東京が名実ともに日本の首都として、業務・商業の中心機能を担い続けるためには、これを支える勤労者とその家族が、安心して住み続けられる居住環境が必要であることは論を待ちません。しかし、現状の東京はどうでしょうか。「住みたい街」などの調査で見る限り、ベストテンには顔を出すものの、必ずしも一番ではないのが実状です。
上位に入る地方都市との比較でその理由を考えてみると、「安全」と「豊か」というキーワードに行き当たります。普通の勤労者とその家族が、その経済力で無理なく、安全で豊かな居住環境を手に入れられること、これこそが、首都東京が、今後備えていくべき機能だといえましょう。
ここでは、「災害に強い」「豊かな生活」といった現実の課題や、「将来社会への布石」といった長い視点をもつ対策をとりあげ、提言をおこないます。
絶対的に低い都市防災性能
95年1月の阪神・淡路大震災では、倒壊・破損などの建築物被害だけにとどまらず、火災延焼や被災者避難など、都市レベルでの被害や問題が発生し、多くの市民を巻き込んでいきました。この被害状況は、直下型の地震という自然現象だけではなく、集積した都市そのものが問題を抱えていること、わが国の都市の防災性能が絶対的に低いことを私たちに教えてくれています。
首都圏においても、関東大震災クラスの地震が再来する可能性はゼロではなく、学術的にはむしろ再来は確実であり、時期がいつになるかだけとされています。単に市民の生命財産を守ることだけではなく、想定される地震被害を最小限度にとどめ、発生後いち早く都市機能の復活を果たすことは、都市としての居住環境の課題となります。
さらに「業務・商業の中心としての東京」は、地震の被害が甚大なものとなって人的要素を含む都市機能を大きく後退させた場合には、一般的な地震被害だけでなく、国としての国際的な競争力にまで影響が及びます。わが国は国際経済における地位を喪失し、相対的な傍系国に後退することになって、国際社会での行動基盤すら失いかねません。
こういった事態を防止するために、災害に強い環境づくりへの継続的な対策が、首都東京の急務となっており、例えば、次の項目が課題となります。
公共的視点で戦略的対処が必要
阪神・淡路大震災は、現代社会が経験したことのない都市型の災害でした。しかし、被害の分布をよく見てみると、亡くなった方のほとんどは老朽化した住宅の倒壊や火災などのために落命されています。都市らしい堅牢な建物への更新や防災に役立つ道路・公園等の整備が遅れていた地域に、震災被害が集中しているのです。
東京のように、合理的な土地利用のもとに都市が活き活きと機能していくためには、住宅や施設がある程度の密度で集積していることが前提になりますが、同時に、オープンスペースや道路などの都市基盤や、不燃化され耐震強度も十分な建物などによる都市の防災機能が、想定される災害に対して十分整っている必要があります。阪神・淡路大震災の尊い犠牲による貴重な教訓を得た今日、都市の防災機能の向上は、先送りのできない最重要課題といえましょう。
ところが、現実の東京では、都心部を中心に木造系建物が連担し都市基盤も脆弱な密集市街地が多数残されており、これまで防災上の課題が指摘されながらも、住環境の改善は遅々として進んでいません。
こういった地域では、私的所有された土地建物の権利が細分化され、防災を共通目標とした改善が行われにくいといった事情はありますが、地域としての防災機能向上は個別の更新に依存しただけでは実現せず、面的な整備意図を伴った強力なリーダーシップが必要になっています。特に密集市街地の整備をはじめとする都市の再開発や基盤整備等については、その重要度に対応した様々な事業制度や補助金が用意されており、これらを有効に組みあわせて活用するためには、利用する側にも相応の努力や知識が求められ、個々の権利者を横断する公共的な視点と立場での戦略的対処が必要なのです。
新開発主体で密集地整備を促進
現在のところ、地元自治体を中心とした行政的な取り組みがなされてはいますが、事業の大きさに比べた事業推進力は必ずしも十分とはいえず、その他の公的主体の存在も含め力が分散されているのが実状です。
阪神・淡路大震災の教訓をふまえ、「首都圏の(東京の)防災機能を早急に高める」ことは国家的な共通課題であり、都市の防災上、最も急を要する密集市街地の整備に人材と資金を重点的に投下することが必要とされます。このためには、既存の組織を活用して、多岐にわたる事業制度を統合的に活用できる「公的かつ事業遂行能力のある事業主体」を新たに設け、都市整備関連の各種補助金を集約して投下することが有効な対処方策といえましょう。
「新開発主体」は、使命認識をもつ「当該地区の自治体」と、充実した人材と蓄積されたノウハウを持つ「住宅・都市整備公団」「地方住宅供給公社」が中心となりますが、それ以外にも「住宅改良開発公社」や「首都圏不燃建築公社」などの既存組織の活用や、「民間都市開発推進機構」などの事業機能の参画を促し、総合的な見地から力を結集することが期待されます。その結果、窓口の一本化による時間短縮や、公共的必要性を前面においた効率的な整備、隣接地区の計画を整合させた合理的な改善が期待できます。これまでの地元の自発性は尊重されなくてはなりませんが、豊富な経験と正確な認識の導入は、課題に対する社会的な位置づけに対応したものといえましょう。
