はじめに
私が社会保険労務士として建設企業の人事労務コンサルを行って10数年、寄せられた相談内容は多岐に渡りますが、その時々で潮流もあり、例えば近年ですとそれは働き方改革関連であったりします。ただ、相談内容には時代を問わず寄せられる普遍的なものもいくつかあり、そのうちの一つが人材確保に関する事柄です。ただここ数年は「人手が足りない。特に若手が」、「求人を出しても反応がない」、「入社はしたがすぐに辞めてしまう」といった声が特に多く、建設業界における人材確保難の深刻さが増してきていると感じます。
日本と建設業界の働き手の変化
ただ先述のような状況というのは、程度は業界により異なれど、この国全体の問題です。日本の生産年齢人口(15~64歳人口) のピークは1995年の8716万人で、これは総人口の69.4%を占めていましたが、その後少子化などの影響により2023年10月時点では7395万人まで減少しています。そして国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によると、今後も当該人口は一層の減少見通しで、2050年時点で5540万人、2070年には4535万人との推計が標準的なシナリオとして公表されています。
この減少傾向は若年者となるとさらに深刻です。若年労働力人口(15~34歳)は2007年には2035万人だったものが、2023年で1742万人となっており、15年間程度で約300万人減少し、総労働力人口に占める若年労働力人口の割合は、2007年には約30%だったものが、2023年には約25%と5%近く減少しています。
さらに建設業界に目を向けると、2007年時点での就業者数は約550万人であったものが、2023年時点で約480万人と約70万人減少し、結果そこに占める29歳以下の割合は10%強と、ピーク時の半分以下にまで減少しました。
出典:総務省「労働力調査」(暦年平均)を基に国土交通省で算出 (※平成23年データは、東日本大震災の影響により推計値) |
日本は比較的労働者数が豊富で、かつ経済成長の続いていた高度経済成長期などは「企業が人を選ぶ」ともいわれていました。それが先述の通り、働き手、特に就職活動が活発である若年者が減ったことなどにより、今は明らかに「人が企業を選ぶ」時代に転換したといえます。そして、それは少子高齢化がより深刻な建設業界においては、特にその要素が強く、そのことが冒頭に挙げたような建設企業の声として表れているといえるでしょう。
○建設業就業者は、55歳以上が35.9%、29歳以下が11.7%と高齢化が進行し、次世代への技術承継が大きな課題。
※実数ベースでは、建設業就業者数のうち令和3年と比較して55歳以上が1万人増加(29歳以下は2万人減少)。
機械化の進展と業界における意味
少子高齢化に伴う働き手不足は日本全体の問題でありながら、建設業界ではその傾向がより深刻であることを述べましたが、別の側面からもその深刻さが強化されていると考えられます。それは経済活動におけるIT化・AI化・機械化の進展です。
皆さんも日常生活の中で実感されているかと思いますが、特にサービス分野での機械化等の発達は顕著です。例えば飲食チェーン店などでは、配席・注文・配膳・会計まですべて機器を通じて行い、店員との直接のやり取りはほぼ無いことも珍しくなく、もともとはむしろそれが多い部類にあった業界からの変化は目覚ましいものがあります。
一方で建設業界は従来より、機械化等が相対的には進んでいない業界とされています。これは建設現場における工事施工において特に顕著ですが、各種工事書類作成等を行う、いわゆるバックオフィス部門においてもそのような傾向はまだ強いと言えます。
この点については業界としても、例えばバックオフィス関連では公共工事を中心に各種工事書類の削減がガイドラインの策定とともに進められ、また施工現場における改革としては、ICTを活用して魅力ある建設現場を目指す「i-Construction(アイ・コンストラクション)」を国交省が提唱・推進するなどといった諸改革が行われていますが、ただ現状においては、これらはまだ大企業・大規模現場での活用・展開が中心とはなっているため、業界全体の潮流になっているとまでは言い難いのが現状です。
そしてここで重要なのは、仮に今後そういった取り組みが進展したとしても、他業界ほどに人手が必要なくなるのかというと、建設業界ではそれは限定的ではないかと言われていることです。それが最も顕著なのはやはり現場施工であり、業界の働き手の多数を占め、実際に施工を行う「技能者」の作業を機械化できる範疇を、業界の構造を変えるほどに大きく拡大するには、技術的・経済的等の要因から相当な期間を要すると想定されます。
