第1回(2023年7月号)と第2回(2023年11月号)に続き、誌上スタディコースをお届けします。本コラムを読んで、「自社の若手育成を考える勉強会をした」という嬉しいお声をいただきました。一つでも取り組むことで、状況を変えていくことができます。過去の回を読んでくださった方も、まだ読んでいない方も今日からすぐ活用できる施策をご紹介致します。
第1回と第2回の内容をダイジェストでお伝えします
✔ 成長実感を語る前に知っておきたい若手の現実
若手社員は「転職よりもいまの会社で長く働き続けたい」という傾向であることがわかった。
コロナ禍でコミュニケーションを制限されてきた若手は積極的に声をかけることを避け、さらに、上司が声をかけてくれないと諦めているケースも増えている。
✔ 今日からできる具体策1「成長実感を持ってもらう」
不安を感じやすい若手社員に対しては、「成長実感」を持ってもらう。
今日からすぐできる具体策として、目標設定をしたり、成長を確認する声がけの仕方をご紹介。
✔ 今日からできる具体策2「コミュニケーションが取れない若手に今日からできる声がけのしかた」
相手が話しかけることを待つ代わりに、質問をすることで相手の考えていることを理解することができる。
✔ 今日からできる具体策3「若手が前のめりに仕事をしたくなる工夫をする」
上司の世代と比べて、時間を忘れて仕事に没頭できない環境であることが多い若手社員。成長実感を感じてもらうために効果的な「ゲーミフィケーション」を紹介する。
仕事に挑戦し、クリアする感覚を得る工夫で、成長実感を感じてもらうことができる。
第3回となる今回は、若手の背景を理解して、成長実感を実感していただくために、日頃のコミュニケーションでぜひ活用していただきたい、「褒め方」「叱り方」をご紹介します。
そもそも、褒めたこと・叱ったことはありますか?
不躾な質問で申し訳ありません。毎年東京建設業協会で開催している「早期離職者防止セミナー」では、若手を育成する担当者の皆様から、褒める・叱るについて多くのご相談をいただきます。褒めるのは難しいと感じる、命がかかっている現場で怒鳴ったり、感情的に怒ってしまうことがある。逆に、怒ると辞めてしまうかもしれないと思うと叱ることすらできないという声です。ちなみに、「怒る」と「叱る」は異なります。「怒る」は腹を立てる、憤慨する、感情を爆発させることですが、「叱る」は目下の者の言動を指摘してとがめることです。タイトルの質問は、怒るではなく、叱ったことはありますか?という意味でもあります。
私自身、コンサルティングの仕事では、現場で従業員の皆様と話をするため、日頃から「褒める」「叱る」言動を意識しています。ですが、Z世代と言われるコロナ禍以降の若手に対しての接し方で、コミュニケーションの難しさを思い知った出来事がありました。
私はある企業で、社内の課題をテーマに、プロジェクトを立ち上げて、選抜メンバーの皆さんと共に課題解決にあたっていました。メンバー全員で取り組み内容と期限を決め、役割分担して、あとは実行するだけです。1ヶ月後のミーティングまでに、メッセージツールのやりとりでプロジェクトを進めていこうと指示をしました。
ところが、メッセージツールには、進捗を聞いても「進んでいません」「忙しいので取り組みを減らそうと思います」といった返信が届き、一向に予定通り進む気配がありません。焦った私は、「取り組みを減らす前に相談するように」「メッセージにはなんらかの反応をしましょう」とメッセージを送りましたが、さらに反応が少なくなっていきます。2ヶ月後、プロジェクトの立て直しを図ろうと、全員を集めて「何をしたいのか」を話し合いました。しかし、明確な意見が出ず、「何をやっているかわからない」「もっと成果の出るものに取り組みたい」というばかりで、行動をする段階になると、また立ち止まってしまうのです。私が送った「相談をしましょう」「メッセージに反応をするように」というメッセージには、「市場さんを怒らせてしまったのかもしれない」とメンバー間で動揺が走ったという話も後から聞きました。