市街地の集約利用妨げる「虫食い地」
阪神・淡路大震災の例を見るまでもなく、都市の公園・緑地等のオープンスペースは、災害時の延焼防止や避難に有効です。ところが、日本の都市では、既存の公共用地は必ずしも十分とはいえず、また今後の整備も期待しにくい情勢にあります。市民一人あたりの都市公園面積で見ると、東京は、パリの1/4、ニューヨーク・ロンドン・ベルリンなどの1/8〜1/10程度でしかなく、都市防災機能の充実をはかるうえで、ネックになっている実態があります。個別の公園規模を見ても、既存市街地では面積の小さい児童公園レベルの公園が多く、地域防災への効用だけでなく、生活環境としても必ずしも良好ではありません。
一方、都心部には、開発意図をもって取引されたにも拘わらずその後の経済情勢により利用の見込みが立たない土地が多く存在しています。これらの土地の多くは、総面積は大きいものの、不整形であったり接道条件が悪いなど、単独での利用が困難なため未利用のまま放置され、利用中の土地の間にまだら模様に残った「虫食い地」として市街地の集約利用を妨げています。「虫食い地」は、駐車場など仮の利用がなされたりもしますが、建物が建つわけでもなく、フェンスで囲まれたままで立ち入りもままならない空地もあります。このような虫食い地にむしばまれた市街地では、まず退去した住宅のぶん人口が減り、地域のコミュニティが弱化します。さらに、業務・商業などの生活サポート機能がその成立基盤を失って衰退し、最終的には市街地活性の著しい低下を招いて、生活環境の悪化が残った生活者を苦しめることになります。また、虫食い地は企業の投資を吸収していますが、利用できないまま不良資産と化して企業経営の柔軟性を損ない、その集積としてのわが国経済の硬直化をも招いています
防災公園に限定して自治体に譲渡
このように社会的課題にまで大きくなった問題を解決するためには、虫食い地の事業化を促進する仕組みの整備がまず考えられますが、同時に、このような土地は、公園などの不足する都心部に集中していますので、事業を通じて都市の防災機能の向上を図ることができれば、両面の課題の解決になります。また、不整形かつ散在する土地を個別に利用したのでは、土地の合理的な利用を果たせないばかりか、形成される市街地がいびつなまま残ることになりますので、これらを集約する仕組みも必要です。
これらの課題への対策として、細分化され放置されている未利用地を集約して、一団の土地として活用することが考えられます。自力では事業化できなかった現状の保有者(企業)から、最終的な事業者に土地を譲渡するためには、一時的に買い上げることで土地をまとめ、場合によっては必要な基盤整備を行うことが必要となりますが、このような仲立ちの事業主体として、既に所要の機能を有する(財)民間都市開発推進機構や、今後、そのような役割が期待される住宅・都市整備公団とその後継となる都市基盤整備公団が想定されます。これらの事業主体の目的に沿った機能や資金力の活用が、都市部の未利用地の集約と開発に期待されているのです。
これと平行して、集約した土地が自律的に開発され、期待する防災公園を形成する仕組みが必要になります。都市の活性化に有効な住宅開発が、市場に支えられて自主的に行われ、その過程で地域に必要な防災公園が産み出されるよう、オープンスペースをセットにした総合設計制度による事業の誘導が考えられます。具体的には、取得した土地の一部を防災公園に限定して自治体に譲渡するとともに、公園の存在を前提とした総合設計制度により、残りの土地に建つ住宅建築物の容積率を引き上げます。公園用地を例えば半額で公共移管しても、これに見合った延床面積を残り用地に上乗せできれば、住宅事業としての採算は確保されインセンティブとして機能するのです。
中堅勤労者の都心居住促進に期待
複合的な目標をもつ対策により、以下の効用が期待できます。まず、防災公園は、地域にネットワークを形成するよう配置されれば、災害時に避難・救援の拠点として活用できます。要する費用の半分は、住宅の開発利益を地域に還元する形で提供されるため、少ない費用で地域の防災機能を高める効率的な住環境整備が実現します。
また、勤労者が無理のない負担で取得もしくは利用できる良質な住宅を「アフォーダブルな住宅」と呼び、都市の住宅政策の目標となっています。無理な開発による環境悪化が防げると同時に、良質でアフォーダブルな住宅が大量に供給されることで、中堅勤労者の都心居住が促進され、地域の活性化と都市機能の維持が図られます。さらに、一定規模の公園がこれらの住宅とセットで開発されるため、生活圏の中にバランス良く多目的なオープンスペースが配置されることになります。
これらの効用に加えて、不良資産と化していた土地が流動化することにより、債権債務が健全なものとなります。その結果、経済活動が活発化すれば、わが国経済全体の活性化にも寄与することになるのです。
