変形労働時間制 建設業の場合、特に公共工事などでは年度末の引き渡しが集中する繁忙期と、工事着手を待つ閑散期はある程度決まっています。 そのため企業と従業員にとってメリットのある働き方の選択肢として挙がるのが、「変形労働時間制」です。これは労働基準法で定められている法定労働時間(1週間40時間、1日8時間)を、繁忙期と閑散期トータルで調整する制度です。変形労働時間制には調整期間などによって、「1カ月単位」、「1年単位」、「1週間単位の非定型的」、「フレックスタイム制」がありますが、中小建設業が主に採用しているのは、1年単位の変形労働時間制のようです。 |
港シビル(株)の「働き方改革」「生産性向上」「担い手確保・育成」などについて、本社管理部門や工事部に所属する、畠山貴之さん、森本千恵美さん、稲木美咲さん、倉﨑名穂子さん、ミャンマー人のルウィン・トゥ・アウンさんとウィン・ペイさんら若手社員が説明、玉城恵理取締役が会社方針について補足した。
同社が「働き方改革」や「担い手確保・育成」に取り組み、長時間労働是正や女性活躍推進などを実践した結果、形となって表れた一つに東京ライフ・ワーク・バランス長時間労働削減取組部門で認定企業に2011(平成23)年認定されたことだ。 その後、女性の活躍促進部門でも認定、事務系女性社員も土木施工管理技士の資格を取得し、ミャンマー人技術者とともに、多様性を認める象徴例となった。
多様性を底流に担い手確保・育成を進める同社最大の特徴は、朝8時から10時までの2時間を資格取得のための勉強時間に充てたことだ。男女問わず文系社員も建設業経理士だけでなく土木施工管理技士の資格取得を奨励し、その結果、事務系女性社員も技士資格を取得、文系出身の「ドボジョ」も続々誕生する。何も資格を持たずに入社し、その後建設業経理士、土木施工管理技士それぞれ1級の資格を取得した、玉城恵理取締役は、「若手には、資格と経験を持っていれば将来に不安はないよと伝えています」と話す。
港シビル 株式会社
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事務職から技術者に 今年は技士補に挑戦
文系出身で事務職として入社し、既婚者でもある森本千恵美さん。彼女が毎日通うのは、東京都財務局発注の「隅田川(千住汐入大橋下流)左岸防潮堤耐震補強工事」現場だ。2級土木施工管理技士の資格を持つ森本さんは、担当技術者として、毎朝礼時の安全指示や新規入場者教育の実施、品質管理、出来形管理に必要な写真撮影もこなす。同社の働き方改革と生産性向上取り組みの大きな特徴の一つである、「分業」と「オールマイティ」の効果について聞いた。
担当技術者 森本千恵美さん |
――長時間労働の是正が指摘される現場の技術者として、家庭との両立は難しくありませんか
この現場は東京都の週休2日モデル工事ですから、4週8休を実施しています。また当社は、現場の困りごとなどは本社の人間もサポートしてくれます。実際、現場の長時間労働の大きな理由として挙げられている発注者に提出する書類作成・変更図面の修正業務を手伝ってもらえるので、17時には退社しています。夕食を用意する時間もとれて、家庭・家事に負担をかけずに働けています。
――事務職社員から技術者になるのは珍しいことですが
当社にとっては珍しいことではありません。私は2級土木施工管理技士の資格と、事務系として2級建設業経理士の資格も取得しています。だから現場の原価管理を含んだ経理的なことに対応できます。これは会社の方針として、社員全員が土木技術者を目指しており、業務時間内の午前8時から午前10時までの2時間を勉強時間に充てていることが大きな理由としてあります。事務には建設業経理士、現場では土木施工管理技士などの資格取得を奨励し、図面の修正を行えるようCADの講習会も講師を自社に招いて行います。現場を理解できるオールマイティな人材育成を行っている結果が、長時間労働是正や生産性向上につながっているのかもしれません。
もう一つは分業というか、分担制で業務の集中を避けていることです。例えば、今の現場には技術者がベテラン・若手と女性の私を入れて3人います。3人で役割分担を決めて、フォローするときはフォローしながら、時には本社のサポートも受けるという形です。その結果、現場だから長時間労働になっているということはほとんど感じません。