Z世代の特徴
・自分から動き出せない
・注意されるとすぐめげる
・言われたことしかやらない、指示待ち
・責任ある仕事を任されることに不安を感じる
・自分の成長につながると思えないことはやらない
・情報にはとても強い
さすがにこれまで16年、さまざまな業種でプロジェクトを運営してきた経験から、原因はなにかと必死に考え、社内でも検討しました。そこで気づいたことがあります。メンバーの大半はZ世代と言われるコロナ禍に学生時代を送ってきた方たち。リーダーもZ世代というプロジェクトは初めてで、今回の反応には若手の特徴がまざまざと現れています。
自分からは動き出せず、失敗を恐れて間違いのない答えを求める。責任あるプロジェクトのメンバーに抜擢されたことで、さらに不安が増したのかもしれません。何度も説明し、「こんなにやりがいのあるプロジェクトに参加できて、みなさん成長するね!」と鼓舞していた私のアプローチは、彼らの不安を増幅させていたのかもしれません。すぐに一人ひとりとの面談を実施したところ、「失敗が怖くて動けなかった」「正解がわからなかった」との意見を聞くことができました。結果、正解は求めず、失敗をして良いと全員で意思確認をして、プロジェクトはようやく動き出しました。
違うとは認識していたけれど、育ってきた背景や考え方が異なる人たちと共に仕事をするのは、こんなにすれ違いが生じるのかと、大変学びになった出来事でした。
仕事観の違いが溝を深めることになる
第1回、第2回のコラムでもお伝えした通り、Z世代の中でも、コロナ禍に学生時代を過ごしてきた方達は、コロナ禍以前から社会人経験をしている私たちからは、想像もつかない環境で学生時代を送ってきた方が多くいらっしゃいます。学校に行かずに部屋でオンライン学習をし、コミュニケーションを制限された環境で、集団生活の少ない学生生活をみなさまは想像できますか?また、生まれた時からインターネットが身の回りにあり、わからないことは検索すれば答えが出る。仕事の悩みの解決法や会社の辞め方すらネットで検索すれば情報が出てくる世代です。情報の処理速度が早く、柔軟に対応することができる素晴らしい面を持っている方も多いと言われています。
私が若手従業員とのプロジェクトで感じた、仕事を与えられ、責任も持たされているのに、なぜやらないのか?という考えは、すでに古い考え方であったわけです。良かれと思ってやる気を起こしてもらおうと思った関わりが、無意識的に相手にプレッシャーを与え、「そんなことならネットに書いてあった他の仕事に就こうかな」「仕事だから当たり前と言われて、強要されて辛い」と、関係性の溝を深めていることすらあるといいます。
自分の持っている価値観や仕事観は横に置いておいて、相手を理解しようとする姿勢を持つこと。本当に「相手の立場に立つ」ことが、成長以前に仕事をしてもらうためにも大切なのです。私も改めて、意識をしていこうと肝に銘じました。
今日からできる具体策4
「建設業でも今日から使える褒め方」
私はIT、金融、アパレル、小売、製鉄などさまざまな業界で研修を行う機会があります。その中で、建設業は褒めることを難しいと言う上司が多く、同様に、褒められる機会が少ないという若手も多い傾向にあると感じています。ある建設業の経営者にその理由を尋ねたところ、「建設業はできて当たり前」であることが多いという話を聞いて納得しました。セールスなら成績が見えて褒めやすい。でも建設業では、例えば“橋をかける”というすごい仕事をしているにも関わらず、すごいねと褒められることはほぼないという経験談を話してくださいました。そうでない職場も多くあると思いますが、技術を習得することが当たり前の仕事である以上、褒めるポイントを見つけることが難しいのかもしれません。