技術的には世界に誇る水準だが
密集市街地の再開発や防災公園など都市レベルでの対策と並び、建物単体での防災機能である建物耐震性能の拡充も、都市防災の重要な課題です。
わが国の建築物耐震基準は、大地震の経験を技術的に活かすことにより、幾度もの改正を経て、1981年のいわゆる新耐震基準に結実しており、その技術的水準や新築建物に対する普及程度は、世界に誇る水準にあるといえます。
しかし、その一方、建物の利用期間はこのような技術進歩に比べて長く、新耐震以前に設計施工された建物も、まだ数多く現用されていますし、経年による劣化で初期の耐震性能から後退しているケースも考えられます。そのため、都市の防災機能を考える上では、現用建物の耐震性能を今日的に把握し、必要な措置を施していくことが是非とも必要となっていますが、必ずしも万全に実施されているとはいえない実状があります。
特にマンションなど住宅系建築物では、利用に収益を伴わないことから、維持管理に自発的にかけられるコストにも限界があり、耐震診断を実施している建物はわずかでしかないのが実態です。
都市の住宅建築は都市居住者の生活の器であり、耐震性能が十分でない場合には、万一の震災時に人命に直接影響することが懸念されるほか、被害が大きい場合には、震災後の生活の維持や復興再生など、社会的負荷にも大きく関わってきます。このため、住宅系建築物における耐震性能実態の把握を、社会的な課題と認識した対策が必要になります。
ストック社会に対応して定期耐震診断を
そのためには、全ての住宅建築物が耐震診断を定期的に受診するよう、政策的に働きかけていくほか、診断費用なども公共性の高いコストとして社会的に支援していく必要があります。現在のところ、耐震診断の実施態勢やそのための設計図書の保管システムなど、対応する社会機能も必ずしも十分ではありませんが、耐震診断が普及していくことにより、事業として成立するようになって、結果的にストック社会を迎えての住宅の維持管理態勢の強化が実現します。
耐震診断の結果、耐震性能が現用建物としては十分ではない場合には、その結果をふまえた適正な処置方針をもつことが必要になります。特に、現状の耐震性能が低く地震の際の人命にかかわる壊れ方が予想される場合には、耐震補強工事など早急な措置が必要になります。措置の内容は、権利者の任意となりますが、最終的に利用を継続する場合には耐震補強の工事が、早期に利用を取りやめる場合には、耐震化のための建替えが必要となります。
このような事業は、住宅の保有者の負担において行われるものですが、目的を早期に達成するためには、これらを誘導し支援する事業制度の創設など、政策的な取り組みが必要です。既に耐震診断については、費用の一部を自治体が補助するなどの施策が用意されていますが、結果が出た後の工事について見通しがつかないこと、自己負担分が大きいことなどから、必ずしも積極的には利用されていません。
住宅専門コンサルタントの育成を
また、特に都市部の住宅の多くを占める分譲マンションにおいては、賃貸住宅や社宅などの単一所有の住宅に比べて、多数の区分所有者の合意をつくりにくいために、もともと予定していなかった費用の用意が困難な実態があります。合意のために耐震性能の確保の必要性やそのためのマンション運営の方法など、外部のコンサルタントの助言が有効なケースにおいても、その委託費用への合意も困難という膠着状態に陥りがちなのです。いまやマンションは、都市に必要不可欠な居住施設となっていることを考慮すると、このような合意初期段階へのコンサルタント派遣制度や、そのための住宅専門コンサルタント業の育成など、都市住宅政策の課題といえましょう。
民間資産である住宅の耐震性能を高めることは、本来、保有者の自己責任で行われるべき対策です。しかし、これらの集積した都市においては、個々の建物の防災機能が向上することは、都市全体の安全を高めるという行政目的に一致するばかりでなく、万一の際の人的被害や緊急対処を最小限にくい止めることによって、最終的には行政負荷を軽減するものですので、災害の発生に先んじて対策を行うことには、十分な公益性があるといえるのです。
中古住宅へ信頼できる評価制度を
住宅系建築物において、耐震診断が進まず、その結果、耐震補強や建替えなど、建築物全体の耐震性能の向上がはかられないのは、これらの実績や結果が、経済的なインセンティブを持たないためです。
わが国では、欧米に比べ住宅の中古流通システムが未成熟であり、結果として地球資源の浪費を招いたりする傾向があります。これは中古住宅の信頼できる評価システムが存在しないことも影響していると考えられます。これらを総合的に解決するためには、耐震性能に対する公的な認証制度を確立し、その有無や水準が住宅市場に反映されるよう情報流通や評価のシステムを整備することが必要です。その前提としては、特に利用者・居住者サイドでの防災意識の普及がまず必要となり、住宅政策としての取り組みが求められています。
|