資格取得については今年、技士補の資格に挑戦すべく準備を進めています。
女性技術者の声
工事部 稲木美咲さん |
2019年に入社、2級土木施工管理技士の資格を持つ工事部の稲木美咲さんも文系の土木技術者だ。大学までバレーボール部で以前は建設企業で事務職だったが、「現場に出たい」と転職した。現在は本社で現場支援業務を行っているが、「昨年は現場に配属され試験を受けられなかった2級建設業経理士と技士補」の2つの試験を3月と7月に受ける予定だ。
次の現場配属に備える一方、資格取得へ向け勉強中の稲木さんは資格取得のメリットについて、「経理士試験の勉強をしていると、技術者として現場にいたときに分からなかった、お金の大きな流れが理解できるようになった気がします」と前置きした上で、「今後さらに細かいところまで理解し、原価管理も自分でできるようになりたい。最終的にはきちんと利益を出せる現場代理人になりたいと思っています」と話す。
初めて技術者として現場に出たとき、「毎日が驚きの連続」、「こうすればうまくいくと見て理解したこともありますし、作業員の皆さんに教えてもらったこともたくさんありました。難しいこともありますが、作業員の皆さんとのコミュニケーションを大事にして今後も仕事を進めていきたい」と現場デビューを振り返る。
建設全てを経験できるのが魅力
全員が技術者 現場の長時間労働是正に
2020年12月、中堅ゼネコンから転職した工事部主任の畠山貴之さんは土木技術者として発注者との折衝など現場支援業務を行う傍ら、技術士資格取得のための論文作成に追われる毎日を過ごす。
畠山貴之工事部主任 |
前の会社には8年いました。6年は現場勤務、2年間は行政外郭団体に出向していました。転職して驚いたのは、水曜日を定時退社日としていることと、資格試験のための勉強時間を就業時間内に2時間充てていることでした。私はすでに1級土木施工管理技士の資格は保有していますが、いま技術士を目指しています。他の社員の方たちも、土木施工管理技士や建設業経理士など各人の目標へ向けて勉強を進めています。社員がしっかり時間を確保してそれぞれ勉強を進めているのは当社の大きな特徴です。また、定時退社日を設定しても本当は守り切れないというケースは業界的にあると思いますが、当社では社長から直接促され、全員定時に退社します。
会社による資格取得奨励と関連して、業務効率向上の取り組みとして最も大きな特徴は、事務職員が事務だけを行っているわけではなく、事務も技術も関係なく社員全員が技術者として業務を行っていることです。事務系として入社した女性社員も建設業経理士資格だけでなく施工管理技士の資格を取得し、総務・経理業務と現場支援業務を両立していることには本当にびっくりしました。例えるなら、プロジェクトの施工から引き渡しまでの間、会社の全社員が参加する全員野球のイメージです。
この全員野球は、建設業界が求められている働き方改革と生産性向上や、2024年4月から適用される時間外労働時間の上限規制にも効果的であり、若手や女性が集まる理由の一つです。
試行取り組みで現場にカメラを設置し本社から作業状況を確認、現場へアドバイスもできる |
よくあることですが急きょ書類作成が迫られた場合、現場技術者はその日の施工作業が終了した後に事務所に戻って書類作成をします。これが現場の長時間労働がなかなか解消しないという建設業界の問題でした。しかし全体の人数が少ない中小企業でも当社の場合は、事務担当者も技術者資格を取得した技術者として業務に当たっていますから、現場で起きた問題を本社が吸い上げて本社が対応することが可能です。つまり、書類作成も現場・本社に限らず分担することで、全体の残業時間を軽減できるということです。このシステムこそが、当社の最大の強みではないかと思います。
これこそが、私が転職を決意した港シビルの魅力なのです。企業規模が大きくなると、配属された各部署、例えば技術や工事、総務、積算など明確に分かれています。私は出向から戻ったとき、技術部と土木営業の2つのキャリアパスが提示されました。でも私は、現場もやりたいし、技術も設計も積算もしたい、全てを見渡して仕事をしたいと思っていました。今、入札の仕組みから教えてもらい、応札に必要な積算も私がしています。建設業界、プロジェクト全体の流れが見渡せるということは魅力です。