ただし、前途の通り、Z世代の若手従業員は不安を感じやすく、失敗を恐れて行動ができない傾向もあります。仕事の仕方はそれで合っているよ、あなたがやっていいんだよという【承認】をするために、「褒める」行動は非常に効果があります。こちらが求めている目線にも成長できていないのに、なんで褒めなければならないんだと思う方もいらっしゃるかもしれません。これが、自分の価値観を横に置いておくポイントではないかと思うのです。自分ができていると思うかどうかではなく、【相手ができたことがあるか】、ここに着目してみてください。
そこで、おすすめの褒め方があります。これくらいできて当たり前だと思うことでも、「成長したね」と言葉にして伝えるのです。会議で発言をしたら「さっきの発言よかったよ、成長したな」、技術が上がったら「前よりうまくできているよ」。これだけで良いのです。ただ、そのためには若手の変化を見逃さないことは当然必要になります。
逆に一つ、注意していただきたいことがあります。私は仕事の話をする際に、会話の技術として「褒める」「承認する」ことを重視して話をします。ですが、実は最近の若手の特徴として、皆の前で褒められることを苦手とする傾向があると言われており、単純に褒めたり、承認しては逆効果になることがあるのです。皆の前で「お前、すごいよ!」「よくやったな!」と褒めちぎってしまうと、目立ちたくない、急激な変化に不安を感じる傾向の多い若手社員には、ストレスになることすらあるのです。
普段、あまり褒める言葉を使っていない方が、突然「すごいよ!」などと褒めるようになるのも、相手が違和感を感じて素直に言葉を受け取れない結果になることがあります。また、慣れない褒める行為に疲れて、数週間経つと、だんだん褒める行為を忘れて、元に戻りがちです。そこまでしなくても、「成長したね」と言う言葉を若手の行動に合わせてかけることなら、誰でもでき、相手が「ちゃんと見てもらえている」と感じてもらえる効果的な褒め方なのです。
今日からできる具体策5
「叱られたことのない若手、叱られたい若手にこれが効く」
叱り方については、興味深いデータがあります。Job総研による『2023年 上司と部下の意識調査』によると、「上司から熱量高く叱られた経験」についてのアンケートで、20代の75.2%が「上司から叱られた経験がない」と回答し、年代別で最も叱られた経験がないことがわかりました。一方、「上司から叱られることについて当てはまるもの」という問いに対しては、20代の23.8% が「叱られたい」と回答し、年代別で最も高い割合になりました。つまり、叱られた経験がないが、実は叱られたいと感じている20代が一定数いると考えられるのです。叱られたい理由としては、「自分の成長につながるから」「自分をみてもらえている気になるから」「客観的な評価が欲しいから」という順で回答がありました。
もちろん、「叱られたくない」という回答が半数以上を占めていたことも無視できない点ですが、仕事をしている上で、叱る場面はどうしても避けては通れません。安全管理が必須の建設業ならなおさら、叱られたくないからと避けていては、命の危険や大きな欠陥が生じる恐れがあるので、叱ることは効果的に取り入れていきたいもの。
