時間外労働時間の上限を法律で定めることで長時間労働を是正する、「時間外労働の上限規制」の適用が建設業でも始まりました。建設業は、多くの産業で始まった2019年4月(大企業)から5年の猶予後、満を持してのスタートとなりました。労働法制のなかの時間外労働の上限規制とは、労働基準法で定められた「法定労働時間」に、「法律による上限(原則)」、さらに原則以上の時間外労働を認める「法律による上限(特別条項)」――の3階建てと考えれば理解しやすいでしょう。
上限規制は政府、産業界、労働者の政労使が一体となって進める働き方改革の一環ですが、改革の実現は、生産性向上とコインの裏表の関係です。政府が2016年9月に設置した「働き方改革実現会議」と、2025年までに建設現場の生産性20%向上を打ち出した「未来投資会議」が同時に立ち上がり、並行して取り組みが進んでいることからも明らかです。これからの建設業を左右する「時間外労働の上限規制」に焦点を当てて特集します。
ルールは「原則」と「特別条項」の2階建てです。「原則」で定められた時間は、臨時的な特別の事情がなければ超えることができません。また、特別条項は、臨時的な特別の事情があって労使の合意が必要ですが、特別条項にも時間外労働の上限時間が、労働基準法改正で法定化されました。
出典:時間外労働の上限規制 わかりやすい解説 |
厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 |
法定と所定
時間外労働と残業は違います
労働基準法で定められた法律上の労働時間は8時間です。ですから就業規則で定められた1日の労働時間が7時間(所定労働時間)の会社の場合、1時間残業しても法律上の残業時間とはなりません。しかし所定労働時間は超えていますから、残業時間としてはカウントされます。法定休日も同様です。法定休日は「毎週少なくとも1回あるいは4週間を通じて4日以上の休日」とされています。日曜日が法定休日で休日だった場合、土曜日の出勤は法律上の休日労働にはなりません。
時間外労働の上限規制は、「原則」と「特別条項」の2階建てだと説明しましたが(イメージ図)、建設業にとって注意しなければならない点が3つあります。
1点目は、上限規制2階部分の「特別条項」4つのハードルのうち、《複数月平均80時間》と《月100時間未満》という2つの上限規制には、休日労働時間も含まれる点です。特別条項の有無にかかわらず、1年を通じて時間外労働と休日労働の合計は常に、《2~6カ月平均80時間以内》、《月100時間未満》にしなければなりません。例えば、時間外労働が45時間内に収まり、特別条項を適用しなくても良い場合でも、休日労働時間との合計が月100時間以上になると法律違反になります。
2点目は建設業にとって上限規制のなかでも特にハードルが高いと言われる、《時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6回が限度》に注意が必要という点です。繁閑調整のなかで時間外労働の累積時間数だけでなく、月45時間超の回数把握も必要です。
3点目は《災害時における復旧及び復興の事業》には、時間外労働の上限規制が適用される部分と適用されない項目がある点です(関連項目)。
変形労働時間制
工事の繁閑、柔軟に対応
1日8時間という法定労働時間の枠にとらわれない働き方として、労働時間を1日単位ではなく月・年単位で計算する制度があります。「変形労働時間制」と呼ばれるものです。最大の特徴は、建設業のように繁忙期と閑散期がある業界・職種にとって、繁忙期の労働時間を8時間以上とする一方、閑散期には8時間以下の労働時間にすることで、トータルの残業を抑制する効果があります。似た制度として「フレックスタイム制」や「裁量労働制」があります。
建設業は未だ「長時間労働」の代名詞
出典:最近の建設業を巡る状況について【報告】国土交通省 |
建設業はこれまで、中央建設業審議会による「工期に関する基準」策定、現場の週休2日実現へ向けたコスト上乗せのほか、直轄土木工事で作業不能となる猛暑日分の工期延長取り扱いの明確化、国土交通大臣と建設業4団体による4週8閉所など適正工期への取り組みの申し合わせなど、働き方改革の取り組みを進めてきました。
その結果、建設業の労働時間は他産業よりも大きく減少しました。2018年から2022年度までの5年間で、年間実労働時間は77時間減少しています。
ただ依然として建設業の年間出勤日数は、全産業と比べて12日多い状態です。年間の総実労働時間も全産業と比べ68時間長く、建設業はまだ「長時間労働」の代名詞を返上するまでには至っていません。
移動時間も労働時間
大都市圏の路上工事などの中小規模現場で多いのが、常設の作業帯を現場に設けられない工事で、資材基地から現場までの往復移動が労働時間とされる問題です。追補には、資材積み込みや道具清掃・資材整理などが指示されているなどについては「労働時間に該当する」と明記されました。すでに国土交通省は令和6年度積算基準改定で、現場移動で作業時間が短くなり、日当たり施工量が減少することへの対応として11工種で歩掛かりの改正に踏み切っています。
4月から始まった建設業の時間外労働上限規制ですが、規制が適用されないケースもあります。それが、労働基準法【第33条第1項・災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合(建設の事業に限らない)】と、【同第139条第1項・災害時における復旧及び復興の事業(建設の事業に限る)】――の2つです。いずれも上限規制の例外規定ですが、適用要件や上限規制取り扱いで違いがあります。厚生労働省では、2023年7月に「建設業の時間外労働の上限規制に関するQ&A」を、同年12月には「追補分」をそれぞれ公表しています。
地震など全ての災害時における復旧・復興事業が含まれる【第139条第1項】では、▽時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、▽時間外労働と休日労働の合計が2~6カ月平均80時間以内――の規定は適用されません。ただし、年720時間の上限及び時間外労働が月45時間を超える回数が年6回までとする上限は適用されることに注意が必要です。