みなさんの会社には若手社員はいらっしゃいますか?会社の将来を担う人材として、順調に育成できていますか?もし、より適切な育成の方法を探りたい、将来を担う人材になってもらうためじっくり向き合いたい、とお考えの方は、ぜひ読み進めてください。
私は毎年、東京建設業協会の「早期離職防止セミナー」で講師をしています。講座では、若手社員の離職を防止し、定着してもらうために多くの企業の経営者、人事ご担当者様と意見交換をしながら対策を考えています。意見の中には、「一人前に育つ前に辞めてしまう」「転職会社のCM の効果で、転職を人生が好転する機会のように捉えて困る」といった若手社員の離職に悩むものが多くあります。私自身、クライアント企業で採用から関わり、会社の10年後のビジョンにあわせて教育計画を立てて育成にあたっているので、若手社員の離職は非常に悩ましい課題です。せっかく入ってくれた若手社員が、あんなに熱心に研修を受けてくれていたのに、突然辞めるというショックは悔しさを感じるほどです。外部の人間である私ですらそう感じるので、現場で育成をされているみなさまはいかほどかと思います。
離職に関わらず、若手社員への向き合い方にはたくさんの苦悩をお聞きします。
・「 辞めます」ってLINEで連絡をしてくるんです。彼らの常識ってどうなってるんでしょう。
・ 工程や仕様を把握したり調べようとせず、教えてもらえないと文句を言ってきます。
・ 最も大切な安全管理を蔑ろにする、命に関わる事なのに怒鳴られるとハラスメントと騒ぐ。
・ 何事もないと思っていたら、問題を言えなかったとまるでこちらが悪いように言ってくる。
若手社員を丁寧に扱ったら良いかというと、それでも辞めてしまう。厳しければメンタルがやられたと会社に来なくなる。厳しさも必要な建設業で、いまどきの若手社員にそれをどう伝えたら良いでしょうか。このようにお悩みの方もいらっしゃるかもしれません。
そこで私がお伝えするのは、いやいや、これからまた世代が変わってきますよと言うことです。一昨年くらいからZ世代と言われる20代前半で、かつ、コロナ禍に学生時代を送ってきた方達が入社されていますね。彼らに研修やコンサルティングで接する機会の多い私は、今までとは違う特性を持っているという実感があります。
ここで興味深いデータをご紹介します。東京建設業協会では、毎年4月に社員研修を実施しており、約300名(建築・土木40社)の新入社員が受講してくださいます。弊社では企画から講義まで担当しているため、毎年どのような新人が入社してくるのか、世代ごとの変化を学校と連携して調査しながら、変化に合わせて研修を実施します。研修後にはアンケートをとるのですが、今年はある変化が見られました。
出典:「東京建設業協会 新入社員研修アンケート」 |
特に私たちが着目したのは、【あなたが今考えている会社での将来像はなんですか?】という問いに対する回答です。今年は「社長や経営幹部まで出世したい」という回答が最も割合が高く、昨年と比較しても、出世を希望する方が増えていました。逆に、7年前の平成29年には最も割合の高かった「一定の実力がついたら転職したい」と考えている方は、年々減り続けているのです。この結果からは、転職を希望するよりも自社内に留まり、社長や経営幹部を目指していきたいという理想的な若手が増えているように見ることができます。
実は、この傾向は東京建設業協会の新入社員研修受講者だけでなく、全業種にわたるアンケートでも同様の結果が得られました。アルー株式会社が2023年の新入社員2.3万人を対象におこなった調査、「2023年度新入社員レポート」では、【あなたが望む仕事・働き方はどのようなものですか?】という問いに、「安定した環境に身を置いて、長く、堅実に働きたい」という回答が最も多く、その割合は大企業よりも中小企業の方が高いという結果が得られました。次に、「専門的な知識やスキルを習得・発揮できる仕事がしたい」が続く結果となっています。今年の傾向として、転職よりも自社内で長く働きたいという傾向は確かなようです。
企業の現場が見逃しがちな若手の背景
今年は学生時代最後の三年間をまるまるコロナ禍で過ごした新入社員が入社しました。高校、高専、大学の就職担当の先生から聞く、今年の新入社員の学生生活は興味深いものでした。
先生によると、「高卒の場合、ちょうど三年前の2月から休校に入ったため、入学式が遅れ、授業再開が2ヶ月後という混乱からスタートしたんです」「大卒、院卒の場合もオンライン授業が長く続き、校内イベントや修学旅行といった“楽しいこと”は何もせずに卒業を迎えたんですよ」と残念そうに教えてくれました。学校に行く機会がないので、仲間と共同作業をする経験が極端に少ない状態で社会人になっています。また、クラスにコロナ陽性者が出た場合は、休んでも公欠扱いになる学校も多かったので、休むことのハードルが低い状態で社会人になったことを危惧されていました。