このアンケートの結果を見て、私が思い出したことは、約20年、毎年登壇している新入社員研修での受講者の変化でした。毎年変化が見られるのですが、近年は受講者を叱った後、叱った本人からお礼を言われたり、手紙をもらうことが増えたのです。「あの時注意してもらってよかったです」「見てくれてありがとうございました」という内容です。
叱ってお礼を言うようなことはあるか?と思われるかもしれませんが、事実です。ただし、ここは一つポイントがあります。叱る際、「どこがよくなかったか指摘する」ことに加えて、「理由を伝える」こと。これは、工業高校の教師から教わったのですが、この叱り方だと、褒めた際と同じような【承認】の効果を与えることができるということです。感情で怒鳴るのではなく、また、突然怒るのではなく、物を投げるのではなく、「こうだから叱っている」と伝えること。さらに、後から「あの後大丈夫だったか?」「この間伝えたこと、理解できたか?」とフォローをすることで、叱ることが成長につながるコミュニケーションになります。
つまり、褒めることも叱ることも、伝え方によって、若手の成長を促すことができるのです。面倒でしょうか?でも、人が残ってくれなくては意味がありませんよね。実は、第1回のコラムでもお伝えしたように、「安定した環境に身を置いて、長く、堅実に働きたい」というコロナ禍以降に入社した若手社員が最も望んでいることでもあるのです。
全3回にわたって誌上スタディコースでご一緒してまいりました。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。本年度も、東京建設業協会主催の「早期離職防止セミナー」を開催します。ワークを交えながら、他社の事例も情報交換をしながら、自社の対策を考えていく実践的なセミナーです。ぜひ、ご参加をお待ちしております。
東京都市大学建築都市デザイン学部 客員教授
高木 元也氏
昭和58年名古屋工業大学卒。総合建設会社にて、本四架橋、シンガポール地下鉄などに携わる。『建設業の働き方改革 心と身体の健康対策』(清文社、令和5年)など著書多数。テレビ解説などに出演。厚生労働省の有識者会議をはじめ、府省が設置した複数の会議体などに検討メンバーとして参加している。
はじめに
令和6年4月、建設業の働き方改革がスタートします。主な改革は法規制による労働時間の制限です。
なぜ、労働時間なのでしょうか。それは、長時間働くこと、いわゆる働き過ぎにより、過度に疲れ、心と身体が病んでくるからです。
このことを十分に理解し、働き過ぎを見直し、心と身体を健やかにして、日々快適に過ごすよう努めなければなりません。
本稿は、働き過ぎで生じる疲労をテーマに、疲れやすい現場の作業、行き過ぎた過労死事例、疲労対策として、予防と回復、疲れを減らす現場の工夫などを紹介します。さらに、心の健康(メンタルヘルス)では、ストレス、心の病気の正しい理解、対策として、セルフケア、パワハラ防止、現場のよい人間関係の構築などを紹介します。
本稿の内容が、皆様の現場の快適な職場づくりの一助となれば幸いです。
働き方改革の関連法規制
建設業の働き方改革について、主な改革は法規制による労働時間の制限です。
〇残業時間の上限を規制する
→ 残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間
( 月45時間は、1日当たり2時間程度の残業に相当)
→ 臨時的に特別な事情がある場合でも(労使合意の場合でも)
・年720時間以内(休日労働を含まない)
・複数月平均80時間以内(休日労働含む)
・月100時間未満(休日労働含む)を超えることができない。
・原則、月45時間を超えることができるのは、年間6か月まで
→ ただし、災害復旧・復興の場合、複数月平均80時間、月100時間未満は適用しない。
〇月60時間超の残業は、大企業、中小企業ともに割増賃金率引き上げ(25%→50%)