会社挙げての全員野球のかぎは問題発生時の対応ですが、大前提としては情報共有です。社員が連絡し状況を会社全体で共有できるように通話アプリや写真ソフトなどを活用して、本社が対応すべきことのイメージができるような体制になっています。
働き方と生産性向上取り組みの特徴 ▽総務業務と現場支援業務の両立 ・事務系社員にも技士資格取得を奨励し、現場支援業務を担う ▽現場の業務繁忙と問題は本社と一体で解決 ・毎週の工程会議、毎月の改善提案会議で現場と本社の意思疎通と業務効率向上に継続的に取り組む ▽業務時間内に資格取得勉強 ・午前8時から午前10時までの2時間を資格取得のための勉強時間として認める ▽水曜日をパーソナルデイと定め定時退社 ・社長自らが定時退社を促す ▽1年間の「変形労働時間制」を導入 ・12月から3月までの繁忙期は土曜日出社、それ以外の月は土曜休日。年間休日は105日のため、祭日も出勤の可能性。繁閑で働き方にメリハリをつける |
ミャンマー 外国人技術者も奮闘
日本の技術研さん 母国発展の一翼担いたい
城南島の雨水貯留管設置工事に携わるニ・ニ・ルウィンさんとイエ・リン・トゥンさん(右側の2人)と、安全パトロールに訪れたルウィン・トゥ・アウンさんとウィン・ペイさん。いずれもミャンマー国内の大学を卒業後、高度人材の在留資格で働く技術者 |
同社にはミャンマー人技術者が4人も働いている。いずれも高度人材の在留資格で来日し、4人中3人は2級土木施工管理技士の資格を取得した。日本語能力試験も最も難しいN1レベルが1人、N2レベル認定者も2人いる。業務時間内の2時間の勉強時間を最大限に生かした結果だ。
2016年に入社第1号となったルウィン・トゥ・アウンさんを始めとして、ミャンマー人技術者はニ・ニ・ルウィンさん、イエ・リン・トゥンさん、ウィン・ペイさんの計4人。2020年3月入社のウィン・ペイさんを除く3人が2級土木施工管理技士の資格を取得している。
外国人技術者第1号のルウィン・トゥ・アウンさんは、「母国に帰って国を発展させるため、日本の技術を学ぶために来日した。発展には道路や港の整備が必要。日本ではインフラ整備の技術を学びたい。また、稼いで日本の観光も楽しみたい」とした上で、「この会社はチームワークもいいし上司から任されている。みんなルールを守って仕事もやりやすい」と流ちょうな日本語で話す。
日本語能力試験は、N1、N2、N3、N4、N5までの5つのレベルに分かれている。一番やさしいレベルがN5で最も難しいレベルがN1。N5とN4は教室内で学ぶ基本的な日本語がどのくらい理解できるかを測るのに対し、N1とN2は現実の生活の幅広い場面で日本語がどのくらい理解できるかを測る。N3はN1・N2とN4・N5の橋渡しレベル。 試験は読む・聞く――の2つで、N1は新聞の論説や評論、論理的に複雑なものや抽象度の高い文章を読み、構成や内容を理解できることが求められる。 |
業務の行き詰まり「みんなで補う」徹底
時間外労働規制 すでにクリア
総務・経理・施工管理事務担当 倉﨑名穂子さん |
総務・経理とともに施工管理事務を担う、倉﨑名穂子さん。事務職員として入社後、朝2時間の勉強時間を使って、2級建設業経理士資格を取得した。その後、2級土木施工管理技士資格も学科は合格したが、実地は現場経験がないため資格取得まで届いていない。
休暇が取れることはシビルの魅力の一つです。「昨年の有給取得率は目標75%に対し77%と目標を達成しました。これは毎月の会議で全員の有給残を報告しており、取得していない人は社長から取得日を迫られます。これが結果に表れていると思います」と語る。
事務系社員も含め全社で現場のバックアップをすることについては、「建設業の現場は残業が多いと言われていますが、それを無くそうというのが当社の方針です。だから事務員の私も現場をサポートしています。分担すれば、現場の業務軽減につながるという考え方です。そうなれば、現場の人たちだけが長時間労働で苦労するということがなくなります」と説明する。
一方、時間外労働時間の上限規制への対応、現場と本社の具体的連携についても、「月で最も多い人で残業時間は43時間、年間で226時間でした。すでに当社は上限規制をクリアしています。また、現場で長時間労働につながるような課題や仕事の行き詰まりがあった場合、書類作成を始めみんなで分担することが浸透しています。現場・本社双方をつなぐ工程会議で情報を共有して、呼びかけ合いながら進捗を確認し合っています」と話した。