っています。そこに普段の業務とは全く違うプロジェクトの検討を進めることになれば、人が足りなくなるのは当然です。だからプロジェクトチームが立ち上がることになるわけです。その時、さまざまな専門家がチームに参加しますが、建築の具現化に重要な役割を担うのが設計者です。
その場合、さまざまな関係者の理解促進のための見える化は欠かせません。今はBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を始めVR(仮想現実)、AR(拡張現実)などの技術を使って、専門家ではない人たちに施工前からリアルに施設内容を見せていくことが可能になっています。ただ一方で、施設を長年使ってもらえる施設にすることも大切なことです。これにはこれまでの経験が必要で、ただその時の斬新なデザインを採用すれば良いということではないはずです。
――レガシーとなる今回の恒久五輪施設でも、多様な入札発注方式の採用や、コンセッション(民間の運営権)が導入されています。
五輪施設以外でも今は、(ピュア型※やアットリスク型※などの)CMやDB(デザインビルド)など多様な発注方式が公共施設でも導入されていますが、ベースはECI(施工予定技術者事前協議)の変形だと思います。今、建物は部品化傾向が顕著ですが、その部品の多くはメーカーやゼネコンが特許を取得しています。その場合、設計終了後に施工者が受注する形(通常の入札による建設生産工程)だと、特許のある先端的工法や部品を設計段階で設計図書に入れるのは困難になります。複数社の入札が前提だからです。裏返すと、工法や部品が決まらないと設計も決まらないという実態も現実にはあるということです。
ゼネコンがプロジェクトに早めに参加することに、さまざまな意見がありますが、要は誰が設計し誰が施工を行い、誰が全体をまとめていくか、その役割責任が明確になっていれば悪いことではないと、私は思っています。もう一つ、CM方式の発注が拡大しているのは、プロジェクトが大型化していることや、与条件が決まっていない段階でスタートする時に、スタート時点がプロジェクトの成功にとって非常に重要であるとの認識を発注者・建築主が持っていることが理由です。多くの関係者をまとめていくのも大変ですし、建築主にとって設計サイドとは違う建築主サイドに立った"セカンドオピニオン"的役割としてCMr(コンストラクション・マネジャー)が欠かせない立場になっているのではないでしょうか。小さな規模の自治体では専門家もいないので、CMrのような立場の人たちがいないとプロジェクトが進まないのは事実です。東京都内でいえば、東京都のような大きな組織では専門職のしっかりした職員がいますが、例えば多摩地域などの小さな自治体では専門の職員がおらず(企画段階など川上段階からの)支援が不可欠になるかもしれません。
※ピュア型CM= CMrが、設計・発注・施工の各段階において、マネジメント業務を行う方式。
※アットリスク型CM= ピュア型のマネジメント業務に加えて、施工に関するリスクも負う方式(工事費の最大保証金額を設定する場合もある)。
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神宮外苑まちづくりは歴史と緑ある貴重な遺産
――五輪レガシーの代表的施設である「国立競技場」隣接の神宮外苑のまちづくりも始まります。
56年前(1964年)の東京五輪は、道路などインフラをつくる、言わば東京の骨格をつくる五輪でした。今回は、その時代に整備された多くのインフラがリニューアルを迎えるなか、「バリアフリー」、「公共空間の人に優しいまちづくり」、「利用しやすい空間」といった新たな価値観のまちづくりが求められています。そしてその先には、日本橋に代表される(河川の上空にある首都高速道路を都市空間のあり方として議論する)景観づくりや、防災機能もあって都市機能を含め楽しく生活できるような空間にしていくことが必要だと思います。
その前提で、神宮外苑のまちづくりについていえば、歴史も緑のボリューム感もあり、東京の中心部の貴重な遺産として、今後さらに都心では存在意義のある良い空間になっていくと思います。
道路を挟んで右側は軟式野球場、左側は神宮球場。明治神宮までつながる緑豊かな地域の特色を今後も生かしたまちづくりが始まる。 |
建築士は地域の施設を見守る「ホームドクター」
――まちづくりのなかで建築士・建築士事務所の役割と立ち位置は
時代の変化に伴って、建築主や土地所有者、施設保有者はさまざまな活用や利用方法の選択を決めかねて、われわれに相談するケースが増えています。その場合、それぞれの専門家である別の士業の方達と連携するわけですが、建築士がまとめ役になるケースは非常に多い。その意味で、大きなプロジェクトだけでなく地域における小規模のプロジェクトでも、建築士はある意味プロデューサー的役割を担って、まちづくりや地域に貢献しているとも言えます。地域の建設企業の方達は地域建設業の特徴として自らを『町医者』となぞらえますが、私たち東事協は「地域のホームドクター」として処方箋を書く役割であるとPRしています。内容によっては大病院を紹介することもありますが、地域のつなぎ役です。
ただ、地域の施設を見守る「地域のホームドクター」は、例えば災害が起きた時に、見守っている施設への即応対応による貢献ができる仕組みも必要だと考えています。入札によって毎年、見守り役が変わるということになると対応は難しくなります。地域建設企業と同じだと思いますが、いざという時にすぐ貢献できる地域の建築士・事務所でありたい、地域に期待される存在でありたいというのが、私たちの基本的考えです。
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