〇年5日の年次有給休暇の取得を企業に義務づけ
〇労働時間の状況を客観的に把握するように企業に義務づけ
例:自宅から現場までの通勤は労働時間には含まれないが、自宅を出て事務所に立ち寄ってから現場に行く場合、事務所から現場は労働時間に含まれる。
〇勤務間インターバル制度の導入を促す
本制度は1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上(例:11時間)の休息時間(インターバル)を確保するもの。働く人の十分な生活時間や睡眠時間を確保する。
建設現場の働き方改革取り組み事例
すでに働き方改革を実践している中小建設業者A社の取組事例を紹介します。
〇業務効率化と生産性向上
・就業時間内における業務効率化 → ムリ・ムダ・ムラの排除(ただし手抜きは厳禁)
・事務所での作業時間の確保(現場に出ずっぱりにならないように時間配分調整)
・一部業務の外注化 → 事務負担の軽減
・事務作業量の削減 → 派遣職員等、有期雇用の活用
・ICT活用 → 本社で効果的なICTツールの試行・検証。よいものは現場で採用
〇残業・休日出勤ルールの徹底
・残業は当日朝までに事前申請 → 現場所長の承認を得なければ残業は認められない(事後申請は禁止)
申請では、残業理由を明確にする(これらは理由にならない・・・忙しいから、業務だから、残務処理など)
・平日残業は1日2時間以内
・休日出勤は原則禁止 → 特段の理由がある場合のみ(現場所長の承認が必要)
・毎月の残業は原則45時間以内、45時間超は年6回まで。ただし年720時間以内厳守
・複数月平均80時間以内(休日出勤含む)
"疲労"を考える
長時間労働など働き過ぎにより過度な疲労が心配されます。
疲労とは、身体と心に負担がかかっている状態のことです。疲労には、肉体疲労と精神疲労の2つがあります。
肉体疲労とは、身体を動かし続けるとエネルギーが枯渇し、血行不良や神経伝達の遅れが生じることです。また、運動で筋肉が傷つくと炎症が起き、筋肉痛などが発生します。
一方、精神疲労とは、精神的なストレスが大きくなると、血行不良などの末梢疲労と同様の反応が起きます。さらに悪化すると徐々に脳細胞がダメージを受け疲弊してしまいます。
疲れやすい現場の作業(例)
建設現場には疲れやすい作業がたくさんあります。以下に例示します。
〇重量物取り扱い作業
重量物の運搬は疲れやすく、転倒や墜落の災害にもつながります。手に持つ物の重さは20kg までを目安にします。
〇夜間作業
夜間作業は疲れます。特に高年齢者は、夜間作業の疲労回復力が著しく低下しています。
〇高所作業
高所作業は、緊張感があり疲れます。鉄骨建方作業、電柱や鉄塔の昇降作業等において心拍数の顕著な増加を測定した研究があります。
〇足元が不安定な作業
足元が不安定な場所は疲れます。屋根、法面。脚立やはしごの踏みざんの上も身体が揺れて不安定です。
〇重機の運転・操作
例えば、バックホウによる法面整形は、法面を仕上げるため集中力を必要とします。
〇電動工具の使用
電動丸ノコ、グラインダー、チェーンソーなどの電動工具は、回転・振動する刃などの動きを抑えるため握力、集中力などが必要になります。
〇酷暑・極寒の中での作業
炎天下の作業や、寒さ厳しい中での作業は疲れます。
〇工期が厳しい中での作業
工期が厳しい現場は、工期を間に合わせるプレッシャーを受けながら、残業、休日出勤など長時間労働になりやすいです。
疲労対策 予防と回復
疲労対策には、予防と回復があります。
疲労を予防するには、日頃の「健康管理」が大切です。予防には、基礎体力の向上、夜間の熟睡、栄養バランスのとれた食事、正しい姿勢、日々の適度な運動などがあげられます。