この環境は、先輩社会人である私たちからはとても想像がつきません。元々失敗を怖がる、不安を感じやすいといわれる世代でしたが、その気持ちに拍車がかかり、より安定志向になっているように感じます。もちろん、良い特徴もあり、オンライン授業によりデジタルツールやオンラインでのコミュニケーションに慣れています。弊社のオンライン研修も、三年前のコロナ禍がはじまった頃に比べ、特に若手社員向け研修は受講者が慣れているので格段にスムーズに運営できています。また、先の見えない不確実な時期を経験したために、状況の変化に対応していく力を持っているとも言われています。
そんなに特性が変わっているなら、より対応が難しくなるのではないか、そう不安に思われるかもしれません。ですが、私は相手の特性を知ることで対応方法も見えてくると感じています。
若手社員が求めているもの
何を考えているかわからないと思いがちな相手も、背景や特性を知ると、コミュニケーションを合わせることができ、うまくいくようになるというのはよくあることです。この根底にあるコミュニケーションの考え方は、違い=間違いではなく、違いは単なる違いであるということです。人は自分が「普通」と思い、自分の価値観のメガネを通して相手を見ますが、相手も同じように自分なりの価値観の眼鏡でこちらを見ています。どこがどう違うのか、知ることが「相互理解」の基本です。
若手社員についても、相手の視点に立ってみると、効果的な対応方法のヒントが見えてきます。若手社員が安定志向であり、個人差はあっても定着を望んでいる世代だとすると、自社に定着して、辞めてしまうかも・・・という不安なく育成していくには、どのように向き合えば良いでしょうか。育成というと大事のように聞こえるかもしれませんが、忙しく、現場が異なると若手社員と顔を合わせる時間の確保も難しい建設業のみなさまでも、すぐに取り入れられる方法や事例をお伝えします。
今日からできる具体策1
「成長実感を持ってもらう」
若手の特性に合わせて、弊社では、昨今の若手社員育成のキーワードの1つに「成長実感」を挙げています。「成長実感」とは、文字通り本人が自分の変化を認識することです。そのために、仕組みを作ったり、声がけを通じて成長を実感できるような環境を整えます。先の見えない時代を過ごし不安を感じやすい若手社員は、この先の成長の道筋、将来像が見えることで、安心感を持ち、モチベーションを上げて仕事に取りくむことが期待できます。
仕組みづくりの例としては、今後学ぶ技術や成長の道筋を言語化するという方法があります。箇条書きで良いので書き出したり、表にまとめることで、いつどのような技術を習得し、どんな状態に成長できるか見せることができます。電気設備工事を行うK社では、若手社員が入社後習得する技術を書き出した表を、技術の地図=「スキルマップ」と呼び、マニュアルと併せて活用しています。半年、一年後と時期ごとに習得できる技術を分け、三年目で現場責任者を目指すために必要な成長の道標を作っています。若手社員はスキルマップを見ることで仕事の全体像が見え、安心します。また、習得した技術はチェックして潰していくことで、目に見えて成長実感を持つことができます。
また、技術の地図を作るほど時間をかけなくても、対象社員数が少ない場合でも使えるのが、給排水設備工事を行うC社で取り組んでいる目標設定です。目標設定というと仕事でよく聞く言葉ですが、目標を立てさせたまま振り返りをしなかったり、上司が部下の目標を把握していないということがよく起こります。実は目標設定も正しく取り入れると、成長実感を得て若手の成長や定着につなげることができます。C社では、例えば「半年後に戸建てを配管できるようにしよう」というような目標を1つ立てて、毎月、目標に近づいているかどうかを本人と確認し、上司から見た評価を伝えています。大きな目標に向かって、具体的に今月はここまで覚えたら目標達成という基準を明確にします。建設業はたくさんの技術がありますが、目標をたくさん作ると、上司どころか本人も忘れてしまいます。目標の数は少なくて良いので、10年後の理想の社員像から逆算して、一年、半年後はこうなって欲しいなというものを目標として、上司と部下で確認します。これなら、メールのやり取りでもできますし、じっくり話すことも良いですし、短時間でも共有ができます。
建設業の仕事は多岐に渡り、習熟までに時間がかかる技術も多く、若手社員からすると、何を目指しているのか、自分がいまどこにいるのかわからないことが不安につながっているかもしれません。また、子育てと同じように、一人一人成長の仕方やタイミングは異なります。さらに、教える側がどこを成長と捉えるかも違います。ある人は大きな技術的成長を見る傾向があり、ある人は小さな心構えの変化も見逃さずに捉えると言う風です。このような場合でも、1つでも良いので目標が明確であれば、誰もが同じ指針で、できた・できていないという評価ができます。
次回は成長実感を持ってもらえる若手社員との関わり方について、今日からできる声がけのしかたや若手社員がつい前のめりに取り組みたくなる工夫の仕方も併せてお伝えします。次に成長実感のできる褒め方・叱り方をご紹介します。
ぜひ、次回もお読みください。