人の価値はもちろん誰しも平等です。ただし労働市場においては見方によっては必ずしもそうでありません。近年、メディアでも「AIに人間の仕事が奪われる」、「AIに奪われる仕事ランキング」といったような見出しでの取り上げられ方が頻繁に行われているように、業態や職種の性質により、人でないと難しい仕事・そうではない仕事が現実としてはあります。そして先ほど、この面においては建設業界の特に現場部門における変化が相対的に遅い(遅くなる)傾向にあると述べましたが、これは言い換えると、建設業界の労働市場においては、労働力としての人の価値が相対的に高い時代がしばらくは続くと想定されるということです。
外国人材の増加と活用
もう一つ、近年の建設業界の労働市場における注目要素としてあるのは「外国人材の増加」です。現在、建設業界では在留資格『技能実習』や『特定技能』で就業している外国人材の合計が約12万人となっており、彼ら無しには成り立たないといっても過言ではない状況にあります。このうち技能実習生については原則として転職(転籍)はできませんが、特定技能の方は一定の条件を満たせば可能です。また技能実習制度については27年施行予定の改正入管法・技能実習法により『育成就労』制度に移行するに伴い、育成就労生は一定期間の経過や試験合格等の条件を満たせば転籍が可能となる制度設計となっています。
外国人材の比率が高まってきている状況自体は建設業界に限ったことではなく、日本全体で外国人材の獲得競争、転職市場の活性化は予想されます。また政府は現在の人手不足等の現状も鑑みて、特定技能資格での就業受け入れ人数の見込みの上方修正を閣議決定し、令和6年4月からの5年間で建設業界については約8万人の受け入れ見込みを設定しています。よって現在既にこういった外国人材が社内にいる企業や、今後活用を検討している企業は、そこに向けての選ばれるための対応も、より重要になってくるといえるでしょう。
出典:国土交通省「建設分野における外国人材の受入れ」 |
今こそ選ばれなければ
ここまで、現在は「人が企業を選ぶ時代」であり、また「建設業界の労働市場においては、人の価値が相対的に高い時代」であると述べました。つまりそこから導かれるのは、建設業界においては選ばれないことの経営的リスクがより高いため、そこへの対応は企業経営における最重要課題に他ならないということです。
建設業界はいわゆる2024年問題を迎えたことにも象徴されるように、休日数確保、長時間労働対策などの面では他業界に後れを取っている面があり、現在、業界をあげて労働環境の改善に向けた取り組みが強化されています。これを受けて個々の建設企業としても、人材獲得競争は同じ業界内だけで行うものではなく、他業界とも行うものだというそもそも論に立ち返り、自社の賃金水準・制度、休日等その他雇用条件、また福利厚生や職場環境などが、他業界・他社と比べてどのような現在地にあるかを、正確に把握することが重要となってきています。
「選ばれる建設企業となる」ためにとるべき選択肢は数多くあり、そしてそこに決まった正解はありません。ただいずれの建設企業にも共通しているのは、そうなるための変化を常にしていかなければ、企業として生き抜いてはいけない抜き差しならない状況となってきているということです。今後の私の記事でもそれに資するテーマを取り上げますので、自社において実行しやすそうだ、効果がありそうだというものがあれば、実践に繋げるヒント・きっかけの一つとして頂けますと幸いです。
イラスト:ヒガシヨーコ |
中村 直子氏
https://naokonihongo.com
20年の経験を持つ日本語教師。企業向け日本語研修を提供している。
外国人材が自立した日本語話者になれるよう「自分で考え、日本語でアウトプットする」アクティブラーニングの授業を大学院、日本語講座で展開している。「やさしい日本語」研修など日本の受け入れ側のサポートにも力を入れる。
鉄鋼メーカーで土木鋼材担当の経験があり、建設業と深い関わりがあったため、建設業とそこで働く外国人材を応援することに使命を感じている。
建設現場にも外国人材が増えてきました。日本語で指示をしたのに通じなかった、翻訳アプリでの会話も疲れてきたなど外国人材とのコミュニケーションに困っていませんか。
そんな現場の日本語の課題を解決する「やさしい日本語」について2回に渡ってお伝えします。
現場の作業が安全かつスムーズ進み、活気あふれる明るい現場になります。ぜひ、読み進めてください。
やさしい日本語で翻訳アプリも手放せる!?