一方、疲労回復には休憩をとることです。作業の合間の休憩は、1回の休憩時間、1日の休憩回数などにより回復度が異なります。集中力が必要な作業の継続時間は短くし、休憩回数を多くすることが望まれます。疲労回復には、入浴、質のよい睡眠、適度な運動(激しい運動は逆効果)がおすすめです。また予防同様、豊富な栄養摂取、基礎体力の向上も回復を早めます。
疲れを減らす現場の対策(例)
現場では疲れにくくする工夫も必要です。例えば、重量物は人力運搬せず台車を活用したり、ハシゴは踏みざん幅が広く(例:階段ばしご)、手すり付きのものを設置し滑落を防止したり、脚立に替え、踏みざん幅が広く天板に乗っても上枠に身体を預けることができる踏み台を用意したりすることなどがあげられます。
過労は危ない
過労死とは、過重労働による脳・心臓疾患、強い心理的負担による精神障害を原因とする死亡(自殺等)のことです。このところ、過労死労災認定件数は増加傾向にあります。
過度な長時間労働は、疲労が蓄積する最も重要な要因です。また、脳・心臓疾患との関係が強いという医学的知見も得られています。
過度な長時間労働を削減し、仕事と生活の調和(ワークライフバランスといいます)を図り、働く人の身体と心の負担を軽減することは重要な課題なのです。
建設現場の過労死等労災認定事例
建設現場の過重労働による労災認定事例を以下に例示します。
【事例1:保育園増築工事、現場監督(50代)】
・長期間の過重労働により脳内出血(休業)
・発症前3~4か月は休日なく、発症4か月前からは100時間以上の残業
・現場事務所での施工管理業務、業者との打ち合わせ調整等が多忙
【事例2:震災復旧工事、土工(60代)】
・長期間の過重労働による脳内出血(死亡)
・発症前1~2か月、100時間以上の残業
・ダンプでの資材運搬、片付け。通勤時は運転手となり同僚を乗せ自宅と現場を往復
【事例3:道路復旧工事、土工(60代)】
・悲惨な事故や災害の体験、目撃による急性ストレス反応(休業)
・土砂崩壊災害で、一緒に作業していた同僚5人が土砂に巻き込まれ亡くなり、1人が負傷。被災者は自分だけが生き残り、同僚や遺族に申し訳ないと自責の念が生じた。
【事例4:トンネル工事、現場事務(40代)】
・うつ病により自殺(死亡)
・現場写真の撮り忘れで上司から指導や叱責を受け、その後もミスが続き、休日出勤を含む13日連続出勤(2回)。発病後も2か月間、90~120時間の時間外労働。ただ、ほとんど作業が進まず、上司の怒りがピークに達し強く叱責され、それにより自殺。
(労災疾病臨床研究事業費補助金平成30年度総括・分担研究報告)
メンタルヘルス(=心の健康)
働き方改革では、心を健康に保つことも重要なテーマです。
近年、産業構造の変化、就業形態が多様化する中、職場でストレスを感じる人の割合が高くなっています。その原因は仕事の質・量に関するものが最も多いです。
さらに、仕事の過度なストレスなどから精神障害を発症(自殺のケースも)して労災認定される事案が近年増加し、社会的にも関心を集めています。
事業場ではより積極的なメンタルヘルス対策(心の健康対策)が必要になっています。
心の病気を正しく理解する
心の病気は、病院に通う人は約420万人(H29)と、約30人に1人の割合を占めるなど、誰もがかかる可能性がある病気といえます。
多くの場合、治療により回復します。最近では治療薬の進歩で以前より回復しやすくなっています。身体の病気と同様、治療することが何より大切です。
心の病気は、本人が苦しんでいても周りの人は気づかないことがあり、知らないうちに無理をさせたり、傷つけたりしている場合があります。心の病気を正しく理解することが大切です。
ストレスとは?
ストレスとは、心が感じるプレッシャーです。「しっかりやろう」「きちんとやろう」という気持ちがあるからこそ、ストレスが生まれます。
ストレスがあった方が、集中力が高まり、自分の力を発揮できることもあります。しかし、ストレスが強すぎたり、長く続きすぎたりすると、やがて心と身体は疲れ、さらに無理をすると、心と身体は病んでしまいます。
自分のストレス状態に気づかず、心の調子を崩しているのにそのまま頑張り続けることがあります。頑張っている時は、ストレスに気づきにくいものです。
ストレスは早めに対処する
ストレスのサインを感じたら、できる限り早めに対処しましょう。
自分でできるセルフケアがおすすめです。誰かに話したり、ゆっくり休んだりして、心も身体も軽くなったら、まず心配ありません。自分でストレスをコントロールできています。
セルフケアの方法を以下に例示します。
〇身体を動かす
運動にはネガティブな気分を発散させたり、心と身体をリラックスさせたり、睡眠リズムを整えたりする作用があります。特に、有酸素運動がおすすめです。
〇今の気持ちを書く
書くことにより抱えている悩みを、距離を置いて見れるようになり、冷静に考えることができるようになります。また、書いた文章を読み直すことで、これまで思いつかなかった解決策のアイデアが浮かぶことにもつながります。
〇腹式呼吸を繰り返す
意識して深呼吸をして自分を落ち着かせます。椅子に座った場合、背筋伸ばし、軽く目を閉じ、おなかに手を当てます。立った場合もリラックスしておなかに手を当てます。
〇「なりたい自分」に目を向ける
問題を抱えていると、問題を解決できないダメな自分ばかりに目がいきがちです。そんな時は、うまくやった時の自分を思い出し、そのことで自分の力を信じるようにします。
〇音楽を聴く、歌を歌う
音楽は心と身体を癒してくれます。アップテンポの曲は、活力を与え、優しくスローな曲は不安や緊張を和らげます。また、歌うことは、自然と呼吸が深くなり、ストレス解消に効果的です。
○笑ってみる
笑いは心を軽やかにして、つらい日々を乗りこえる力をつけてくれます。
もし眠れない日が続いたり、不安な状態が数週間も消えなかったり、何もする気になれなかったり、すぐ疲れたりするときなどは、大きなストレスを抱えているかもしれません。専門家に相談することがおすすめです。
パワハラを防止しよう!
パワハラ(パワーハラスメント)は慎まなければなりません。法律(労働施策総合推進法)でも、事業主にパワーハラスメント防止措置が義務づけられています。
パワーハラスメントの代表的なものは次のとおりです。
タイプ1 身体的な攻撃 暴行、傷害
例:殴打、足蹴り、相手に物を投げる
タイプ2 精神的な攻撃 ひどい暴言、侮辱、名誉棄損、脅迫
例:人格を否定する言葉、長時間にわたり激しい叱責を繰り返す
タイプ3 人間関係からの切り離し 仲間外し、無視
例:周りの者が無視をする
タイプ4 過大な要求 仕事とは関係ないこと、不可能なことを「やれ」と強要する
例:未熟練者に対し、必要な教育をせずに作業をさせ、うまくできないと厳しく叱責する
タイプ5 過小な要求 能力より著しく低い仕事を与える、仕事を与えないこと
例:気に入らない作業員に対し、嫌がらせのため、片付けなど簡単な作業にしか就かせない
タイプ6 個の侵害 プライベートに過度に立ち入る
例:作業員の病歴、秘密などを、その作業員の了解を得ずに、みんなに暴露する
ハラスメント対策は事業主の義務です!」
良い人間関係を構築する
建設現場で働く人の心と身体の健康を保つためには、現場関係者の良好な人間関係を築くことが大切です。ほとんどの現場責任者が、このことを重要視しています。
笑顔を忘れず、会話を弾ませ、現場全体のよい雰囲気をつくり、みんなが仲間であるという意識を浸透させます。
おわりに
今後、建設業の働き方改革を精力的に推進し、働き過ぎを見直し、過度な疲労を避け、心と身体を健やかにして日々快適に過ごすように努めなければなりません。
現在、安全教育をしっかり行っている現場は数多く見受けられますが、今後は、安全教育に加え、腰痛予防、生活習慣病対策、ストレスとのうまいつきあい方、セルフチェック、パワハラ防止など、身体と心の健康教育を精力的に行うことが求められます。
当協会では、今回、ご執筆いただいた高木元也様を講師に迎え、「労務安全セミナー」を開催予定でございます。
お繰り合わせの上、ぜひご参加ください。
「労務安全セミナー~ 危険感受性の向上、若年・外国人・高年齢者の安全確保 ~」
開催日時:令和6年2月15日(木)14時~16時
開催方式:オンラインセミナー(Zoomミーティング)
申込方法:12月中旬より当協会ホームページにて募集開始