私は20年近く、日本語教師の仕事をしており、現在も大学院で留学生に日本語を教えています。近くに住んでいるため留学生と偶然、病院や郵便局であったりすることがあります。そんなとき、私は留学生に声をかけますが、その様子を見るやいなや職員が駆け寄ってきて「すみません。この人(留学生)に通じないんです。通訳してください」と言われたことが何度かありました。
こんな経験から、日本人にとって外国人とのコミュニケーションはとてもハードルが高いものというのを感じてきました。
しかし、外国人材と働く時代になった今、外国人材と話さないわけにはいかない状況になってきています。「外国人材の日本語が上達すれば解決する」、「翻訳アプリがあるから大丈夫」と思っている方も多いのではないでしょうか。
前述の私に通訳を頼んだ職員の方々は、私が留学生の母国語で話していると思われていたようでしたが、実は私が使っているのは日本語なのです。それは「やさしい日本語」という、日本語を外国人に伝わりやすく言い換えたものです。同様に、私が日本語教師をしていると、英語が堪能と思われがちですが、授業は日本語でおこないます。そうです!コミュニケーションは日本語を工夫することでできるのです。日本語は世界の言語でも難易度の高い言語の一つ。私たち日本人も日本語の難しさを振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。
「やさしい日本語」で十分にコミュニケーションが取れることは意外と知られていませんが意思疎通の速度が格段に上がることに驚くでしょう。そして、伝わらないというストレスから解放され、翻訳アプリを通さず、直接話すことで信頼関係も築き上げることができるのです。
建設分野の外国人材の日本語レベル
2023年の時点で建設業に携わる外国人材数は日本で14万人。その中でも技能実習生と特定技能という在留資格を持つ外国人材数は11万人です。これらの在留資格に必要な日本語は以下のような初級レベルです。(JFスタンダードA2またはJLPT N4)。
・「 短い、はっきりとしたメッセージやアナウンスの要点を理解することができる」
・「 生活、仕事、自分のことについて簡単な言葉で話すことができる。」
「文化庁在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインより」 |
つまり、建設業に従事する外国人材の大半は日本語に不慣れであり、日本人が普段使う日本語はほぼ通じないということです。
「やさしい日本語」は外国人を災害から守るためにできたのが始まりですが、建設現場でも安全確保など瞬時の意思疎通が必要と思われます。共に働く日本人は外国人材が日本語に不慣れなことを理解し、日本語でのコミュニケーションに慣れておくことが大切です。
やさしい日本語のレベル
「やさしい日本語」は小学校低学年の子供に話すときに使う言葉をイメージしていただけるといいです。
右記のグラフを見ると日本在住の外国人は8割以上が日本語話者です。その中の3つの会話力(1~3)に注目してください。
グラフをもとに具体的にレベル別の例文を上げてみます。
「日常生活に困らない程度」が「やさしい日本語」のレベルです。
日本人が普段使う日本語より易しくなっていることがおわかりいただけましたでしょうか。
ほんの少し工夫をしただけですが圧倒的に伝わりやすくなっています。そして、8割の外国人が「やさしい日本語」での発信を希望しています。(文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」より)
やさしい日本語で現場の未来を変えられる!
では、日本人側にとって「やさしい日本語」を使う効果はなんでしょうか。
建設現場での効果をまとめました。
やさしい日本語を使う効果
・仕事が進む。
・安全確保ができる。
・コミュニケーションができ、明るい現場になる。
・信頼関係を築くことができる。
日本語に少し配慮することでこのように現場の未来を変えることができるのです!
日々業務に追われ、外国人材とのやり取りまで手が及ばないという方が多いと思われますが、このコラムを読み終えたらだれでもすぐに使えますので、ぜひ次の言い換えにチャレンジしてください!
以上を意識し、日本語で伝えるという強い意志を持って外国人材に話してください。しっかり向き合ってわかりやすい指示をもらえることは、外国人材にとっては大きな安心材料となります。自信を持って仕事を進められるようになるでしょう。
伝わったか確認する
「やさしい日本語」で伝えたあとは、外国人材が指示を理解できたか確認が必要です。ただし、「わかりましたか?」はNG です。わからなくても「はい、わかりました」と答えます(笑)
(質問の仕方の例)
・「 今日、何をしますか?もう一度言ってください。」
・「次は何をしますか?」
例のように質問し、外国人材の口から理解できたことを日本語で言ってもらいます。
このアウトプットが、外国人材の日本語が伸びるコツです!現場で日本人が「やさしい日本語」を使うことが外国人材の日本語の上達に直結しています。
もし、指示を理解していない場合は、言い換えて伝えてください。「やさしい日本語」は正解がありません。間違いなく伝われば、それが正解です。自信を持って話してください。きっと伝わるはずです。
「やさしい日本語スイッチ」を持とう!
「やさしい日本語」基礎編はいかがでしたでしょうか。
わたしたちは日本語を様々な場面で合わせて使い分けています。日本語が難しい理由の一つですが会社で上司には敬語、友達とはタメ口、地元に帰れば方言です。今日からこの使い分けにもう一つ加えてください。外国人には「やさしい日本語」です。この切り替えで現場でのコミュニケーションに明るい未来が見えてくるはずです。
「やさしい日本語」は「優しい」「易しい」の二つの意味を持っています。配慮された日本語で目と目を見て話すことは距離が縮まり、信頼関係へと結びつきます。長く働きたいと思う外国人材が増えることでしょう。
今日から使えるのでぜひ「やさにちスイッチ」をオンにしてみてください!
次号は「やさしい日本語 応用編」をお届けします。
*参考文献
「文化庁 在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」